三叉神経痛の病態解明に向けた新しいアプローチ

2024年10月30日 公開

3Dモデルを活用した神経形態の解析とその臨床的意義

要点

  • 三叉神経の3Dモデルを用いて、三叉神経痛の原因を解明する新しい解析方法を開発しました。
  • 病変側の術前の三叉神経は、中心線が長く湾曲し、断面積が小さく扁平であることが分かりました。
  • 今後の解析によって、病態生理の解明や診断の補助、治療効果の予測に役立つ可能性があります。

概要

東京科学大学(Science Tokyo) 大学院医歯学総合研究科 脳神経機能外科学分野(脳神経外科)の田中洋次准教授、石和田宰弘大学院生、前原健寿教授らの研究チームは、東京科学大学 総合研究院 生体材料工学研究所 情報医工学分野(中島研究室)との共同研究により、三叉神経痛[用語1]を対象とした神経形態解析の新しい方法を開発しました。三叉神経痛を発症している神経では、中心線が長く湾曲し、断面積が小さく扁平である形態を呈していることが分かり、このような形態変化が病態に関係している可能性を初めて示しました。この研究成果は、米国脳神経外科学会の機関誌である国際科学誌Journal of Neurosurgery(ジャーナルオブニューロサージェリー)に、2024年10月11日にオンライン版で発表されました。

  • 2024年10月1日に東京医科歯科大学と東京工業大学が統合し、東京科学大学(Science Tokyo)となりました。

背景

三叉神経痛の主な原因は血管による神経の圧迫であると考えられており、神経減圧術[用語2]によってこの圧迫を解除することにより症状を改善することが示されています(図1)。しかし、三叉神経痛の中には血管による圧迫を認めない症例があり、このような場合には三叉神経にゆがみやねじれなどの形態変化が起こっていることが報告されています。したがって、血管による圧迫だけでなく、三叉神経の形態変化自体も三叉神経痛の原因となっている可能性があります。三叉神経の異常な形態変化を定量化し、客観的に評価することで、三叉神経痛の原因解明、診断、手術の意思決定に役立てるために本研究を実施しました。

図1. 動脈による圧迫が原因の三叉神経痛の1例。術前MRIにて三叉神経と動脈の接触を認めたため、神経減圧術にて動脈を移動させて圧迫を解除しました。術後MRIでは三叉神経と動脈の接触は消失しました。術後に三叉神経が直線化して太く変化していることが分かります。

研究成果

2016年1月から2022年12月に神経減圧術を行った70症例(平均年齢69歳)を対象に解析を行いました。術前と術後のMRI画像から三叉神経のセグメンテーション[用語3]を手動で行い、3Dモデルを作成しました。3Dモデルに対して細線化処理[用語4]を行い、神経の中心線を抽出し、さらに中心線に垂直な方向に3Dモデルの再スライスを行って複数の断面画像を作成しました(図2)。中心線の長さ、曲率、捻率[用語5]、断面の面積、扁平率、長軸角度と6項目(図3)について、病変側と非病変側、術前と術後の比較をそれぞれ行いました。

図2. 解析方法の手順
図3. 検討した6個の項目

病変側の三叉神経は非病変側と比較して、有意に中心線が長く、曲率が大きく、断面積が小さく、扁平率が大きいという結果でした(図4)。また、術前の三叉神経は術後と比較して、有意に中心線が長く、曲率が大きく、断面積が小さいという結果でした(図5)。以上から病変側の術前の三叉神経では、中心線が長く湾曲し、断面積が小さく扁平であることが分かりました。また、治療成績の良かった群では、術後に断面積がより大きく変化していることが分かり、術後の神経膨張が良い手術成績と相関している可能性が示唆されました。

図4. 術前における病変側と非病変側の比較
図5. 病変側における術前と術後の比較

社会的インパクト

今回新たに開発した方法を用いて三叉神経の形態学的変化を解析することが可能であることが分かりました。今後更なる解析を進めることで、病態生理の解明や診断の補助、治療効果の予測に役立つ可能性があります。診断精度と治療成績の向上は三叉神経痛の患者さんの健康で幸福な生活に寄与すると考えられます。

今後の展開

三叉神経痛を引き起こす原因として、動脈による圧迫、静脈による圧迫、複数血管による圧迫、血管圧迫のないもの、脳腫瘍による圧迫など複数のパターンがあります。これらを細分化して解析を行うことで新たな知見が得られ、病態生理の解明に繋がる可能性があります。また、人工知能の技術を利用することで、セグメンテーションを手動ではなく自動化し、解析速度と精度の向上が期待されます。

用語説明

[用語1]
三叉神経痛:顔に突発的な電気が走るような強い痛みを感じる病気である。多くは三叉神経が脳に入るところで血管によって圧迫されることにより起こる。
[用語2]
神経減圧術:痛みと同じ側の耳の後ろに5〜10 cmの皮膚切開を行い、頭蓋骨に穴をあけ、硬膜という膜を切開し、小脳と骨との隙間から、脳幹部に三叉神経が入る部分を観察し、ここで神経を圧迫している血管を移動させる手術である。7〜9割の患者さんで痛みが改善・消失したという成績が報告されている。
[用語3]
セグメンテーション:「分割・区分」という意味を持ち、画像に写り込んでいる対象領域を識別し、ピクセル単位でクラス分類を行う処理である。
[用語4]
細線化処理:対象となる物体を外側から削り落として、線画像に変換する処理である。物体の中心線を表現できるので、物体固有の特徴を知ることができる。
[用語5]
曲率、捻率:曲率は曲線がどのくらい曲がっているか、捻率は曲線がどのくらい平面から離れていくか、ということを定量的に表した量である。空間内の曲線は曲率と捩率によって定義される。

論文情報

掲載誌:
Journal of Neurosurgery
論文タイトル:
Morphological analysis of the trigeminal nerve in trigeminal neuralgia using the nerve’s centerline and multiple cross-sections of a 3D model
著者:
石和田 宰弘、田中 洋次、小野木 真哉、中島 義和、佐藤 陽人、荒井 雪花、武井 孝麿、前原 健寿

研究者プロフィール

田中洋次 Yoji TANAKA

東京科学大学 大学院医歯学総合研究科
脳神経機能外科学分野 准教授
研究分野:脳血管障害、下垂体腫瘍、ナビゲーション手術

石和田宰弘 Tadahiro ISHIWADA

東京科学大学 大学院医歯学総合研究科
脳神経機能外科学分野 大学院生
研究分野:三叉神経痛、脳血管障害

前原健寿 Taketoshi MAEHARA

東京科学大学 大学院医歯学総合研究科
脳神経機能外科学分野 教授
研究分野:脳腫瘍、てんかん外科、小児脳神経外科

中島義和 Yoshikazu NAKAJIMA

東京科学大学 総合研究院 生体材料工学研究所
情報医工学分野 教授
研究分野:医用画像処理、医療人工知能、コンピュータ支援外科、手術支援デバイス、医療データベース

小野木 真哉 Shinya ONOGI

東京科学大学 総合研究院 生体材料工学研究所
情報医工学分野 准教授
研究分野:医用システム工学

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