患者由来ヒト大腸上皮オルガノイドの臨床グレード培養法を確立

2026年4月27日 公開

Wnt活性ペプチドにより高効率・高安定な培養を実現し、消化管再生医療の実用化を加速

ポイント

  • 患者由来腸組織から、臨床グレードの大腸上皮オルガノイド培養法を確立。
  • Wnt3a代替ペプチド(PG-008)の導入により、すべての症例で安定した初代培養を実現。
  • 幹細胞分画の増幅により、100倍以上の高い細胞増殖能を有するオルガノイド培養を達成。
  • 低コストかつ高安定なペプチド培養系により、再生医療への応用の加速に期待。

概要

東京科学大学(Science Tokyo) 医歯学総合研究科 消化器病態学分野の水谷知裕講師、杉原ハディ優樹大学院生、岡本隆一教授らの研究グループは、順天堂大学の渡辺守教授と共同で、ヒト大腸上皮幹細胞をオルガノイド[用語1]として培養する手法を発展させ、すべての培養因子をGMPグレード[用語2]のものとした臨床グレードのヒト大腸上皮オルガノイド培養法を開発しました。さらに、培養因子の中で最も重要とされるWntタンパク質を、新たにWnt活性を有する合成ペプチド製剤PG-008に置き換えた培養法を確立しました。

本手法で培養した大腸上皮オルガノイドは、GMPグレードのWntタンパク質で培養した場合と比較して、幹細胞分画の大幅な増加が認められました。また、その高い増殖能により、さまざまな患者由来検体からでも、安定的かつ高効率に大腸上皮オルガノイド培養を樹立できることが明らかとなりました。

低濃度かつ低コストで安定したオルガノイド培養を可能とする本Wnt活性ペプチド製剤は、その合成法の特性からGMPグレード化が容易であり、オルガノイドを用いた消化管再生医療の実現を加速することが期待されます。本成果は、炎症性腸疾患に対するオルガノイド移植による再生医療の開発において、大きな一歩となるものです。

本成果は、3月29日付で「Stem Cell Research & Therapy」誌に掲載されました。

背景

消化管に慢性の炎症をきたす炎症性腸疾患、中でも潰瘍性大腸炎[用語3]は、本邦で31万人以上の患者を抱える難病です。近年の治療の進歩により、炎症を制御するさまざまな治療が可能となっています。しかしながら、これらの治療を行っても難治性の潰瘍が残存することで腸粘膜の治癒が達成できず、病状の改善が得られない症例が存在します。このような症例に対しては、根本的に腸組織の再生を促す治療の選択肢はこれまで存在していませんでした。

研究グループはこれまで、患者自身から採取した少量の腸組織から、粘膜上皮再生の起点となる腸上皮幹細胞を含むオルガノイドを大量に増殖させ、内視鏡を用いて潰瘍部位に移植する技術の開発に取り組んできました (jRCT臨床研究実施計画番号 jRCTb032190207、プレスリリース:世界初、自家腸上皮オルガノイドを潰瘍性大腸炎患者に移植)。

患者自身の腸組織から臨床で使用可能なオルガノイドを樹立するためには、GMPグレードの培養試薬・因子を用いた培養法を確立し、さまざまな患者由来の腸組織を用いて安定的にオルガノイド培養を行う必要があります。研究グループはこれまで、オルガノイド培養に用いられる細胞外基質マトリゲル[用語4]の代替として、コラーゲンゲルを用いた腸上皮オルガノイド培養法を開発してきました[参考文献1]

そこで本研究では、この技術を基盤として、すべての培養因子をGMPグレードとした臨床利用可能なヒト大腸上皮オルガノイド培養法の確立を目指しました。

研究成果

まず、潰瘍性大腸炎患者由来の腸組織を用いて、臨床グレードのコラーゲンゲルを細胞外基質とし、リコンビナントタンパク質を含むすべての培養因子および培養試薬をGMPグレードに置換した臨床グレードの培養条件を検討しました。その結果、従来の研究グレード培養因子およびマトリゲルを用いた培養と遜色のないヒト大腸上皮オルガノイド培養が可能であることを見い出しました(図1)。しかしながら、複数の炎症性腸疾患患者由来の検体から培養を試みたところ、初代オルガノイド培養を樹立できない症例が認められました。

図1. 臨床応用を目指した患者由来ヒト大腸上皮オルガノイド培養法の開発

腸上皮オルガノイド培養において最も重要な培養因子はWnt3aタンパク質ですが、無血清かつキャリアタンパク質を含まないGMPグレード培養条件では、非常に失活しやすい特性を有します。そこで、不安定な初代培養の原因としてWnt3aタンパク質の失活を考慮し、その代替としてWntシグナル活性を有する新規合成ペプチド製剤PG-008(ペプチグロース株式会社)に着目しました。

PG-008は、新規に合成されたWnt3a代替ペプチドであり、強力なWntシグナル活性を有するとともに、リコンビナントタンパク質と比較して培養液中での高い安定性を特徴としています。そこで、Wnt3aタンパク質をPG-008に置換した培養条件を検討したところ、GMPグレードのリコンビナントタンパク質を用いた培地条件と比較して、すべての症例で初代オルガノイド培養が可能であることが明らかになりました。さらに、移植治療を想定した30日間の継代培養において、100倍以上の細胞増殖率を認めました。

次に、このWnt活性ペプチドによって培養されたオルガノイドにおいて、どのような細胞が培養されているかを明らかにするため、シングルセルRNAシークエンス解析を行いました。その結果、腸上皮幹細胞で発現が知られるLgr5陽性の幹細胞集団(Canonical stem cell)に加え、腸上皮の傷害再生時に発現することが知られるLgr5陰性・ANXA1陽性の再生幹細胞集団(Regenerative stem cell)が認められました。さらに、Wnt3aタンパク質とペプチドで培養したオルガノイドを比較すると、Canonical stem cellおよびRegenerative stem cellのいずれの細胞集団も大幅に増加していることが確認されました。

以上により、本Wnt活性ペプチド培養系では大腸幹細胞分画が拡大し、均一性と純度の高い幹細胞集団が維持されることで、高効率かつ高い安定性を有するオルガノイド培養が達成されていることが明らかとなりました(図2)。

図2. Wnt活性ペプチドPG-008置換による培養安定性、培養効率の改善

なお、本培養ではWnt3aに加えて、R-Spondin1以外の主要な培養因子タンパク質であるNoggin、EGF、HGFについても、同様にペプチド製剤へ置換をすることで、同等のオルガノイド培養が可能であることを確認しています。低濃度かつ低コストで安定したオルガノイド培養を可能とするこれらペプチド製剤は、その合成法の特性からGMPグレード化が容易であり、培養オルガノイドを用いた消化管再生医療の臨床応用を加速することが期待されます。

社会的インパクト

本研究では、臨床応用を目指した患者由来臨床グレードヒト腸上皮オルガノイド培養系を確立しました。さらに、Wnt活性ペプチド製剤の導入により幹細胞分画を拡大することで、高効率かつより安定した培養が可能となりました。

低濃度で安定した効果を示すペプチド製剤を用いた本オルガノイド培養法は、コスト効率にも優れており、基礎研究から臨床応用に至るまで幅広い展開が期待されます。

今後の展開

本研究では、臨床グレードのヒト大腸上皮オルガノイド培養法を確立し、腸幹細胞再生医療の基盤を構築しました。また、オルガノイド培養における新規ペプチド製剤の有効性を示しました。しかし、現時点ではすべてのタンパク質培養因子をGMPグレードのペプチド製剤に置換できるかについては、十分に実証されていません。

今後は、さらなるペプチド製剤開発の進展とオルガノイド培養研究での検証を進めることで、実臨床で使用可能なオルガノイド培養系の実現が期待されます。

将来的には、消化管に限らずさまざまな臓器において、ペプチド製剤を用いたオルガノイド培養が発展することで、幹細胞再生医療の進展や幹細胞基礎研究の加速につながることが期待されます。

付記

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)再生医療実現拠点ネットワークプログラム「培養腸上皮幹細胞を用いた炎症性腸疾患に対する粘膜再生治療の開発拠点」(JP22bm0304001)、再生医療等実用化研究事業「難治性クローン病に対する自家腸上皮オルガノイド移植の研究開発」(JP24bk0104153)、再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム「iPS細胞を用いた自己組織化による複合型機能性ヒト腸管グラフト製造法の開発」(JP22bm1123007)、「iPS細胞由来複合腸組織シートを用いた大型機能性ヒト腸管グラフト製造法の開発」(JP25bm1123067)、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業(JPMJFR2113)、次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2106、JPMJSP2180)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業の支援を受けて実施されました。

参考文献

[参考文献1]
Yui S, Nakamura T, Sato T, Nemoto Y, Mizutani T, Zheng X, et al. Functional engraftment of colon epithelium expanded in vitro from a single adult Lgr5+ stem cell. Nat Med 2012;18:618–23. doi: 10.1038/nm.2695.

用語説明

[用語1]
オルガノイド:臓器を形成する幹細胞とその分化した細胞からなる球状の細胞集塊として培養する手法で、体外で3次元構造を成し、臓器のミニチュアのように同様の構造と機能を備える。ヒト腸上皮オルガノイドは、患者などの実際の腸組織から採取した細胞から形成されるオルガノイドで、腸上皮の幹細胞を含み、生体に移植することで再び腸組織を再生することが知られる。
[用語2]
GMPグレード:Good Manufacturing Practice(医薬品の製造管理及び品質管理の基準)の頭文字をとった用語で、医薬品の製造において定められた品質規格に適合することを確認するだけでなく、製造する過程についても適切に管理し、品質の良い優れた医薬品を恒常的に製造するための要件をまとめたガイドラインを指す。
[用語3]
潰瘍性大腸炎:大腸の粘膜にびらんや潰瘍ができ、腹痛や血便を伴う下痢を起こす原因不明の病気。症状が重い場合には、入院や大腸全摘術が必要になることもある。厚生労働省の難病対策における「指定難病」の一つ (指定難病97)。
[用語4]
マトリゲル:マウスの腫瘍(EHS腫瘍)から抽出された基底膜成分であり、高い分化誘導能を持つことから研究における3次元細胞培養基質として頻用されている。しかしながら、マウス腫瘍組織の抽出物であるため、異種動物由来成分の混入が避けられず、化学組成にもばらつきがあることから医療用の細胞やオルガノイド作成における安全性が主な問題となっている。

論文情報

掲載誌:
Stem Cell Research & Therapy
タイトル:
Peptide-based Wnt signal activation enables scalable production of clinical-grade patient-derived intestinal organoids for regenerative cell therapy
著者:
Hady Yuki Sugihara†, Sayaka Nagata, Sho Kawasaki, Junichi Takahashi, Yui Hiraguri, Masayoshi Fukuda, Kohei Suzuki, Tatsuro Murano, Satoru Fujii, Toshimitsu Fujii, Hiromichi Shimizu, Kazuo Ohtsuka, Mamoru Watanabe, Ryuichi Okamoto* & Tomohiro Mizutani†*
†Contributed equally to this work
*Corresponding author

研究者プロフィール

水谷 知裕 Tomohiro Mizutani

東京科学大学医歯学総合研究科 消化器病態学分野 講師
研究分野:消化器内科学、消化管幹細胞学、再生医療

水谷 知裕 Tomohiro MIZUTANI

杉原 ハディ 優樹 Hady Yuki Sugihara

東京科学大学医歯学総合研究科 消化器病態学分野 大学院生
研究分野:消化管幹細胞学

杉原 ハディ 優樹 Hady Yuki SUGIHARA

岡本 隆一 Ryuichi Okamoto

東京科学大学医歯学総合研究科 消化器病態学分野 教授
研究分野:消化器内科学、再生医療

岡本 隆一 Ryuichi OKAMOTO

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講師 水谷 知裕

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