なぜ、大腸に「小腸の細胞」が現れるのか ― 長年の謎から見えた腸の修復力

2026年8月4日 公開

潰瘍性大腸炎の大腸に現れる「パネート細胞」が傷の修復を助ける仕組みを解明

どんな研究?

腹痛や下痢、血便を引き起こす潰瘍性大腸炎では、大腸の内側を覆う粘膜に炎症が起こり、赤くただれた潰瘍ができます。炎症が長引くと、腸の粘膜は傷ついては修復される状態を繰り返します。

こうした患者さんの大腸では、本来は主に小腸にあるパネート細胞に似た細胞が現れることが、古くから知られていました。この現象を「パネート細胞化生(さいぼうかせい)」といいます。少なくとも1960年代から報告され、長い間、慢性炎症に伴って生じる組織変化と考えられてきました。しかし、この細胞がなぜ大腸に現れるのか、傷ついた腸でどのような役割を果たすのかは分かっていませんでした。

crystal light/Shutterstock.com

そこで、東京科学大学(Science Tokyo)の伊藤剛(いとう・ごう)助教と武藤智弘(むとう・ともひろ)大学院生(現同大学プロジェクト研究員)を中心とする研究チームは、この細胞の正体を解明するため、潰瘍性大腸炎の患者さんの組織を調べ、組織解析に加え、患者さんの大腸の細胞から作った「ミニチュアの腸(オルガノイド)」やマウスモデルなど、複数の実験系を組み合わせて検証しました。

ここが重要

患者さんの大腸組織を調べると、パネート細胞化生は、潰瘍性大腸炎を発症してから10年以上が経過した患者さんの大腸で多く、炎症が活発な場所でも多く見つかりました。しかし、大腸に現れたパネート細胞に似た細胞は、患者さんの組織のごく一部にしか現れず、詳しく調べることは簡単ではありませんでした。そこで研究チームは、近年開発された「空間トランスクリプトーム解析」という、病理組織上で細胞ごとの遺伝子の働きを調べられる手法を用い、小腸の正常なパネート細胞と大腸に現れるパネート細胞化生を示す細胞を比較しました。

パネート細胞は、腸内細菌のバランスを保つために「抗菌ペプチド」と呼ばれる物質を分泌します。今回の研究では、大腸に現れたパネート細胞化生では、小腸の正常なパネート細胞とは作られる抗菌ペプチドの構成が異なり、炎症環境に適応した特徴をもつことが分かりました。中でも研究チームは、炎症時に免疫細胞から分泌される「IL-22」というタンパク質と、それによって作られる抗菌ペプチド「REG3A」に注目しました。

さらに研究チームは、ヒトの組織、ヒトやマウスの大腸の細胞から作った「ミニチュアの腸(オルガノイド)」、マウスモデルを組み合わせて検証しました。ヒトの組織では細胞の特徴を、「ミニチュアの腸」では細胞が変化する仕組みとREG3Aの働きを、マウスモデルでは傷の修復におけるREG3Aの役割を調べました。

その結果、炎症時に免疫細胞から出るIL-22が大腸でパネート細胞化生を引き起こす引き金となり、そこから分泌されるREG3Aが、大腸の細胞を増やして傷口がふさがるのを助けることが分かりました。長期間の炎症に伴う組織変化と考えられてきたパネート細胞化生は、単なる慢性炎症の痕跡ではなく、傷ついた腸の修復を助ける適応反応である可能性が示されました。

今後の展望

REG3Aの働きを利用できれば、炎症を抑えるだけでなく、傷ついた腸粘膜の修復を促す新しい治療につながる可能性があります。また、パネート細胞化生は、内視鏡所見だけでは捉えにくい慢性的な炎症の蓄積を示す病理学的な目印となり、長期的な病状管理や大腸がんリスク評価の手がかりとなる可能性があります。

研究者のひとこと

潰瘍性大腸炎の患者さんの病理レポートで「パネート細胞化生」という言葉を見るたびに、「なぜ本来ないはずの細胞が現れるのだろう」と疑問に思っていました。異常に見える現象にも、きっと何らかの意味があるはずだ――そう考え、研究を続けてきました。今回の発見を出発点として、「細胞は環境に応じてどこまで姿や役割を変えられるのか」という生命の根源的な問いや、慢性炎症で起こるさまざまな化生の役割について、さらに研究を進めていきたいと思っています。
(伊藤剛:東京科学大学病院 長寿・健康人生推進センター/消化器内科 助教)

武藤智弘プロジェクト研究員(左)、伊藤剛助教(中央)、勝田景統特任助教(右)

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