ポイント
- 高カロリー食によって認知機能が低下する分子メカニズムを明らかにしました。
- 高カロリー状態では、インスリンシグナルを介してPPARγの機能が抑制され、知的障害やアルツハイマー病との関連が知られるPQBP1の発現量が低下することを発見しました。
- PQBP1の減少により、シナプス関連分子のRNAスプライシングに異常が生じ、シナプス障害や認知機能低下につながることを明らかにしました。
- 高カロリー食を摂取したマウスにおいて、PPARγの機能を高める糖尿病治療薬やPQBP1などを標的とした遺伝子治療により、シナプス障害と認知機能低下が改善することを示しました。
概要
東京科学大学(Science Tokyo)国際医工共創研究院 脳統合機能研究センターの岡澤均特任教授と田中ひかりプロジェクト准教授らの研究チームは、帝京大学 先端総合研究機構の狩野方伸特任教授(兼 東京大学名誉教授)、カリフォルニア州立大学アーバイン校のアルバート・ラスパダ(Albert La Spada)教授らとの共同研究により、高カロリー食の継続的な摂取が脳機能の低下をもたらす分子メカニズムを明らかにするとともに、治療法の可能性を示しました。
ストレスの多い現代社会では、過食に陥ることも多く、高カロリー食の過剰摂取は肥満の原因となります。高カロリー状態では脳の働きが低下することが、これまでの多くの研究から示されています。また、高カロリー状態の持続が、糖尿病やアルツハイマー病のリスク因子となることも知られています。しかし、高カロリー状態によって、どのような仕組みで脳機能が低下するのか、また、それをどのように予防・治療できるのかは分かっていませんでした。
今回の研究では、高カロリー食によって、ヒトの遺伝性知的障害の原因遺伝子の1つとして知られていたPQBP1[用語1]という遺伝子の発現量が低下することを起点として、脳神経細胞(ニューロン)同士をつなぐシナプス[用語2]の構成分子に異常が生じ、神経回路の働きが低下することを世界で初めて明らかにしました。
また、本研究により、これまで分かっていなかった高カロリー食による認知機能低下のメカニズムが明らかになり、マウスを用いた実験で示された治療候補には、すでに市販されている糖尿病治療薬も含まれていることから、関連する医薬品も含めてヒトへの応用可能性を検討することが期待されます。
さらに、この成果は、PQBP1遺伝子の関与がすでに知られている知的障害やアルツハイマー病についても、同様の経口薬や遺伝子治療を応用できる可能性を示唆しています。
本成果は、9月12日付(現地時間)の「Molecular Psychiatry」誌に掲載されました。
背景
ストレスの多い現代社会において、過食や肥満は大きな問題となっています。高カロリー状態は体内のインスリン過剰状態を引き起こし、やがてインスリンに対する組織の反応性の低下やインスリン分泌の低下を経て、糖尿病に至ります。こうした過程は脳機能の低下につながるとともに、アルツハイマー病のリスクを高めることも明らかになっています。また、アルツハイマー病の発症以前から、高カロリー状態によって認知機能が低下すると考えられていますが、そのメカニズムは明らかになっていませんでした。
一方、PQBP1遺伝子は、もともと神経変性疾患の病態に関わる分子として、岡澤特任教授の研究グループ(当時、東京大学神経内科)によって発見されました[参考文献1、2]。その後、ヨーロッパで行われた大規模研究により、レンペニング症候群など複数の遺伝性知的障害の原因遺伝子であることが明らかになりました[参考文献3]。PQBP1は、pre-mRNAをmRNAへと成熟させる過程である「RNAスプライシング」を調節する因子です。ニューロンではシナプス関連分子群が、神経幹細胞では細胞周期分子がPQBP1に依存したRNAスプライシングの標的となることも明らかにされています[参考文献4、5、6]。
さらに、ニューロンのPQBP1は、アルツハイマー病患者のニューロンにおいて後天的に減少し、シナプスの異常につながることが示されています[参考文献7]。また、脳内の自然免疫を担うミクログリアでは、PQBP1がタウ(Tau)を認識し、アルツハイマー病やタウに関連する神経変性疾患における脳内炎症を誘導することも明らかになっています[参考文献8]。
研究成果
今回の研究は、高カロリー状態が短期間あるいは長期間持続すると、脳組織において、知的機能に関連する因子であるPQBP1の転写量が低下することを見いだしたことから始まりました。アストロサイトやミクログリアではPQBP1転写量に低下はみられず、ニューロンにおいてのみ低下していました。その結果、PQBP1タンパク質が減少し、その主要な機能であるシナプス関連分子のRNAスプライシングが抑制されることで、シナプス関連タンパク質に異常が生じ、最終的にシナプス数の減少と機能異常につながることが明らかになりました。
また、PQBP1転写は、糖尿病をはじめとするさまざまな生命現象で重要な役割を果たすことが知られている転写因子PPARγによって調節されていることが明らかになりました。さらに、高カロリー状態によって誘導されるインスリンシグナル経路がPPARγをリン酸化し、その転写機能を阻害することで、PQBP1の転写量が低下することも明らかになりました。
さらに研究グループは、PQBP1タンパク質の減少によるRNAスプライシングの変化の影響を最も強く受けるシナプス関連分子を、RNA-seq解析によって同定しました。そして、高カロリー食の摂取によって認知機能が低下したマウスに対し、PPARγの機能を高める糖尿病経口治療薬の投与、PQBP1を標的とした遺伝子治療、さらにPQBP1の標的となるシナプス関連分子を用いた遺伝子治療を行いました。その結果、これらの治療法が、高カロリー食を摂取したマウスにおけるシナプス障害と認知機能の低下を改善することを、モデル動物を用いた実験で示しました。
社会的インパクト
本研究により、これまで明らかになっていなかった、高カロリー状態による認知機能低下のメカニズムが解明されました。高カロリー状態によってPQBP1タンパク質が減少し、それに伴うシナプス機能の異常を介して認知機能が低下することが、その主要なメカニズムであることが明らかになりました。さらに、鍵となるPQBP1の量を調節することで、過食や肥満、糖尿病に伴う脳機能低下に対する新たな予防・治療法の開発につながる可能性が示されました。
今後の展開
今回検討した治療法の中には、すでに市販されている糖尿病治療薬も含まれていることから、関連する医薬品も含め、ヒトへの応用可能性を検討することが期待されます。また、PQBP1遺伝子は知的障害やアルツハイマー病への関与もすでに知られていることから、これらの疾患に対しても、同様の経口薬や遺伝子治療を応用できる可能性があり、今後さらなる検討が必要です。
付記
この研究は、AMED革新的先端研究開発支援事業AMED-CREST「ストレスへの応答と疾病発症に至るメカニズムの解明」研究開発領域の研究課題「革新的AI 開発による分子ストレス-個体ストレスの統合的理解と新規ストレス病態発見」、および、日本学術振興会基盤Aなどの支援を受けて行われたものです。
参考文献
- [参考文献1]
- Imafuku I, Waragai M, Takeuchi S, Kanazawa I, Kawabata M, Mouradian MM, Okazawa H. Polar amino acid-rich sequences bind to polyglutamine tracts. Biochem Biophys Res Commun. 1998 Dec 9;253(1):16-20. doi: 10.1006/bbrc.1998.9725.
- [参考文献2]
- Okazawa H, Rich T, Chang A, Lin X, Waragai M, Kajikawa M, Enokido Y, Komuro A, Kato S, Shibata M, Hatanaka H, Mouradian MM, Sudol M, Kanazawa I. Interaction between mutant ataxin-1 and PQBP-1 affects transcription and cell death. Neuron. 2002 May 30;34(5):701-13. doi: 10.1016/s0896-6273(02)00697-9. PMID: 12062018.
- [参考文献3]
- Kalscheuer VM, Freude K, Musante L, Jensen LR, Yntema HG, Gécz J, Sefiani A, Hoffmann K, Moser B, Haas S, Gurok U, Haesler S, Aranda B, Nshedjan A, Tzschach A, Hartmann N, Roloff TC, Shoichet S, Hagens O, Tao J, Van Bokhoven H, Turner G, Chelly J, Moraine C, Fryns JP, Nuber U, Hoeltzenbein M, Scharff C, Scherthan H, Lenzner S, Hamel BC, Schweiger S, Ropers HH. Mutations in the polyglutamine binding protein 1 gene cause X-linked mental retardation. Nat Genet. 2003 Dec;35(4):313-5. doi: 10.1038/ng1264.
- [参考文献4]
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用語説明
- [用語1]
- PQBP1(Polyglutamine binding protein1):神経細胞などで働くタンパク質で、RNAスプライシングの調節などに関与する。もともと神経変性疾患に関わる分子として岡澤らによって発見され、その後、PQBP1遺伝子の変異がレンペニング症候群などの遺伝性知的障害の原因となることが明らかになった。また、アルツハイマー病などの神経変性疾患との関連も報告されている。
- [用語2]
- シナプス:神経細胞の軸索終末が別の神経細胞の樹状突起と微小な間隙を介して接続する構造のことを言う。ヒトを含む哺乳類では、軸索の膜電位変化により、軸索終末のシナプス小胞から神経伝達物質が放出され、樹状突起側の受容体に受け止められてシナプス後部の膜電位が変動することにより、神経細胞の電気的変化(脱分極)が別の神経細胞の脱分極へと伝わることによって、一種の電気回路が形成される。したがって、シナプスはすべての脳機能の基礎となる解剖学的構造である。
論文情報
- 掲載誌:
- Molecular Psychiatry
- タイトル:
- PQBP1-dependent alternative RNA splicing underlies high calorie diet-induced cognitive impairment
- 著者:
- Yong Huang, Hidenori Homma, Yuki Yoshioka, Takaki Watanabe, Shuhei Fujino, Kyoko Matsuyama, Xigui Chen, Kyota Fujita, Hiroki Shiwaku, Albert R. La Spada, Masanobu Kano, Hikari Tanaka and Hitoshi Okazawa
研究者プロフィール
岡澤 均 Hitoshi Okazawa
東京科学大学 国際医工共創研究院 脳統合機能研究センター 特任教授
研究分野:脳神経内科、分子神経科学
田中 ひかり Hikari Tanaka
東京科学大学 国際医工共創研究院 脳統合機能研究センター プロジェクト准教授
研究分野:分子神経科学
黄 勇 Yong Huang
東京科学大学 総合研究院 難治疾患研究所 神経病理学分野 大学院生(研究当時)
研究分野:分子神経科学