生体と材料が協奏する未来へ
VI-Researcherインタビュー:Materials-Positive Society Visionary Initiative
鳴瀧 彩絵 教授(総合研究院)
2025年4月に導入したVisionary Initiatives(VI)は、現行の医学、歯学、理学、工学、情報学、物質理工学、環境・社会理工学、生命理工学、リベラルアーツといった分野別縦割りの研究体制を、分野横断型へと大きく変革する仕組みです。研究者はいずれかのVIを選択し、異分野融合研究を加速していきます。
鳴瀧彩絵教授が担当するMaterials-Positive Society VIは、人と環境が豊かに調和する未来の生活をモノの進化で実現することを目指しています。キービジョンの一つに「生体と協奏するマテリアルのデザイン」を掲げ、材料・物質と生体の相互作用を理解、制御し、医療・生命科学の進化につなげます。
「なぜこのVIを選んだのか」「異分野研究者との出会いでこれから何が生まれるのか」、研究者一人一人のエピソードを紐解きます。
人工エラスチンから拓く、バイオマテリアルへの挑戦
高分子や分子集合体、コロイド、ゲルなど、柔らかく、環境に応じて性質を変える「ソフトマテリアル」。鳴瀧教授は、こうした材料が液体の中で自ら秩序ある構造をつくる「自己組織化」の仕組みを解明し、医療に役立つ材料の開発に取り組んでいます。当初はエネルギー分野のVIに参加していましたが、新たに掲げられた「生体と協奏するマテリアルのデザイン」というキービジョンに、自身が目指す研究の未来を見出しました。材料研究を医療へ、そして社会へと広げる挑戦について聞きました。
――専門分野と、現在の研究テーマを教えてください。
私の専門は高分子材料科学です。特に、高分子が液体の中で自発的に集まり、規則的な構造をつくる「液相自己組織化」の仕組みを理解し、目的に応じて設計する研究に取り組んでいます。
生体内では、タンパク質などの分子が自ら集まり、細胞や組織を支える複雑な構造と機能を生み出しています。こうした自然の仕組みに学び、人工タンパク質、分子集合体、コロイド、ゲルなどを用いて、医療に役立つ材料へと発展させることを目指しています。
――なぜMaterials-Positive Societyを選んだのでしょうか。
自分が研究してきた材料の可能性を、もっと広げたいと考えたことが大きな理由です。実は、当初はエネルギー分野のVIに参加していました。エネルギー分野研究は私の専門ではありませんが、自分たちの材料を持続可能な社会に向けて応用することにも関心があり、新たなチャレンジができると思いました。
一方で、私は生体材料工学研究所に所属しており、医療に役立つ材料へ発展させたいという思いを最も強く持っていました。その後、Materials-Positive Societyが立ち上がり、「生体と協奏するマテリアルのデザイン」というキービジョンが示されました。
材料が生体に受け入れられるだけでなく、生体と相互作用しながら機能を発揮するという考え方が、まさに私の進めたい研究と合致していると感じ、このVIへの参画を決めました。
――Materials-Positive Society に移って、どのような印象を持っていますか。
とても良い雰囲気です。若い先生方が中心となって活動しており、今年4月に立ち上がったVIだからこそ、「これから追いつき、盛り上げていこう」という気概を感じます。すでに医歯学系の先生との共同研究も始まりましたし、理工学系の先生方の研究に触れる中で、「この技術と自分たちの材料を組み合わせたら何ができるだろう」と考える機会が増えました。
プログラム・ディレクターの猪越正直先生(医歯学総合研究科)は、大変お忙しい中でも、いつもにこやかで丁寧に接してくださいます。マテリアル研究にも強い関心を持っておられるので、猪越先生や参加する先生方と一緒に、このVIを盛り上げていけることを楽しみにしています。
――医療への応用として、実現したいことを教えてください。
現在、特に実現したいと考えているのが、小口径人工血管の開発です。人工血管はすでに医療で使われていますが、主に心臓周辺の太く、血流の速い血管が対象です。内径4ミリメートル以下の細い人工血管は、人工材料を生体が異物と認識して血栓を形成し、血管が詰まってしまうため、長期間安定して使えるものはいまだ実用化に至っていません。
そこで私たちは、血管に含まれる「エラスチン」というタンパク質に倣った人工エラスチンを開発しています。この材料は、血栓を形成しにくいことに加え、血管の形成に必要な細胞の接着を促し、血管に求められる柔軟性も備えています。
今後は、この人工エラスチンを小口径の管状に成形する技術や、外科医が扱いやすい形状・性質にするための加工技術を磨き、実用化につなげたいと考えています。
また、最近、人工エラスチンを含有するハイドロゲルが、生体中で硬化していく面白い現象を見出しました。これはまさに、生体と協奏するマテリアルとしての発展性があり、現在、メカニズムの解明と生体接着剤への応用を進めています。
さらに、エラスチンは皮膚の弾力にも関わるため、化粧品原料としての問い合わせもいただいています。コストを抑えた製造方法についても、共同研究を通じて検討を進めています。
――Science Tokyoならではの異分野融合に、どのような可能性を感じていますか。
1人の研究者が持つ知識や経験には限界があります。しかし、実現したいビジョンを共有し、異なる専門の研究者とタッグを組めば、新しい道を拓くことができます。
材料開発に自動実験やAIを取り入れることや最先端の分析技術によって材料と生体の相互作用を詳しく捉えること、精密加工技術によって医療機器へ展開することなど、さまざまな融合が考えられます。
医学・歯学と理学・工学・情報学が1つの大学に集まるScience Tokyoだからこそ、基礎研究から臨床研究、社会実装までをつなげられる可能性があると感じています。
――VIを、若い世代の教育にどのようにつなげたいですか。
学生たちも、1つの専門だけではいつか限界が訪れることを感じていると思います。学生のうちから幅広い視野を身につけ、例えば工学と医学など、複数の専門的な視点を持つことは、自分にしかない強みにつながります。
異分野の研究者と対話し、自分の専門を見つめ直す経験は、将来にとって大きなプラスになります。VIが、学生や若手研究者が新しい分野へ踏み出し、自らの可能性を広げる場になることを期待しています。
プロフィール
鳴瀧 彩絵(なるたき・あやえ)
東京科学大学 総合研究院 生体材料工学研究所ソフトマター医工学分野教授。Materials-Positive Society VIのサブ・プログラム・ディレクター。博士(工学)。高分子の液相自己組織化を基盤に、人工タンパク質、ゲル、ナノ材料などを用いた医療材料の開発に取り組んでいる。