慢性炎症で大腸に現れる「本来ない細胞」の役割を解明

2026年5月20日 公開

IL-22が細胞の性質を変え、REG3Aが粘膜修復を促進

ポイント

  • 潰瘍性大腸炎の大腸にみられるパネート細胞化生は、単なる炎症の痕跡ではなく、腸を守るために上皮細胞が性質を変える防御反応であることを明らかにしました。
  • 慢性炎症下で増加するIL-22が、大腸上皮にパネート細胞様の性質を誘導する分子機構を解明しました。
  • 誘導された細胞は抗菌ペプチドREG3Aを産生し、腸上皮の再生を促進して傷ついた粘膜の修復を支えることを示しました。

概要

東京科学大学病院 長寿・健康人生推進センター/消化器内科の伊藤剛助教、および医歯学総合研究科 消化器病態学分野の武藤智弘大学院生・岡本隆一教授らの研究チームは、これまで慢性炎症の結果として生じる組織変化と考えられてきた潰瘍性大腸炎[用語1]におけるパネート細胞[用語2]化生[用語3]が、腸を炎症から守るための上皮細胞の防御反応として働くことを明らかにしました。

慢性的な炎症が続くと、本来その臓器には存在しない細胞が現れる「化生」と呼ばれる変化が、さまざまな臓器で起こることが知られています。潰瘍性大腸炎においても、本来は小腸に存在するパネート細胞が大腸に出現する「パネート細胞化生」が認められますが、その役割や出現の仕組みは、これまで十分に明らかになっていませんでした。

本研究では、病理学的解析により、パネート細胞化生が現在の炎症の強さ(活動性炎症)と強く関連していることを示しました。さらに、空間トランスクリプトーム解析[用語4]や腸上皮オルガノイドを用いた解析により、慢性炎症下で増加するIL-22[用語5]という物質が、パネート細胞化生の出現を誘導することを明らかにしました。また、パネート細胞化生が分泌する抗菌ペプチドREG3A[用語6]が腸上皮細胞に直接作用して細胞増殖を促進し、傷ついた粘膜の修復(創傷治癒)を促すことを示しました。

これらの結果は、パネート細胞化生が炎症を受けた腸上皮を守る役割を担うことを示すものであり、これまで炎症の痕跡と考えられてきた組織変化に、新たな機能的意義を示す成果です。

パネート細胞化生は活動性炎症の指標となることから、近年、より厳密な治療目標が求められている潰瘍性大腸炎において、新たな治療評価指標となる可能性があります。また、REG3Aの創傷治癒促進作用を利用した新しい治療法への応用も期待されます。

本研究は、慢性炎症に対する上皮細胞の適応反応として「化生」が生じる仕組みの一端を明らかにしたものであり、今後、さまざまな慢性炎症性疾患の病態理解への展開が期待されます。本研究成果は、国際科学誌「Nature Communications 」において、2026年3月28日付のオンライン版で公表されました。

図. 潰瘍性大腸炎では、炎症により腸の細胞が変化し、パネート細胞様の性質をもつ細胞が出現する。これらの細胞が産生するREG3Aは、傷ついた腸の修復を助ける。

背景

炎症性腸疾患は、潰瘍性大腸炎とクローン病[用語7]に代表される原因不明の難治性疾患であり、腸管に慢性的な炎症が生じ、下痢や血便、腹痛などの症状を引き起こします。近年、患者数は世界的に増加しており、日本でも増加傾向が続いています。生物学的製剤などの新しい治療薬の開発によって治療の選択肢は広がっていますが、現在のところ病気を完全に治す治療法はなく、炎症を抑えて症状のない状態(寛解[用語8])を長く維持することが治療の目標となっています[参考文献1]

近年、炎症性腸疾患の治療目標は大きく変化してきました。以前は症状の改善が主な目標でしたが、現在では内視鏡で腸の粘膜が正常に近い状態まで回復する「粘膜治癒」が重要視されています。さらに最近では、顕微鏡レベルで炎症が消失している状態である「組織学的寛解」まで達成することが望ましいと考えられるようになっています[参考文献2]。しかし、こうした状態を客観的に評価するための信頼性の高いバイオマーカー[用語9]や治療指標は、いまだ十分には確立されていません。

また、長期間にわたり炎症が持続する患者では、「炎症に伴う大腸がん(炎症発がん)」のリスクが高まることが知られており、炎症を長期にわたって確実に抑えることの重要性がますます高まっています。そのため、組織学的レベルで炎症をコントロールすることや、内視鏡による継続的なフォローアップの重要性が強く認識されるようになっています。

潰瘍性大腸炎患者の大腸では、「パネート細胞化生」と呼ばれる特徴的な細胞変化が観察されることがあります。パネート細胞は本来小腸に存在する細胞であり、大腸には通常存在しません。そのため、これまでパネート細胞化生は、長期間の慢性炎症によって生じた「異常な変化」、いわば炎症の痕跡として理解されてきました[参考文献3]。実際、病理診断では炎症の慢性化を示す所見として用いられてきましたが、この細胞がどのような生物学的役割を持つのかについては、ほとんど明らかにされていませんでした。

さらに、パネート細胞化生は大腸の中でも出現数が少なく、発生頻度もそれほど高くないため、従来の解析手法ではその機能を詳細に調べることが難しいという技術的課題がありました。本学消化器内科(岡本隆一教授)および潰瘍性大腸炎・クローン病先端医療センターでは、多くの炎症性腸疾患患者の診療を行うとともに、病態の解明を目的とした基礎・臨床研究を進めています。本研究では、当科が保有する豊富な臨床検体を活用し、近年注目されている腸上皮オルガノイド培養技術[用語10]を応用しました。さらに、組織中の細胞の位置情報を保ったまま遺伝子発現を解析できる最新技術である空間トランスクリプトーム解析HDを用いることで、これまで解析が困難であった数の少ない細胞についても、視認しながら詳細な遺伝子解析を行うことが可能となりました。

研究成果

内視鏡検査で得られた生検組織の解析により、パネート細胞化生が認められる部位では、活動性の炎症が存在する可能性が高いことを明らかにしました。

図1. 潰瘍性大腸炎の大腸生検における炎症所見とパネート細胞化生の出現

さらに、空間トランスクリプトーム解析の結果、IL-22という炎症性サイトカインが大腸のパネート細胞化生に関与している可能性が示唆されました。そこで、腸上皮オルガノイドを用いた機能解析を組み合わせて検証した結果、パネート細胞化生はIL-22によって誘導され、同部位においてREG3Aという抗菌ペプチドを発現し、腸上皮の再生を支えていることを世界で初めて明らかにしました。

図2. 潰瘍性大腸炎の炎症部位において、パネート細胞様の細胞がREG3Aを発現している様子。リゾチーム(Lysozyme)陽性細胞に一致してREG3Aが検出される。

REG3Aはこれまで、腸内細菌を調節する抗菌ペプチドとして知られていましたが、本研究により、腸上皮細胞に直接作用して細胞増殖を促進するという新たな機能を持つことが示されました。

これらの結果は、慢性炎症の環境下において、大腸上皮が「本来は小腸に存在する細胞の性質を一時的に取り込む」ことで組織を守ろうとする適応反応として、パネート細胞化生が生じることを示しています。

図3. REG3Aを添加するとヒト大腸オルガノイドの増殖が促進され、オルガノイドのサイズが大きくなる。

本研究は、これまで炎症の痕跡と考えられてきたパネート細胞化生が、腸粘膜の修復に関わる新たな生体防御機構である可能性を示す成果です。

社会的インパクト

潰瘍性大腸炎では、炎症によって腸が傷つくだけでなく、本来その臓器には存在しない細胞が出現するという大きな組織変化が起こることが知られています。本研究は、このような変化が単なる異常ではなく、慢性炎症の環境に適応しながら組織を守ろうとする生体反応である可能性を示しました。すなわち、炎症が続くと、臓器は単に損傷を受けるだけでなく、環境に適応するためにその性質を変化させる可能性があることを明らかにしました。

パネート細胞化生はこれまで、病理診断において慢性的な粘膜障害の存在を示唆する組織学的所見として認識されてきました。本研究は、この見慣れた病理所見が、実は腸上皮の防御や修復を支える機能的な変化である可能性を示し、病理診断像の解釈や炎症性腸疾患研究の方向性に新たな視点をもたらすものです。

慢性疾患において重要なのは、異常そのものだけでなく、体がその環境にどのように適応しているのかを理解することです。本研究は、慢性炎症の環境下において、大腸上皮が「本来は小腸に存在する細胞の性質を一時的に取り込む」ことで組織を守ろうとする可能性を示しました。これは、炎症を単に抑えるだけでなく、組織の修復や再生をどのように支えるかという視点が、今後の治療戦略や創薬において重要であることを示唆しています。

さらに、この考え方は炎症性腸疾患にとどまらず、慢性炎症を伴うさまざまな臓器疾患にも応用できる可能性があります。慢性炎症のもとで生じる細胞や組織の変化を「異常」として排除するのではなく、「適応反応」として理解することは、慢性疾患の病態理解や治療の考え方そのものを見直す新たな視点を提示するものです。

今後の展開

短期的には腸を守る反応、長期的影響の解明が今後の課題

今回明らかになったパネート細胞化生は、「本来存在しない細胞が出現する」という点では一見異常に見えるものの、短期的には腸を守る防御反応として機能している可能性が示されました。一方で、このような反応が長期間続いた場合に、腸上皮にどのような影響を及ぼすのかについては、今後さらに詳しい検証が必要です。

実際に、本研究で解析した内視鏡生検検体では、潰瘍性大腸炎を背景として大腸がんを発症した患者のほぼ全例において、パネート細胞化生が認められました。この結果は、パネート細胞化生が炎症発がんに関連する重要な腸上皮の変化である可能性を示唆しています。慢性炎症という特殊な環境においては、本来は組織を守るために働く仕組みが、長期的には別の影響を及ぼす可能性も考えられます。

そのため、パネート細胞化生が生じる分子機構をより正確に理解し、炎症発がんとの関係を明らかにしていくことが、今後の重要な研究課題です。

また、臨床的には、内視鏡検査の生検組織でパネート細胞化生が認められた場合、治療強化やサーベイランス間隔の調整など、治療戦略を見直す指標となる可能性があります。さらに、本研究で明らかになったREG3Aの創傷治癒促進作用を応用することで、新たな潰瘍治療薬の開発につながることも期待されます。

本研究は、慢性炎症のもとで生じる細胞変化が単なる異常ではなく、組織を守る適応反応として働く可能性を世界で初めて示したものであり、炎症性腸疾患の病態理解や治療戦略に新たな視点を提示する成果です。

付記

本研究は、順天堂大学大学院医学研究科 オルガノイドセンター 渡辺守センター長の支援のもと、エッペンドルフ大学(ハンブルク・ドイツ)のサミュエル・フーバー教授、キール大学(キール・ドイツ) Institute of Clinical Molecular Biology のシュテファン・シュライバー教授およびフィリップ・ローゼンスティール教授との国際共同研究として実施されました。

また、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(20K22895、21KK0146、21K15967、23K07394、22H00472、25K11246 、25K02636 、22KK0126、 22H00472 、25H01052、24K22115)、東京医科歯科大学重点領域、JSIBD研究助成事業、次世代研究者育成ユニット、EAファーマ研究助成21CP100103、土田直樹研究助成、国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED) (25bk0104198h0001 and 26bk0104198h0002)、Japanese Society for Inflammatory Bowel Disease (JSIBD) Grants-in-Aid for Inflammatory Bowel Disease Research、Young Innovative Medical Scientist Unit Grant、欧州連合のInnovative Medicines Initiative 2 Joint Undertaking(IMI2-JU)(助成番号831434:Project 3TR、EU Horizon 2020、EFPIA)、ドイツ研究振興協会(DFG)Excellence Cluster EXC2167「Precision Medicine in Chronic Inflammation」、およびSH Excellence Chair Programの支援を受けて実施されました。

参考文献

[参考文献1]
Schreiber, S., Aden, K., Tran, F. & Rosenstiel, P. Rise of precision medicine: can it deliver on its promise in IBD? Gut (2025).
[参考文献2]
Dignass, A., Rath, S., Kleindienst, T. & Stallmach, A. Review article: Translating STRIDE-II into clinical reality - Opportunities and challenges. Aliment Pharmacol Ther 58, 492-502 (2023).
[参考文献3]
Tanaka, M., et al. Spatial distribution and histogenesis of colorectal Paneth cell metaplasia in idiopathic inflammatory bowel disease. J Gastroenterol Hepatol 16, 1353-1359 (2001).

用語説明

[用語1]
潰瘍性大腸炎:大腸の粘膜に慢性的な炎症が起こり、腹痛や下痢、血便などを繰り返す病気。はっきりとした原因は不明で、国の指定難病に指定されている。
[用語2]
パネート細胞:本来は小腸に存在する細胞で、細菌から体を守る物質(抗菌ペプチド)を分泌する働きを持つ。腸のバリア機能を支える重要な細胞である。
[用語3]
化生:慢性的な炎症や傷ついた組織が修復される過程で、本来その場所には存在しない種類の細胞に置き換わる変化のこと。
[用語4]
空間トランスクリプトーム解析:組織のどの場所でどの遺伝子が働いているかを、位置情報を保ったまま調べることができる最新の解析技術。細胞の「場所」と「働き」を同時に理解できる。さらに、近年では1細胞レベルの空間分解能で解析可能な技術(空間トランスクリプトーム解析HD)も開発されている。
[用語5]
IL-22:免疫細胞から分泌されるタンパク質で、炎症が起きた際に上皮細胞の修復や防御反応を助ける働きを持つ。
[用語6]
REG3A:細菌を攻撃するタンパク質で、腸の粘膜を感染から守る役割を持つ。炎症時に増加することが知られている。
[用語7]
クローン病:口から肛門までの消化管のどの部位にも炎症が起こる病気で、腹痛や下痢、体重減少などがみられる。潰瘍性大腸炎と同様に炎症性腸疾患に分類されており、こちらも原因は明らかになっていない。
[用語8]
寛解:病気の症状や炎症が落ち着き、ほとんど問題なく日常生活を送れることができる状態。ただし、病気が完全に治ったわけではない。
[用語9]
バイオマーカー:病気の有無や進行の程度を示す指標であり、血液検査や組織検査などによって測定される。
[用語10]
腸上皮オルガノイド培養技術:腸管上皮を構成する腸上皮幹細胞を体外で培養する技術。体内の腸上皮に類似した構造および機能を再現することが可能であり、近年の腸上皮の病態解明に大きく貢献している細胞培養技術である。

論文情報

掲載誌:
Nature Communications
タイトル:
IL-22 induces Paneth cell metaplasia in the colonic epithelium of ulcerative colitis, promoting wound healing via REG3A
著者:
Tomohiro Muto*, Go Ito*#, Hiromune Katsuda, Yui Hiraguri, Satoru Fujii, Kurara Yamamoto, Joana P Bernardes, Finn Hinrichsen, Hitoshi Uchida, Yasuhiro Nemoto, Mayumi Kinoshita, Eri Oshina, Kouhei Yamamoto, Shuji Hibiya, Sayaka Nagata, Fenja Schuran, Shiro Yui, Penelope Pelczar, Samuel Huber, Stefan Schreiber, Philip Rosenstiel, Mamoru Watanabe, and Ryuichi Okamoto
*co-first author、#corresponding author

研究者プロフィール

武藤 智弘 Tomohiro Muto

東京科学大学 医歯学総合研究科 消化器病態学 大学院生
研究分野:消化器病態学

伊藤 剛 Go Ito

東京科学大学病院 長寿・健康人生推進センター/消化器内科 助教
研究分野:消化器病態学

岡本 隆一 Ryuichi Okamoto

東京科学大学 医歯学総合研究科 消化器病態学 教授
研究分野:消化器病態学

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助教 伊藤 剛

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