FTY720プロドラッグ(pro-FTY)がリンパ球減少を回避して乳がんの増殖を抑制することを明らかに

2025年6月19日 公開

今後化学療法と併用することでさらなる相乗効果が生じる可能性にも期待

東京科学大学物質理工学院応用化学系 博士課程1年 高橋ゆりあ、同 助教 Ambara R. Pradipta、東京科学大学物質理工学院応用化学系・理化学研究所開拓研究所田中生体機能合成化学研究室 教授・主任研究員 田中克典、兵庫医科大学乳腺・内分泌外科学 准教授 永橋昌幸、同 実験補助 小松美希、同 実験補助 浦野清香、同 実験補助 黒岩真美子、同 功労教授 三好康雄、大阪国際大学人間科学部 教授 盛本浩二らの共同研究グループは、共同開発したFTY720プロドラッグ(pro-FTY)が乳がんに対して選択的に増殖を抑制することを細胞およびマウス実験で明らかにしました。

ポイント

  • 従来のFTY720は、スフィンゴシン-1-リン酸(S1P)シグナル阻害薬で、がん細胞の生存を阻害しますが、正常な細胞にも作用してしまうため、副作用としてリンパ球減少症がみられ、抗がん剤としては不向きでした。
  • 今回共同開発したpro-FTYはがん細胞のみに作用し、正常細胞には作用しないため、従来のS1P阻害薬の副作用であったリンパ球減少症を回避できました。
  • 本研究成果は多剤耐性乳がんに有効であり、今後のがん治療への臨床応用の可能性が期待できます。

研究の背景

我が国において乳がんは増加しつづけており、女性の9人に1人が一生涯のうちに罹患する女性に最も多いがんであり、再発または転移により死亡する患者さんの数も増え続けています。転移性乳がんは、一般的にホルモン療法や抗がん剤などの薬物療法で治療されますが、治療を重ねるとがん細胞はやがて薬剤耐性を獲得し、治療が効かなくなってしまいます。転移性乳がんに対しては、サイクリン依存性キナーゼ阻害薬や免疫チェックポイント阻害薬などの新薬も登場し、治療成績は改善してきておりますが、これらの薬剤にもいずれ耐性が生じるため、治療を重ねた転移性乳がん患者さんの生存期間はいまだ十分なものとはいえません。したがって、従来の薬剤とは異なる作用メカニズムを持つ新薬の開発は薬剤耐性を克服するためにも不可欠でした。

本研究では、がん特異的に発現するアクロレインを標的とする新規の応答性薬物送達システム(DDS)を用いた、pro-FTYの有効性と安全性を評価しました。

研究内容と成果

本研究では、乳がん細胞株10株、多剤耐性乳がん細胞株2株、および正常乳腺細胞株1株を使用してpro-FTYの50%阻害濃度(IC50)値を他の薬剤の値と比較しました。また患者由来オルガノイド(PDO)を使用して、pro-FTYと他剤のIC50を比較しました。4T1マウス乳がん細胞株同種移植マウスおよび患者由来異種移植腫瘍(PDX)を有するマウスでpro-FTYの薬効を試験し、質量分析を含む血液分析を行いました。結果、FTY720とpro-FTYは、乳がんの標準治療で用いられている抗がん剤であるパクリタキセルおよびドキソルビシンに耐性のある多剤耐性乳がん細胞株を含むすべての乳がん細胞株の生存を阻害しました。FTY720は正常の乳腺細胞株の生存も阻害しましたが、pro-FTYは正常な乳腺細胞株には影響を与えないことが示唆されました。また多剤耐性PDOに対して、パクリタキセルとドキソルビシンは耐性を示しましたが、pro-FTYは一貫して生存阻害効果を示しました。pro-FTYを静脈投与したマウスの質量分析により、その活性本体であるFTY720が腫瘍に蓄積することが確認されましたが、血液中にはFTY720はほとんど検出されないことが示されました。FTY720で治療されたマウスではリンパ球減少症が発生しましたが、pro-FTYで治療されたマウスには発生しませんでした。さらに、pro-FTYの静脈内投与により、多剤耐性PDOから作製されたPDXを有するマウスの腫瘍増殖が有意に抑制されました。以上より、pro-FTYはリンパ球減少症を回避しながら、多剤耐性の乳がんを抑制し、その臨床的可能性が示唆されました。

今後の課題と展望

pro-FTYは従来の複数の抗がん剤に対する耐性を獲得した乳がんに対して有効であることから、治療が困難な患者さんに対する新たな治療法として役立つことが期待されます。またpro-FTYの作用機序は従来の薬剤とは全く異なるため、標準治療薬と併用することで追加の相乗効果が生じる可能性が期待できます。今後、患者さんの治療に活かすために臨床開発するにはさらなる研究が必要です。本研究結果は、リンパ球減少症という免疫抑制の副作用によって長年妨げられてきたS1Pを標的とした抗がん剤治療の実現に向けた重要な一歩であると考えます。

論文情報

掲載紙:
Cancer Research Communications, a journal of the American Association for Cancer Research
論文名:
An acrolein-based drug delivery system enables tumor-specific sphingosine-1-phosphate targeting in breast cancer without lymphocytopenia
著者:
Masayuki Nagahashi, Miki Komatsu, Sayaka Urano, Mamiko Kuroiwa, Yuria Takahashi, Koji Morimoto,
Ambara R. Pradipta, Katsunori Tanaka, Yasuo Miyoshi

研究資金

本研究は文部科学省科学研究費(25K02712, 22H03140, 21K19522, 24K01625, 22K08764)および国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)(事業名:革新的先端研究開発支援事業 ステップタイプ(FORCE)、研究開発課題名:がん特異的なアクロレインをトリガーとするプロドラッグ技術)の支援を受けて実施されました。

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