ポイント
- 髄鞘を失った小径軸索では、多機能タンパク質14-3-3が軸索の生存を支え、変性の進行を抑えることを明らかにしました。
- テニューリン-4欠損マウスでは、髄鞘を失った小径軸索が長期間維持されることを見いだし、無髄小径軸索を長期的に解析できる有用な動物モデルとなることを示しました。
- 本成果は、多発性硬化症をはじめとする脱髄や軸索変性を伴う疾患の病態解明や、新たな治療法の開発につながることが期待されます。
概要
東京科学大学(Science Tokyo)医歯学総合研究科 臨床分析・分子生物学分野の鈴木喜晴准教授らの研究チームは、中枢神経系における髄鞘[用語1]の機能に着目し、疾患との関連やその分子メカニズムの解明に取り組んでいます。特に、多発性硬化症[用語2]をはじめとする脱髄[用語3]疾患では、小径軸索[用語4]が選択的に障害されることが知られていますが、その分子メカニズムは明らかになっていません。そこで本研究では、小径軸索の髄鞘形成に必須のタンパク質であるテニューリン-4[用語5]を欠損したマウスを用いて、髄鞘を持たない小径軸索(無髄小径軸索)を長期的に解析しました。
テニューリン-4欠損マウスは、小径軸索に特異的な髄鞘形成不全を呈する一方、野生型マウスと同程度の寿命を有します。はじめに組織学的解析を行ったところ、このマウスの小径軸索では、軸索変性[用語6]の早期マーカータンパク質の発現が増加していました。しかし、電子顕微鏡解析による解析では、軸索変性はより重度な後期段階には進行せず、軸索が維持されていることが分かりました。次に、このマウスの無髄小径軸索では、さまざまな細胞内機能を担うタンパク質14-3-3[用語7]の発現が上昇していることを見いだしました。さらに、このマウスにおいて14-3-3の機能を阻害すると、軸索変性が進行しました。これらの結果から、14-3-3が無髄軸索の生存を支える因子として機能することが明らかになりました。
中枢神経系では軸索の再生が起こりにくいため、軸索変性を伴う疾患では、軸索を維持することが重要です。本研究の成果から、14-3-3を介した軸索維持機構が、対象疾患における軸索変性の進行を抑制する新たな治療法の開発につながる可能性が期待されます(図1)。
本成果は、9月9日付(現地時間)の「GLIA 」誌(オンライン版)に掲載されました。
小径軸索に特異的な髄鞘形成不全を呈するテニューリン-4欠損マウスでは、無髄軸索において14-3-3の発現が上昇し、軸索の消失が抑えられていた。14-3-3は無髄軸索の生存を支える因子として機能しており、軸索変性を伴う疾患の新たな治療法の開発につながることが期待される。
背景
中枢神経系において、オリゴデンドロサイトによって形成される髄鞘は、神経活動電位の効率的な伝導を可能にするだけでなく、神経軸索の物理的な保護や恒常性の維持にも重要な役割を果たします。そのため、多発性硬化症をはじめとする脱髄疾患では、髄鞘を失った軸索(無髄軸索)が変性し、最終的には消失します[参考文献1]。軸索の消失は重篤な神経症状を引き起こします。また、中枢神経系では軸索の再生が起こりにくいことから、関連疾患において軸索を維持することが重要です。こうした軸索障害は、特に小径軸索で認められますが、その詳細な分子メカニズムは明らかになっていません[参考文献2]。
髄鞘による軸索維持のメカニズムを解明するため、これまでさまざまな動物モデルを用いた研究が行われてきました。しかし、無髄軸索を有しながら野生型と同程度の寿命をもつ動物モデルは確立されておらず、髄鞘を失った軸索を長期間にわたって観察することは困難でした。当研究室で保有するテニューリン-4欠損マウスは、小径軸索において顕著な髄鞘形成不全を呈します[参考文献3]。さらに、このマウスは後肢の振戦などの重度の神経症状を示す一方で、野生型と同程度の寿命を有します。これらのことから、テニューリン-4欠損マウスは、無髄小径軸索を長期的に解析するための有用なモデルとなる可能性があります。
そこで本研究では、テニューリン-4欠損マウスを用いて、中枢神経系における無髄小径軸索の維持・変性に関わる分子メカニズムの解明を試みました。
研究成果
はじめに、1歳齢のテニューリン-4欠損マウスの脊髄組織を用いて、無髄軸索の状態を軸索変性のマーカータンパク質により調べました。正常な軸索では、軸索骨格タンパク質[用語8]が長軸に沿って規則的に配列しています。この軸索骨格をレールとして、さまざまな分子が細胞体から軸索末端へ高速に輸送されます。そのため、軸索骨格タンパク質の配向の乱れや高速輸送の低下は、軸索変性の早期から認められる特徴とされています。テニューリン-4欠損マウスの脊髄組織について、小径軸索領域を免疫組織学的に解析したところ、軸索骨格タンパク質の配向の乱れと、軸索変性の早期マーカータンパク質の発現増加が認められました。これらの結果から、無髄小径軸索では早期の軸索変性が生じていることが分かりました。
一方、同じ組織を電子顕微鏡で解析したところ、軸索変性は早期段階にとどまり、より重度な後期段階(軸索の肥大化や軸索内の細胞小器官の異常な増加が認められる段階)には進行せず、無髄軸索が消失することなく維持されていることが明らかになりました(図2)。
斜線部分は脊髄後索の小径軸索領域。テニューリン-4欠損マウスの小径軸索領域では、髄鞘が形成されない(特に皮質脊髄路部位)。ヒトの老年期に相当する 1歳7カ月のマウスにおいても、無髄軸索が消失せず維持されていた。
そこで、プロテオミクス解析により、無髄軸索の維持を促進する因子(サバイバルファクター)を探索したところ、多機能タンパク質14-3-3の発現が上昇していることを見いだしました(図3)。
テニューリン-4欠損マウスの脊髄後索・皮質脊髄路部位では、14-3-3(緑色)の発現が上昇しており、それらがNF(ニューロフィラメント:神経軸索のマーカー)(赤紫色)と重なり(白色)、神経軸索で発現していることが分かった。DAPIは細胞核のマーカーである。
さらに、テニューリン-4欠損マウスにおいて14-3-3の機能を阻害すると、軸索変性が進行しました。これらの結果から、14-3-3が無髄小径軸索の生存を支える因子として機能することが明らかになりました。
社会的インパクト
本研究により、14-3-3が無髄軸索の生存を支える因子として機能することが明らかになりました。この成果は、多発性硬化症をはじめとする脱髄に伴う軸索変性を抑制し、病態の進行を防ぐ新たな治療法の開発につながることが期待されます。
さらに、テニューリン-4欠損マウスを用いることで、これまで困難であった無髄小径軸索の長期的な解析が可能になるため、脱髄や軸索変性を伴うさまざまな疾患の研究に応用できる有用な動物モデルになると考えられます。
今後の展開
今後は、14-3-3による無髄小径軸索の維持に関わる詳細な分子メカニズムを解明し、関連疾患の治療への応用を目指します。さらに、テニューリン-4欠損マウスを活用し、脱髄や軸索変性を伴うさまざまな疾患の病態解明や治療法の開発につながる研究を進めていく予定です。
付記
本研究は、主に以下の研究助成の支援を受けて実施されました。
- 日本学術振興会 科学研究費助成事業(20K07756、24K10486、20KK0188)
- 住友財団(200490)
参考文献
- [参考文献1]
- Kuhlmann et al, 2023, Lancet Neurology : Multiple Sclerosis Progression: Time for a New Mechanism- Driven Framework
- [参考文献2]
- DeLuca et al, 2004, Brain:Axonal Loss in Multiple Sclerosis: A Pathological Survey of the Corticospinal and Sensory Tracts
- [参考文献3]
- Suzuki et al, 2012, Journal of Neuroscience:Teneurin- 4 Is a Novel Regulator of Oligodendrocyte Differentiation and Myelination of Small-Diameter Axons in the CNS
用語説明
- [用語1]
- 髄鞘:神経細胞の軸索の周囲に形成される、グリア細胞の細胞膜が幾重にも重なった構造。中枢神経系では、オリゴデンドロサイトによって形成される。脂質に富み、電気的な絶縁体として機能することで、神経活動電位の効率的な伝導(跳躍伝導)を可能にする。
- [用語2]
- 多発性硬化症:中枢神経系の髄鞘が障害されることで、脳や脊髄、視神経などに病変が生じる疾患。病変が生じる部位によって、視覚障害、感覚障害、運動障害など、さまざまな神経症状を引き起こす。
- [用語3]
- 脱髄:一度形成された髄鞘が、何らかの原因によって障害を受け、脱落すること。
- [用語4]
- 小径軸索:神経軸索を輪切りにした際の直径が小さい軸索。これに対して直径の大きな軸索は大径軸索と呼ばれる。小径軸索と大径軸索は脳の領域によって分布が異なるが、その機能の詳細については未解明な点が多い。
- [用語5]
- テニューリン-4:オリゴデンドロサイトや神経細胞に発現する膜貫通タンパク質。小径軸索の髄鞘形成に必須の分子であることが示されている。
- [用語6]
- 軸索変性:神経細胞の軸索が何らかの原因によって障害を受け、その構造や機能に異常が生じる現象。進行すると軸索の肥大化や形態異常などが生じ、最終的には軸索の消失につながる。
- [用語7]
- 14-3-3:全身の細胞に広く存在する多機能タンパク質。アポトーシス(細胞死)の阻害を含む、さまざまな細胞内シグナルの制御に関与する。
- [用語8]
- 軸索骨格タンパク質:神経細胞の軸索内に存在し、重合して線維状の構造を形成するタンパク質。ニューロフィラメントやチューブリンなどがあり、軸索の形態維持や物質輸送などに重要な役割を果たす。
論文情報
- 掲載誌:
- GLIA
- タイトル:
- The maintenance of dysmyelinated small-diameter axons by 14-3-3s in the central nervous system
- 著者:
- Nanako Yamada, Hinako Saito, Riko Takahashi, Mio Fujisato, Yukina Hosoda, Binri Sasaki, Momona Yamada, Sakurako Abe, Chikako Hayashi, Akira Yoshimoto, Ryunosuke Ohkawa, Tomal Julian Matt, Florence Bareyre, Stefan Berghoff, Mikael Simons, and Nobuharu Suzuki
- DOI:
- 10.1002/glia.70221
研究者プロフィール
山田 渚湖 Nanako Yamada
東京科学大学 医歯学総合研究科 臨床分析・分子生物学分野 大学院生
研究分野:分子生物学、神経科学
齋藤 日菜子 Hinako Saito
東京科学大学 医歯学総合研究科 臨床分析・分子生物学分野(旧遺伝子細胞検査学分野) 大学院生(当時)、東京科学大学病院病理部 臨床検査技師
研究分野:分子生物学、神経科学
高橋 りこ Riko Takahashi
東京科学大学 医歯学総合研究科 臨床分析・分子生物学分野(旧遺伝子細胞検査学分野) 大学院生(当時)
研究分野:分子生物学、神経科学
藤里 澪 Mio Fujisato
東京科学大学 医歯学総合研究科 臨床分析・分子生物学分野 大学院生(当時)
研究分野:分子生物学、神経科学
細田 ゆき奈 Yukina Hosoda
東京科学大学 医歯学総合研究科 臨床分析・分子生物学分野(旧遺伝子細胞検査学分野) 大学院生(当時)
研究分野:分子生物学、神経科学
佐々木 敏莉 Binri Sasaki
東京科学大学 医歯学総合研究科 臨床分析・分子生物学分野 大学院生
研究分野:分子生物学、神経科学
山田 桃奈 Momona Yamada
東京科学大学 医歯学総合研究科 臨床分析・分子生物学分野(旧遺伝子細胞検査学分野) 大学院生(当時)
研究分野:分子生物学、神経科学
阿部 桜子 Sakurako Abe
東京科学大学 医歯学総合研究科 臨床分析・分子生物学分野 大学院生
研究分野:分子生物学、神経科学
林 千香子 Chikako Hayashi
東京科学大学 医歯学総合研究科 臨床分析・分子生物学分野(旧遺伝子細胞検査学分野) 大学院生(当時)
研究分野:分子生物学、神経科学
吉本 明 Akira Yoshimoto
東京科学大学 医歯学総合研究科 臨床分析・分子生物学分野 助教
研究分野:臨床検査学、分析化学
大川 龍之介 Ryunosuke Ohkawa
東京科学大学 医歯学総合研究科 臨床分析・分子生物学分野 教授
研究分野:分析化学
ミカエル・シモンズ Mikael Simons
ミュンヘン工科大学 神経細胞学研究所 教授
研究分野:神経科学
鈴木 喜晴 Nobuharu Suzuki
東京科学大学 医歯学総合研究科 臨床分析・分子生物学分野(旧遺伝子細胞検査学分野) 准教授
研究分野:分子生物学、神経科学