ポイント
- 植物の気孔閉鎖を誘導するカリウムイオンチャネル[用語1]であるGORK[用語2]の立体構造を明らかにしました。
- イオンチャネルの開閉を制御する部位を新たに特定しました。
- GORKは乾燥や病原菌の侵入に対する植物の防御反応に関与しており、その実態が明らかになりました。
- 本成果は、気孔閉鎖を誘導する生物刺激剤(バイオスティミュラント)開発など、農業応用への展開が期待されます。
概要
植物は、気孔の開閉を通じて水分の蒸散を調節し、乾燥や病原菌などの環境ストレスに応答しています。気孔の開閉は、2つの孔辺細胞の膨張と収縮によって生じ、この膨圧変化は細胞内の主要元素であるカリウムイオン(K+)の濃度に依存しています。K+の細胞内外への移動は、細胞膜に存在するK+チャネルによって制御されており、その働きが気孔の開閉に重要な役割を果たしています。
東北大学を中心とした国際共同研究チームは、K+チャネルの一種であるGORKの分子構造をクライオ電子顕微鏡(Cryo-EM)[用語3]を用いて高精度に決定しました。さらに、GORKチャネルの活性化と不活性化状態を制御する領域を、電気生理学的測定[用語4]およびCircular Dichroism[用語5]を用いた解析によって明らかにしました。
本研究における構造と機能の解析は、東北大学 大学院工学研究科 バイオ工学専攻の村岡勇樹学術研究員、山梨太郎大学院生、石丸泰寛准教授、魚住信之教授らによって行われました。加えて、同大学 大学院生命科学研究科の田中良和教授、横山武司助教、東京科学大学 生命理工学院 生命理工学系の古田忠臣助教、東北大学 大学院工学研究科バイオ工学専攻の梅津光央教授、中澤光准教授、伊藤智之助教、チリ・タルカ大学のIngo Dreyer教授、米国カリフォルニア大学 サンディエゴ校のJulian Schroeder教授による共同研究による成果です。
本研究の成果は、2025年7月23日(米国東部時間)に米国科学アカデミー紀要「Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)」にオンラインで掲載されました。
背景
植物の気孔は、外界の環境変化に応じて開閉し、水分保持や病原体の侵入防止といった生理機能を果たしています。気孔の開閉を制御する孔辺細胞は、K+の流出によって膨圧が低下し、気孔が閉じることが知られています。特に、モデル植物シロイヌナズナにおいて、外向き整流性K+チャネルGORKは、気孔閉鎖を促進する重要な因子として注目されてきました。しかし、GORKの構造やK+輸送活性の詳細な制御機構は、これまで解明されていませんでした。
今回の取り組み
本研究では、クライオ電子顕微鏡を用いて、GORKチャネルの5つの異なる構造状態(コンフォメーション)を、3.16〜3.27 Åの分解能で解析しました。GORKは、膜貫通領域に加え、細胞質側に環状ヌクレオチド結合ドメイン(cyclic nucleotide-binding domain, CNBD)およびアンキリン領域(ankyrin repeat)を有し、これらのドメインは、CNBD–Ankyrin bridgeによって連結されていました。解析の結果、このCNBD–Ankyrin bridgeは、GORKチャネルの開閉状態に応じて構造が変化することが分かりました。具体的には、チャネルが活性化されたPre-open状態ではαヘリックス構造を、不活性なClosed状態ではループ構造をとっており、この構造変化がGORKの開閉制御に関与していると考えられます(図1)。また、リン酸化や細胞質pHの変化がこの構造変化を引き起こす要因となっている可能性が明らかになりました。

今後の展開
今回の成果は、植物の気孔制御メカニズムを分子レベルで明らかにするうえで、重要な一歩となるものです。GORKチャネルの立体構造と、その開閉を制御する構造変化が明らかになったことで、今後はこの知見をもとに、気孔閉鎖を人為的に誘導する生物刺激剤(バイオスティミュラント)の開発や、乾燥や病原菌に対する植物の耐性を高める作物の育種など、農業分野への応用が期待されます。また、GORKを標的とした制御技術の確立は、環境ストレスに強い植物の設計にもつながる可能性があり、持続可能な農業の実現に向けた新たな展開が望まれます。
付記
本研究は、科学研究費助成事業(JP21H05266,JP21KK0268,JP22K19121,JP23KJ0172,JP24K17825,JP24K23201,JP24H00295,JP24H02253,JP24H00495,JP23K138620)、JSTムーンショット型研究開発事業(JPMJMS2033)、NSF(MCB-2401310)、ANID(Ingo Dreyer 1220504)の支援を受けました。
用語説明
- [用語1]
- イオンチャネル:細胞膜を横断してイオンを透過する膜タンパク質。
- [用語2]
- GORK:孔辺細胞からK+を排出するKチャネル。動物の神経・心臓で機能する膜電位依存性K+チャネルと同じ仲間。Guard cell Outward Rectifying K+ channels。
- [用語3]
- クライオ電子顕微鏡(Cryo-EM):生体分子を急速凍結し低温環境で電子顕微鏡観察を行う手法。
- [用語4]
- 電気生理学的測定:イオンチャネルのイオン電流を実測する測定法。
- [用語5]
- Circular Dichroism(CD, 円二色性):左右の円偏光の吸収の差を測定する方法。タンパク質の二次構造(αへリックスなど)の含量の解析に用いる。
論文情報
- 掲載誌:
- Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS)(オープンアクセス)
- タイトル:
- Structure reveals a regulation mechanism of plant outward-rectifying K+ channel GORK by structural rearrangements in the CNBD–Ankyrin bridge
- 著者:
- Taro Yamanashi*, Yuki Muraoka*, Tadaomi Furuta, Tsukasa Kume, Natsuko Sekido, Shunya Saito, Shota Terashima, Takeshi Yokoyama, Yoshikazu Tanaka, Atsushi Miyamoto, Kanane Sato, Tomoyuki Ito, Hikaru Nakazawa, Mitsuo Umetsu, Ellen Tanudjaja, Masaru Tsujii, Ingo Dreyer, Julian I. Schroeder, Yasuhiro Ishimaru, and Nobuyuki Uozumi(山梨太郎*,村岡勇樹*,古田忠臣,久米司,関戸菜津子,寺島照太,齋藤俊也,横山武司,田中良和,宮本敦史,佐藤奏音,伊藤智之,中澤光,梅津光央,Elen Tanujaja,辻井雅,Ingo Dreyer,Julian I. Schroeder,石丸泰寛,魚住信之**)(*筆頭著者)
**責任著者:東北大学大学院工学研究科 教授 魚住信之
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