MRIで体内pH定量を可能にするナノ粒子造影剤を開発

2026年10月23日 公開

がんと正常組織のpHの違いを定量できる造影剤を開発

ポイント

  • 新規に開発したナノ粒子造影剤により、正常組織とがん組織のわずかなpHの違いをMRI(磁気共鳴画像)で定量可能であることを示した
  • 造影剤の架橋構造を制御することで、造影剤濃度の影響を打ち消すレシオ画像を実現
  • がんの病態や治療過程を正確に評価する新たな診断法への展開に期待

概要

東京科学大学(Science Tokyo)総合研究院 化学生命科学研究所の岡田智准教授と中村浩之教授らの研究チームは、自然科学研究機構 生命創成探究センター/分子科学研究所の加藤賢特任助教と加藤晃一教授、大阪大学 大学院工学研究科の菊地和也教授(生命創成探究センター客員教授)と共同で、MRI[用語1]を用いて体内pHを定量するための新しいナノ粒子造影剤を開発しました。

腫瘍や炎症では細胞外環境が酸性化することが知られており、体内のpHを測定する技術は病態の理解や診断に重要です。MRIは、放射線被ばくがなく体の深部を観察できる画像診断法であり、体内のpHを画像計測する有用な技術となる可能性を秘めています。これまでに、がんなどの病変部位のpH変化を検出するため、pH応答性MRI造影剤[用語2]が開発されてきました。しかし、MRIの信号強度(明るさ)は、pHだけでなく造影剤濃度にも依存するため、pHを正確に定量することは困難でした。

研究チームは、テトラエチレングリコール鎖で架橋したpH応答性ハイドロゲルに、ガドリニウム結合シリカナノ粒子を内包したコア-シェルナノ粒子造影剤を開発しました。本造影剤は、細胞外pH域であるpH 6.0~7.5において大きな横緩和時間T2[用語3]応答を引き起こす一方、縦緩和時間T1[用語4]はpHの影響を受けず、MRIでT1とT2のレシオ画像[用語5]を取得すると、造影剤の濃度が0.50~1.50 wt%(重量パーセント)の範囲でpH 6.0、6.5、7.0、7.5を明瞭に識別することができました。血液を模した緩衝液中においても、この造影剤はpH 6.5と7.5を識別可能であり、生体環境中でも機能することが示唆されました。将来的には、がんの進行や病状を正確に評価する新しいMRI診断法や、治療過程のモニタリング法などへの応用が大いに期待されます。

本成果は、9月23日付(現地時間)の「Small」誌に掲載されました。

背景

細胞外pHは、生体組織の代謝状態を反映する重要な指標です。特に、正常組織のpHがおよそ7.4であるのに対し、がん組織では6.5付近まで低下することがあります[参考文献1]。そのため、細胞外pHを可視化・定量できれば、病態の理解や診断、治療効果の評価に役立つと考えられます。放射線を使わずに生体深部を観察できるMRIは、この目的において有用な画像診断法となり得ます。実際に、ガドリニウム錯体などの臨床用MRI造影剤を化学的に改良し、pHに応じて周囲に存在する水分子のT1およびT2を短縮することでMRI信号強度(画像の明るさ)を変化させるpH応答性MRI造影剤が開発されてきました。このような造影剤では、pHが低くなるほどT1強調画像[用語6]では明るく、T2強調画像[用語7]では暗くなるため、pHが低下した組織を検出できます。しかし、T1とT2は、pHだけでなく造影剤濃度によっても変化するため、T1強調画像とT2強調画像からpHを定量することは困難でした。

研究チームは以前、pHに応答し収縮・膨潤するハイドロゲルにガドリニウム結合シリカナノ粒子を内包したコア-シェルナノ粒子造影剤を開発しました[参考文献2]。この造影剤は、pHの低下に伴いT2を短縮しT2強調画像の信号強度を大きく低下させる一方、T1短縮効果はpHに依らず一定のため、T1強調画像の信号強度はpHの影響を受けないという特性を有しています。この特性に基づき、T1とT2の比を計算したレシオ画像によって、造影剤濃度の影響を打ち消した定量pHイメージングを実現しました。しかし、正常組織とがん組織のわずかなpHの差を検出するには応答が不十分であり、造影剤濃度が0.50~1.0 wt%から逸脱すると正確性が大幅に低下するという問題がありました。

研究成果

今回、研究チームはコア-シェル造影剤のシェルを構成するハイドロゲルの架橋構造に着目しました。従来用いていた架橋剤よりも長く親水性の高いテトラエチレングリコールジメタクリレートでハイドロゲルを架橋することで、細胞外pH域であるpH 6.0~7.5において大きなT2応答を引き起こす一方、T1はpHの影響を受けない造影剤の開発に成功しました(図1)。実際に、1テスラのMRI装置を用いてT1とT2のレシオ画像を取得すると、造影剤の濃度が0.50~1.50 wt%の範囲でpH 6.0、6.5、7.0、7.5を明瞭に識別することができました(図2)。血清を含む緩衝液中においても、造影剤はpH 6.5と7.5を識別可能であり、生体環境中でも機能することが示唆されました。

通常のpH応答性MRI造影剤は、T1とT2のどちらに対してもpHに応答した変化をもたらすため、レシオ画像によるpH定量は困難です。NMR緩和理論[用語8]から、水分子の運動性が大きく制限されると、T1に比べてT2が顕著に短縮することが知られています。本造影剤においては、低pH環境でハイドロゲルが収縮しゲル内部の水分子の運動性が大きく制限されたため、T2のみに影響が生じたことが予想されます(図1b)。一方、ゲル内部に位置するガドリニウム錯体への水分子のアクセスのしやすさは、収縮の影響をほとんど受けず、T1が一定の値を示したと考えられます。

図1. 開発したコア-シェルナノ粒子の(a)模式図と、(b)予想されるT1とT2の短縮機構。中のコアはガドリニウム結合シリカでpHの影響を受けず、外側のシェルはテトラエチレングリコールジメタクリレートで架橋したゲルでpHに敏感であることから、2つのNMR緩和特性を有する。造影剤として用いると、横緩和時間T2はpH 6.0~7.5において大きな応答を示し、縦緩和時間T1はpHの影響を受けないため、T1とT2のレシオ画像によって造影剤濃度をキャンセルしたpH定量ができる。
図2. 造影剤濃度の影響を低減したpH定量レシオ画像

社会的インパクト

これまでに生体pHを定量する方法として31P MRスペクトロスコピー、化学交換飽和移動MRI、超偏極MRIなどが開発されてきました[参考文献3]。これらの手法は、撮像時間が長い、低感度である、特殊な装置が必要である、といった問題をはらんでいました。一方、本研究で新たに開発したナノ粒子造影剤は、T1とT2のレシオを計算するだけでpH定量が可能という新たな特性を有し、従来法と相互に補完・検証することで、pH定量法の高度化に寄与すると考えられます。将来的には、がんの進行や病状を正確に評価する新しいMRI診断法や、治療過程のモニタリング法などへの応用が大いに期待されます。

今後の展開

今後は、他のpH定量法との相互検証により、生体内における造影剤のpH校正を行うことで、生体応用の実現が大きく近づくと予想されます。さらに、担がんモデル動物に造影剤を投与し、がんの種類、進行度、放射線治療、抗がん剤治療などに対する腫瘍内pHの変化を網羅的に明らかにすることで、がんの病態の理解や新たな診断法の確立へ展開していくことが期待されます。

付記

本研究は、自然科学研究機構分子科学研究所分子研課題(IMS program JPMXP1225MS5010)、文部科学省共同利用・共同研究システム形成事業~学際領域展開ハブ形成プログラム~(CURE)課題番号JPMXP1323015488(Spin-LプログラムNo. spin24ZN001、spin25YN002)、JST創発的研究支援事業(FOREST)課題番号JPMJFR211Iの支援を受けて実施されました。

参考文献

[参考文献1]
Thews, O. et al. Cancer Metastasis Rev. 2019, 38, 113–129.
[参考文献2]
Okada, S. et al. Adv. Mater. 2014, 26, 2989–2992.
[参考文献3]
Hao, G. et al. RSC Adv. 2018, 8, 22182–22192.

用語説明

[用語1]
MRI:Magnetic Resonance Imagingの略。一般的には水分子プロトンの核磁気共鳴緩和過程に基づき生体画像を構成する画像診断法。
[用語2]
pH応答性MRI造影剤:臨床で用いられるガドリニウム錯体などのMRI造影剤を改良し、pH変化をMRIコントラストとして検出できるようにしたもの。一般的には、pHに応じてNMR緩和時間を短縮することで、MRI信号に変化をもたらす。
[用語3]
横緩和時間T2:励起パルスによって生じた磁化の横成分が、核スピンの位相の分散により約37%まで減衰するのに要する時間。T2が短いほどT2強調画像では暗く(低信号)なる。
[用語4]
縦緩和時間T1:励起パルスによって倒された磁化の縦成分が、核スピンが熱平衡状態に戻るのに伴って、平衡磁化の約63%まで回復するのに要する時間。T1が短いほどT1強調画像では明るく(高信号)なる。
[用語5]
レシオ画像:異なる2つのパラメータの比から構成される計算画像。ここでは、T1をT2で割った画像を意味する。
[用語6]
T1強調画像:MRIで、T1の違いが画像の明るさに強く反映されるように撮像した画像。一般に、T1が短いほど明るく表示される。
[用語7]
T2強調画像:MRIで、T2の違いが画像の明るさに強く反映されるように撮像した画像。一般に、T2が短いほど暗く表示される。
[用語8]
NMR緩和理論:分子運動による局所磁場の揺らぎと、T1、T2の関係を説明する理論。代表的なものにBloembergen–Purcell–Pound(BPP)理論がある。

論文情報

掲載誌:
Small
タイトル:
A Ratiometric MRI Probe with a Tuned Crosslinked Network for Quantitative Imaging of Physiological pH
著者:
Ken Kato, Akira Sumiyoshi, Kyoko Katsumata, Hiroyuki Nakamura, Koichi Kato, Kazuya Kikuchi, Satoshi Okada

研究者プロフィール

岡田 智 Satoshi Okada

東京科学大学 総合研究院 化学生命科学研究所 准教授
研究分野:分子イメージング、生体関連化学

中村 浩之 Hiroyuki Nakamura

東京科学大学 総合研究院 化学生命科学研究所 教授
研究分野:有機合成化学、創薬化学

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