アインシュタインが発見した現象を再現:スピンから「渦」が生まれる瞬間

2026年5月12日 公開

磁場もノイズも消した極低温の世界で100年来の謎に迫る

どんな研究?

1915年、アルベルト・アインシュタインとワンダー・ヨハネス・ド・ハースは「磁石の性質(スピン)」を変えると物体が回転するという現象を発見しました。この現象は「アインシュタイン=ド・ハース効果」と呼ばれています。

この現象は、一見するととても不思議に感じられます。静止している物体は、普通は外から力を加えなければ回りません。しかし実は、外から力を加えなくても回り始める場合があります。それが、原子がもつ「スピン」と呼ばれる性質の向きを変えたときです。スピンが変化すると、その分を補うように物体全体が回転します。これは角運動量保存の法則(回転の大きさの合計は変わらないという法則)によるものです。

上妻研究室のレーザー冷却装置(画像提供:上妻幹旺教授)

この現象がどのようなプロセスで起こるかを調べるために、これまでは鉄などの固体が使われてきました。しかし、固体の中では、原子が振動していたり、不純物があったりと、さまざまな乱れ(ノイズ)が重なっています。そのため、スピンがどう変化して、その結果どのように力になり、どうやって回転に変わるのか、その複雑な過程を観測することは困難でした。さらに、スピンは小さな磁石のような性質を持つため、地球の磁場といった外部のノイズの影響を強く受けてしまいます。

そこで、東京科学大学(Science Tokyo)の上妻幹旺(こうづま・みきお)教授、松井宏樹(まつい・ひろき)特任助教、宮澤裕貴(みやざわ・ゆうき)特任助教らの研究チームは、ノイズを取り除いた環境でアインシュタイン=ド・ハース効果を観測するために、「原子そのものを理想的な状態にすること」と「外部環境のノイズを徹底的に取り除くこと」という2つの手法を組み合わせるアプローチをとりました。ここで言う「理想的な状態」はボース=アインシュタイン凝縮と呼ばれ、インドの物理学者であるボースからの手紙をきっかけとして、アインシュタインが予言した現象です。つまり、上妻教授らのグループは、アインシュタインが発見した効果の神髄を、同じくアインシュタインが予言した現象を使って詳らかにしようとしたのです。

図:スピンの変化が回転(渦)に変わるしくみ。左は外部からかけた磁場(印加磁場)によってスピン(原子がもつ小さな磁石の性質)がそろった状態。中央では磁場を弱めることでスピンの向きが変化し、原子同士の磁気的な相互作用(磁気双極子モーメントの働き)によって回転の動きが生まれる。右はその結果として現れるボース凝縮体の渦(原子の集団がつくる回転、質量渦)を模式的に示したもの。

ここが重要

研究チームは、まず、物質を冷やすことで原子の熱によるランダムな動きを抑え、ノイズを取り除きました。わたしたちの身の回りにある空気や水は、原子や分子がそれぞれバラバラに動いています。しかし、ほぼ絶対零度まで冷やすと、原子たちが同じ状態に揃い、まるで1つの大きな波のように揃って動くようになります。これを「ボース=アインシュタイン凝縮」と呼びます。ボース凝縮を起こした状態だと、原子たちの動きを波として直接的に観測できます。すると、スピンが回転に変わる現象を見ることができるというわけです。特に、原子の中でもスピン同士の相互作用(小さな磁石同士が影響し合う働き)が強いユウロピウム(Eu)を選び、スピンの変化が観測しやすくなるよう配慮しました。現在(2026年3月時点)、ユウロピウムのボース凝縮体を作れるのは世界でも上妻教授らの研究チームだけである点も、この研究の大きな特徴です。

さらに、外部の磁場を徹底的に抑えた静かな環境を作ることで、スピン同士の相互作用を外部磁場の影響なしに観測できるようにしました。このような環境を整えること自体が大きな挑戦でした。地球の磁場よりはるかに弱い、ほぼゼロに近い磁場環境を人工的に作り出す必要があり、研究チームは精密な磁場制御技術によって、極限まで静かな空間を実現しました。

このような環境でユウロピウム原子のボース凝縮体を観測したところ、原子の集団全体としては器の形を反映した丸い形に分布していることが分かりました。さらに、その中でもスピンが変化した原子に注目すると、そのような原子はリング状に分布していることが見えてきます。ただ、リング状の形だけでは回転しているかどうかはわかりません。そこで、干渉計という、原子の波としての性質を模様として可視化する装置を使って詳しく調べました。すると、原子の波の位相(波のタイミング)のずれから、本当に回っていることが確認できました。つまり、原子のスピンの変化が流体全体の回転へと現れていることが示されました。こうして、これまで間接的にしか分からなかった現象を、目に見える形で捉えることに成功しました。

今後の展望

今回の研究では、ボース凝縮体中のスピンの向きを揃えた状態から磁場を極限まで小さくしていくことで、凝縮体全体が回転を始める現象を捉えました。

ここからさらに興味深い可能性が見えてきます。もし最初から磁場をほとんどゼロにした条件で原子集団を冷やし、ボース凝縮を起こした場合、何も操作を加えていないにもかかわらず、ボース凝縮体全体が回転している状況が現れる可能性があるのです。

本来、最も低いエネルギーの状態では、物体は静止していると考えられます。しかしこの場合には、回転していること自体が安定な状態になるという、直感に反する現象が起こると予想されています。このような現象は、これまで誰も観測したことがありませんが、上妻教授らが開発した装置を用いれば、近い将来にその観測が可能になると期待されています。

研究者のひとこと

私達は、純粋な好奇心を原動力とするキュリオシティ・ドリブン研究と、現実の課題に応えるためのニーズ・ドリブン研究とを2本の柱とし、それらを混ぜることなく明確に区別した形で活動をしています。今回の成果は前者のキュリオシティ・ドリブン研究によるものです。「何の役に立つのか」といった議論はせず、自分の中に沸き起こる純粋な興味を追求することで、目の前の実験結果を虚心坦懐にみつめることができるようになります。今回、アインシュタインの名前を2つ冠する研究成果が得られたことをとても嬉しく思っています。
(上妻幹旺:東京科学大学 総合研究院 量子航法研究センター 教授)

上妻幹旺教授

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