ポイント
- 非症候群性口唇口蓋裂およびアトピー性皮膚炎の発症に関与する可能性がある一塩基多型(SNP rs37414422)に、塩基配列に特異的な機能があることを明らかにしました。
- エピジェネティック解析および機能解析に加え、ゲノム編集を用いたヒト細胞の実験により、rs3741442が上皮の初期分化に関与する遺伝子群の発現に影響を及ぼすことを示しました。
- 本研究により、rs3741442が非症候群性口唇口蓋裂およびアトピー性皮膚炎の病態形成に関与する分子メカニズムの一端が明らかとなりました。
概要
東京科学大学(Science Tokyo)大学院医歯学総合研究科 シグナル遺伝子制御学分野・口腔科学センターの船戸紀子准教授と、オックスフォード大学 Stephen R. F. Twigg(スティーヴン・R・F・トウィッグ)准教授による研究チームは、非症候群性口唇口蓋裂の発症に関与する可能性のある要因を特定するために、ポストゲノムワイド関連解析(ポストGWAS)[用語1]を実施しました。
その結果、非コード領域[用語2]に存在する一塩基多型(SNP)[用語3]rs3741442に、塩基配列に特異的な機能があることを見出しました。さらに、rs3741442の塩基配列が、口腔粘膜上皮や皮膚上皮の初期分化に関与する遺伝子群の発現量に影響を及ぼすことが確認されました。
本研究の成果は、rs3741442におけるリスク塩基が報告されている非症候群性口唇口蓋裂やアトピー性皮膚炎の病態解明に貢献する可能性があります。
本成果は5月12日(英国時間)付で「Journal of Dental Research」誌に掲載されました。

背景
口唇口蓋裂は、日本では約500人に1人の頻度で認められる、発症頻度の高い先天異常です。この疾患は、他の症状を伴う「症候群性」と、他の症状を伴わない「非症候群性」とに分類されます。
症候群性口唇口蓋裂については、原因となる疾患遺伝子の同定やその機能解析が進んでいる一方で、口唇口蓋裂の大部分を占める非症候群性口唇口蓋裂に関しては、発症リスクがどのような分子メカニズムで制御されているのか、いまだに全貌は明らかにされていません。
一般に、ゲノムDNAは、タンパク質の設計図となる「コード領域」と、それ以外の「非コード領域」から構成されています。近年、非症候群性口唇口蓋裂に関連するバリアント[用語4]の多くが、非コード領域に存在する一塩基多型であることが明らかになってきました[参考文献1]。
本研究チームは、これまでにも非コード領域に存在する一塩基多型が病態に与える影響について研究を進めてきました[参考文献2]。
研究成果
今回、研究チームは、ケラチン18遺伝子座[用語5]近傍の非コード領域に存在する一塩基多型のうち、SNP rs3741442に着目してポストGWASを行いました。rs3741442は、非症候群性口唇口蓋裂に関連するバリアントとして、非リスク群では「C」、リスク群では「T」の塩基を持つことが報告されています[参考文献1, 3].。今回の解析により、rs3741442の塩基配列には、形質に関与する特異的な機能が存在することが明らかになりました。組換えDNA技術およびゲノム編集技術を用いてヒト細胞におけるこのSNPの働きを調べたところ、rs3741442の塩基変化(C→T)という、わずか一つの塩基の違いが、口腔粘膜上皮や皮膚上皮の初期分化に関わる遺伝子群の発現制御に影響を与え、その結果として口唇口蓋裂の発症に寄与する可能性が示唆されました。事実、口腔粘膜上皮の初期分化に異常が生じると、発生過程の口蓋板が他の組織と病的に癒着し、口蓋裂を引き起こすことが知られています(図右側) 。
なお、rs3741442のリスク塩基「T」はアトピー性皮膚炎との関連も報告されており、本研究の成果は、非症候群性口唇口蓋裂のみならず、アトピー性皮膚炎の病態理解にも貢献する可能性があります。
社会的インパクト
人間のゲノムDNAのうち、タンパク質をコードしている領域は全体のわずか1〜2%にすぎず、残りの98%以上は非コード領域です。非コード領域はタンパク質を直接作り出すわけではないため、その機能を予測するのは非常に困難とされています。しかし近年、多くの疾患関連バリアントがこの非コード領域に存在することが明らかになってきました。こうしたバリアントは、疾患の発症リスクや薬の効き方、発症年齢といった個人差、さらにはヒトの進化過程にも深く関与している可能性が指摘されています。このような背景から、非コード領域に関する研究は、疾患の理解や予防・治療法の開発において極めて重要な意義を持ちます。
今後の展開
非コード領域に存在するバリアントが、どのように遺伝子の発現に影響を及ぼすのかというメカニズムを解明していくことで、疾患に対する新たな創薬や遺伝子治療のターゲットの発見につながることが期待されます。
付記
この研究は、文部科学省科学研究費補助金(JP23K09149)、The National Institute for Health Research (NIHR) Oxford Biomedical Research Centre、およびThe MRC National Mouse Genetics Network (MC_PC_21044)の支援のもとで行われました。
参考文献
- [1]
- Yu Y. et al., Genome-wide analyses of non-syndromic cleft lip with palate identify 14 novel loci and genetic heterogeneity. Nat Commun 2017 24:14364.
- [2]
- Funato N. et al., A regulatory variant impacting TBX1 expression contributes to basicranial morphology in Homo sapiens. Am J Hum Genet. 2024 111:939-953.
- [3]
- Machado RA, et al., Evaluation of genome-wide association signals for nonsyndromic cleft lip with or without cleft palate in a multiethnic Brazilian population. Arch Oral Biol. 2022 135:105372.
用語説明
- [用語1]
- ポストゲノムワイド関連解析(ポストGWAS):ゲノムワイド関連解析(GWAS)の結果をもとに、GWASで同定された関連遺伝子や一塩基多型(SNP)の機能やメカニズムを、さらに詳細に調べる解析のこと。
- [用語2]
- 非コード領域:ゲノムDNA配列のうち、タンパク質をコードしていない領域。ノンコーディング領域とも呼ばれる。
- [用語3]
- 一塩基多型(SNP):ゲノムDNA配列の中で、一つの塩基(ヌクレオチド)が別の塩基に置き換わる変化。SNP(スニップ)とも呼ばれる。
- [用語4]
- バリアント:ゲノムDNA配列に生じる塩基配列の変化。一つの塩基の変化を示す一塩基多型のほか、塩基配列の挿入や欠失、繰返し配列の変化なども含まれる。
- [用語5]
- 遺伝子座:特定の遺伝子が存在する、ゲノム上の位置や領域のこと
論文情報
- 掲載誌:
- Journal of Dental Research
- タイトル:
- The functional impact of the noncoding SNP rs3741442 on orofacial clefting
- 著者:
- Noriko Funato, Stephen R. F. Twigg
研究者プロフィール
船戸 紀子 Noriko FUNATO
東京科学大学 シグナル遺伝子制御学分野 准教授
研究分野:頭蓋顎顔面の発生および疾患に関わる転写制御

スティーヴン・R・F・トウィッグ Stephen R. F. Twigg
オックスフォード大学 ジョン・ラドクリフ病院 准教授
研究分野:頭蓋顎顔面に関わる発生遺伝学および疾患の分子病態

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