磁性量子気体におけるアインシュタイン=ド・ハース効果の観測

2026年1月23日 公開

アインシュタインの名を冠する2つの概念が交差

ポイント

  • アインシュタイン=ド・ハース効果は物体の巨視的な回転運動と構成粒子の微視的なスピンのつながりを示す現象
  • 微視的なスピンから巨視的な回転に角運動量が転化する過程は現在も研究の対象
  • ボース=アインシュタイン凝縮した磁性を持つ量子気体で原子スピンから質量渦に自発的に角運動量が移行する様子を直接観測

概要

東京科学大学(Science Tokyo) 総合研究院 量子航法研究センターの上妻幹旺教授、松井宏樹特任助教、宮澤裕貴特任助教らの研究グループは、名古屋大学 大学院工学研究科 応用物理学専攻の川口由紀教授、東京大学 大学院理学系研究科 物理学専攻の上田正仁教授らと共同で、磁性量子気体中のアインシュタイン=ド・ハース効果[用語1]の観測を報告しました。

希薄原子気体[用語2]ボース=アインシュタイン凝縮体[用語3]を、スピンの方向が揃った状態でゼロ磁場中に置くと、原子が持つ磁気的双極子相互作用によって、スピンという原子の内部自由度から、原子の集団的な回転運動という外部自由度へと角運動量が自発的に移行することが理論的に予測されていました。本研究では、ユウロピウムという新しい原子種の希薄原子気体のボース=アインシュタイン凝縮体を、磁気シールドによって遮蔽された超弱磁場環境中に置くことで、この角運動量移行を実験的に観測することに成功しました。

本研究で用いた希薄原子気体のボース=アインシュタイン凝縮体は、関与する自由度の種類が明確で、それらを結びつける相互作用の強さを精密に制御できる、極めてクリーンな量子多体系です。この特長により、スピンの量子状態、原子の運動、そして両者を結合する相互作用を同時に捉えながら、その時間発展を量子力学に基づいて追跡することが可能となりました。本成果は、アインシュタインとド・ハースが示した角運動量変換の物理を、原子レベルの微視的機構にまで踏み込んで直接検証できる実験系を初めて実現したものであり、スピンと回転運動の本質的なつながりを理解する上で新たな視点を与えると期待されます。

本成果は、1月22日付(米国東部時間)の「Science」誌に掲載されました。

背景

アインシュタイン=ド・ハース効果は、1915年にアインシュタインとド・ハースによって実証された現象です[参考文献1]。強磁性体の磁化をコイルで反転したときに発生するトルクを検出し、磁化と角運動量のつながりが実証されました。のちにスピンという概念が誕生し、物体の巨視的な回転運動と構成粒子の内部自由度であるスピンの間で角運動量が移行する現象の1つとして現在では理解されています。スピンや軌道運動、格子振動といった多くの自由度が複雑に絡み合うこの現象の素過程を量子力学によって追跡することは困難で、微視的なスピンから巨視的な回転に角運動量が移行する様子を捉えようとする研究が現代に至るまで続いています。

一方で、希薄原子気体のボース=アインシュタイン凝縮体は、量子力学で記述される現象が巨視的な空間スケールで現れる系として知られています[参考文献2]。原子の持つ豊富な内部自由度がもたらす高い制御性と、実験操作の結果として現れる量子現象の直接的な光学観測は、量子力学に対するより深い理解を提供してきました。近年では大きな磁気双極子モーメントを有する原子種の冷却が可能となり、スピンの持つ磁気的な性質の効果が顕著に表れる系である磁性量子気体の研究が盛んに行われるようになりました。例えば、捕獲されている原子気体の空間分布のひずみやその非等方的な崩壊の観測に始まり、量子揺らぎによって安定化された量子液滴、さらには、固体のような空間的周期構造と超流動性を兼ね備えた超固体とよばれる量子相も実現されました。

上記の成果は、外部から印加した磁場によって磁性量子気体中の原子のスピンの向きが揃っているという条件下での現象でした。これに対して、ゼロ磁場中に置かれた磁性量子気体では、スピンは拘束されておらずスピン自由度が有効になります。気体中のスピンとスピン自体が生成する磁場との相互作用がスピンの振る舞いに影響を持つようになるのです。これにより、スピンが揃った状態にある磁性量子気体をゼロ磁場中に置いたとき、スピンの方向は気体の生成する磁場の周りに傾いていきます(図1)。この気体はゼロ磁場中にあって、外界と磁場を通じた角運動量のやり取りができないので全角運動量は保存されます。この系ではスピン系が持っていた角運動量が気体の回転運動の角運動量に転換されることで保存則が満たされます。粒子の内部自由度であるスピンから物体の回転運動に角運動量が移行するこの現象は「希薄原子気体ボース=アインシュタイン凝縮体におけるアインシュタイン=ド・ハース効果である」と言えます。この現象の理論予測は磁性量子気体の研究の黎明期に示されましたが[参考文献3]、観測されないまま20年が経過しました。

図1. ボース=アインシュタイン凝縮をした磁性量子気体中でスピンから回転運動に角運動量が移行する様子。印加磁場に沿ってスピンが配向した磁性量子気体をゼロ磁場中に置くと、気体自体が生成する磁場の周りでスピンが歳差運動をするが、その際、全角運動量を保存するために質量渦が発生する。

研究成果

本研究では、これまで磁性量子気体の実験で用いられてこなかったユウロピウムという新しい原子種の希薄原子気体が用いられました。ユウロピウム原子のスピンは軌道電子のスピンと原子核のスピンから構成されており、電子軌道に由来する角運動量の影響が極めて少なく、スピン自由度のある磁性量子気体を実現する上で好ましい性質を持っています。ユウロピウム原子のボース=アインシュタイン凝縮体生成は極めて難易度が高く、世界でも唯一、東京科学大学だけが実験に成功しています[参考文献4]

実験は磁気シールドを使って構築した超弱磁場環境中で実施されました。あらかじめスピンの方向を揃えておいたユウロピウム希薄原子気体のボース=アインシュタイン凝縮体をゼロ磁場中に置いたのち、磁場勾配を加えることでスピンの射影成分ごとに原子気体を分離した様子を示したのが図2です。もともと単一の射影成分に偏っていた原子の分布は、ゼロ磁場を経験することで複数の成分に緩和しており、スピン系の角運動量に変化があったことを示しています。さらに、その角運動量が変化した原子は空間的に局在しており、スピンの空間分布であるスピンテクスチャ[用語4]が生じていることを示しています。最初にスピンが向いていた方向に沿ってこの状況を見ると、弱磁場を経て発生したスピン成分が環状構造を持っていることが分かります。スピン系の角運動量が減った中で生じたこの密度分布は、量子渦[用語5]として角運動量を担っていることが期待されます。これを検証すべく、光格子によるブラッグ回折[参考文献5]を利用して原子波干渉計を構築し、その環状構造の位相分布を調べることにより量子渦であることを確認しました(図3)。量子力学の世界における角運動量は換算プランク定数h/2πを単位として量子化されており、この実験ではスピン角運動量が1だけ変化した全ての原子が、巻き数1の量子渦を持っています。つまり、スピンと渦の全角運動量が保存されていることが分かります。一連の実験結果は、実験パラメータに基づく数値計算ともよく一致しており、今回観測された現象がアインシュタイン=ド・ハース効果であることが確認されました。

図2. 磁場勾配を加えることで、磁性量子気体をスピン成分ごとに分離した様子。黒く映っているのが原子。
(左)初期状態では一番下のスピン成分に原子が集まっていることからスピンが配向していることが分かる。これをゼロ磁場中に置くと、配向していたスピンが他のスピン成分に緩和していく。
(中)軌道角運動量がマクロに量子化されていることを反映した量子渦(リング状の構造)を、空間的に分離された緩和成分で確認することができる。
(右)これを横から見ると、リングが複数の部位によって構成されていることが分かる。
図3. 原子波干渉計による質量渦の可視化。
(左)ゼロ磁場中に置いた磁性量子気体を光定在波で回折させて原子の干渉計を構築し、その干渉縞をスピン成分ごとに分離して撮影した。
(中)画像全体の様子。
(右)環状構造を示すスピン成分は量子渦に由来する特徴的な干渉縞を示した。

社会的インパクト

アインシュタイン=ド・ハース効果は物質を構成する粒子のスピンと物質の回転運動のつながりを示す現象で、発見から百余年が経ちましたが、「有限サイズの量子多体系の回転運動」という理論的取り扱いの難しさのために、その微視的な機構について未だ十分な理解が確立しているとは言えません。その中で、この研究を通じて実現されたスピン自由度のある磁性量子気体は、スピンと呼ばれる粒子の内部自由度と粒子系の回転運動とのつながりを示す最も単純な系の1つであると言えます。微視的理論によって記述しきれるこの系は、微視的なスピンと巨視的な回転運動の奥深いつながりを理解する一助となる可能性を秘めています。

今後の展開

この研究で観測したのは、スピン自由度のある磁性量子気体のダイナミクスでした。一方でこの系については、質量渦[用語6]を持ちながらも系全体のエネルギーを最小化するような基底状態の存在が理論的に予測されています[参考文献6]。気体中のスピン自体が生成する磁場に対してエネルギーが最小になるようにスピンが配向するとスピンテクスチャが形成され、スピンの自由度と位相の自由度の本質的なつながりのために質量渦が生じる場合があるのです。今回の実験結果は、このような新奇な基底状態の探索に利用できる系が既に実現できていることを示唆しており、基底状態でありながら運動エネルギーが最小化されないような興味深い物性現象の探索がこれから展開されていきます。

付記

本研究はJSPS科学研究費助成事業(JP16K13856、JP20J21364、JP22H01152、JP24K00557)、および公益財団法人 村田学術振興・教育財団、公益財団法人 光科学技術研究振興財団の助成の下で実施されました。

参考文献

[参考文献1]
A. Einstein, W. J. de Haas, Verh. Dtsch. Phys. Ges. 17, 152 (1915).
[参考文献3]
Y. Kawaguchi, et al., Phys. Rev. Lett. 96, 080405 (2006).
[参考文献4]
Y. Miyazawa, et al., Phys. Rev. Lett. 129, 223401 (2022).
[参考文献5]
M. Kozuma, et al., Phys. Rev. Lett. 82, 871 (1999).
[参考文献6]
Y. Kawaguchi, et al., Phys. Rev. Lett. 97, 130404 (2006).

用語説明

[用語1]
アインシュタイン=ド・ハース効果:粒子の内部自由度であるスピンから粒子の軌道角運動量に角運動量が移行する現象。
[用語2]
希薄原子気体:大気の10万分の1程度の数密度を持つ単原子分子気体。
[用語3]
ボース=アインシュタイン凝縮体:整数スピンを持つ多粒子系で、粒子の運動基底状態を多数の粒子が占有している状態。
[用語4]
スピンテクスチャ:スピン状態が空間的に一定ではなく模様を成している状態。
[用語5]
量子渦:軌道角運動量が量子化された質量渦。
[用語6]
質量渦:粒子数密度の流れ(質量流)が回転を伴っている状態。

論文情報

掲載誌:
Science
タイトル:
Observation of the Einstein–de Haas Effect in a Bose–Einstein condensate
著者:
Hiroki Matsui, Yuki Miyazawa, Ryoto Goto, Chihiro Nakano, Yuki Kawaguchi, Masahito Ueda, Mikio Kozuma

研究者プロフィール

松井 宏樹 Hiroki Matsui

東京科学大学 総合研究院 量子航法研究センター 特任助教
研究分野:量子エレクトロニクス

宮澤 裕貴 Yuki Miyazawa

東京科学大学 総合研究院 量子航法研究センター 特任助教
研究分野:量子エレクトロニクス

川口 由紀 Yuki Kawaguchi

名古屋大学 大学院工学研究科 応用物理学専攻 教授
名古屋大学 大学院工学研究科 クリスタルエンジニアリング研究センター 教授
研究分野:物性理論

上田 正仁 Masahito Ueda

東京大学 大学院理学系研究科 物理学専攻
研究分野:物性理論

上妻 幹旺 Mikio Kozuma

東京科学大学 総合研究院 量子航法研究センター 教授/センター長
東京科学大学 理学院 物理学系 教授
研究分野:量子エレクトロニクス

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