歯根と歯槽骨の形成メカニズムを新たに解明

2025年8月5日 公開

マウス細胞系譜追跡で歯科幹細胞の働きを時空間的に可視化

ポイント

  • 健康な歯の維持に不可欠な歯根や歯槽骨は、幹細胞が形成に関与すると考えられてきましたが、生体内における幹細胞の正確な局在や働きは不明でした。
  • 遺伝子改変マウスを用いて歯の発生過程を可視化・追跡することで、これまで知られていなかった間葉系前駆細胞集団を同定し、歯根および歯槽骨の新たな形成メカニズムを明らかにしました。
  • この成果により、歯科組織における幹細胞の動態が解明され、将来的には歯髄や歯周組織、骨の再生医療への応用が期待されます。

概要

東京科学大学(Science Tokyo) 大学院医歯学総合研究科 歯周病学分野の永田瑞助教と、米国テキサス大学のWanida Ono博士による研究グループは、米国ミシガン大学などとの国際共同研究を通じて、これまで明らかにされていなかった新たな歯根および歯槽骨の形成メカニズムを発見しました。これにより、生体内の間葉系細胞集団が、時空間的に特異的なかたちで歯根の成長や顎骨の再生に貢献していることを明らかにしました。

現在、歯科領域ではさまざまな間葉系幹細胞(MSCs)[用語1]が採取されており、再生医療研究への応用が期待されていますが、生体内におけるMSCsの特性はこれまで明らかになっていませんでした。

本研究では、細胞運命追跡[用語2]の手法を用い、マウス臼歯の歯根尖端部に存在するCXCL12(ケモカイン(C-X-Cモチーフ)リガンド12)[用語3]陽性細胞に注目し、これまで同定されていなかった新たな間葉系前駆細胞を発見し、その運命を追跡することに成功しました。さらに、歯胚を取り囲む歯小嚢に存在するPTHrP(副甲状腺ホルモン関連タンパク質)[用語4]陽性の間葉系前駆細胞集団が、ヘッジホッグシグナル[用語5]を介して歯を支える歯槽骨の形成に寄与するメカニズムを明らかにしました。

この新たな歯根および歯槽骨の形成メカニズムの発見は、将来的に歯髄・歯周組織および骨の再生療法への応用に貢献することが期待されます。

本研究成果は、英国の国際学術誌「Nature Communications」に、2025年7月1日および7月2日に関連する2編の論文として掲載されました。

図1.本研究の概要
歯小嚢に存在するPTHrP陽性の間葉系細胞が、ヘッジホッグ-Foxfシグナルを介して歯槽骨の形成に寄与すること、また歯根尖部に存在するCXCL12陽性の間葉系細胞が、Wntシグナルを介して歯根形成に重要な役割を果たすことを、細胞系譜追跡により明らかにした。

背景

近年、日本は高齢化社会に突入し、QOL(生活の質)の向上という観点から、健全な咀嚼機能を維持することの重要性が指摘されています。歯の喪失の2大要因であるう蝕および歯周病は、生活習慣病として多くの成人が罹患しており、QOLを低下させる大きな危険要因となっています。

現在、重度のう蝕や歯周病によって失われた歯髄や歯周組織を再生させる治療法として、間葉系幹細胞(MSCs)を用いた再生医療が注目されています。特に、口腔組織から採取されるMSCsは、歯髄や歯周組織の再生に有用なツールとなり、これまでに歯髄幹細胞、歯根膜幹細胞、脱落乳歯幹細胞など、さまざまな種類のMSCsが単離され、再生医療研究に活用されています。

しかしながら、生体内環境において、口腔組織由来の幹細胞がどのような挙動を示し、どのように制御されるているかについての詳細なメカニズムは依然として明らかにされておらず、より効果的な再生治療の開発に向けた大きな障壁となっています。

研究成果

本研究では、歯の発生期において、歯根の形成が開始されるタイミングで、歯根尖部にCXCL12陽性の間葉系細胞が出現することを発見し、その細胞運命を細胞系譜追跡により観察しました。その結果、CXCL12陽性の間葉系細胞は、歯根を形成する歯髄・象牙質・セメント質の各細胞へと分化することが明らかになりました。いままで、歯根尖に存在する細胞は歯髄など歯根内部の形成に関与すると考えられていましたが、本研究により、歯周組織の中でも重要な器官である歯根表面のセメント質の形成にも寄与していることが明らかになりました(図2)。

さらに、シングルセル解析[用語6]を用いてCXCL12陽性細胞の特性を一細胞レベルで網羅的に解析した結果、組織発生において重要なWntシグナルがその分化に関与している可能性が示唆されました。実際に、WntシグナルをCXCL12陽性細胞に特異的に欠失させたところ、歯根形成不全が引き起こされることが判明し、歯根形成において重要な新たな間葉系前駆細胞の存在が証明されました。

図2.歯根形成期におけるCXCL12陽性歯根尖部細胞の細胞系譜追跡
生後3日齢でCXCL12陽性細胞(赤色)を標識し、2日後に細胞の局在を確認したところ、歯胚の歯根尖部に強く発現していた(上段)。さらに、その系譜細胞を25日齢まで追跡すると、歯根内部の歯髄細胞や象牙芽細胞だけでなく、歯根表面のセメント芽細胞にも分化することが明らかとなった(下段)。

一方、マウスの歯根形成期において、歯胚を取り囲むPTHrP陽性の歯小嚢細胞が歯槽骨細胞へと分化することは、すでに以前の研究[参考文献1]で報告していましたが、これらの細胞がどのように骨芽細胞へと分化し、骨形成を担うのかという詳細なメカニズムは不明のままでした。今回の研究では、歯槽骨細胞の起源となるPTHrP陽性歯小嚢細胞特異的においてヘッジホッグシグナルを活性化させると、骨を形成する骨芽細胞への分化が抑制され、さらに歯槽骨の吸収が引き起こされることを発見しました。加えて、ヘッジホッグシグナルの標的遺伝子であるFoxf1の関与を証明し、歯槽骨に特有な新たな骨形成メカニズムを明らかにしました(図3)。

図3.ヘッジホッグシグナルは歯小嚢細胞の運命と歯槽骨形成を制御する
歯小嚢細胞特異的にヘッジホッグシグナルを上昇させると、マウス臼歯周囲の歯槽骨吸収を引き起こした(図上段)。また通常、歯小嚢細胞は骨芽細胞や歯根膜細胞へと分化するが、ヘッジホッグシグナル上昇群では歯小嚢細胞は骨芽細胞やPeriostin陽性歯根膜細胞に分化が阻害された(中段・下段)

今後の展開

今回明らかとなった新たな歯根および歯槽骨の形成メカニズムの発見は、将来的に、う蝕や歯周病によって失われた歯髄や、歯槽骨を含む歯周組織の再生療法への応用に貢献することが期待されます。

付記

本研究は、米国国立衛生研究所(NIH) (DE030416、DE029181)および日本学術振興会(JSPS)海外特別研究員研究助成、日本歯周病学会奨学金助成などの支援のもとで行われたものです。

参考文献

[1]
Takahashi A, Nagata M, Ono W et al. Autocrine regulation of mesenchymal progenitor cell fates orchestrates tooth eruption. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 116(2):575-580, 2019

用語説明

[用語1]
間葉系幹細胞(MSCs):体内のさまざまな組織に存在し、間葉系組織(結合組織)へと分化できる多能性幹細胞の一種。自己複製能に加えて、軟骨細胞、骨芽細胞、脂肪細胞などへの多分化能を併せ持つ。
[用語2]
細胞運命追跡:ターゲットとなる細胞集団の運命を、遺伝子改変マウスを用いて組織学的に追跡する手法。
[用語3]
CXCL12(ケモカイン(C-X-Cモチーフ)リガンド12):細胞の遊走に関与する、体内で分泌されるケモカインの一種。
[用語4]
PTHrP(副甲状腺ホルモン関連タンパク質):血中カルシウム濃度を上昇させて骨代謝を調節するタンパク質。歯の形成や萌出にも関与する。
[用語5]
ヘッジホッグシグナル:脳、四肢、脊髄、歯など、さまざまな組織の発生・形成に関与する重要な細胞間情報伝達経路。
[用語6]
シングルセル解析:単一の細胞から遺伝子発現を網羅的に解析する手法。

論文情報

(歯根形成メカニズムについて 論文1)

掲載誌:
Nature Communications
タイトル:
Wnt-directed CXCL12-expressing apical papilla progenitor cells drive tooth root formation
著者:
Mizuki Nagata, Gaurav T. Gadhvi, Taishi Komori, Yuki Arai, Hiroaki Manabe, Angel Ka Yan Chu, Ramandeep Kaur, Meer Ali, Yuntao Yang, Chiaki Tsutsumi-Arai, Yuta Nakai, Yuki Matsushita, Nicha Tokavanich, W. Jim Zheng, Joshua D. Welch, Noriaki Ono, Wanida Ono

(歯槽骨形成メカニズムについて 論文2)

掲載誌:
Nature Communications
タイトル:
A Hedgehog–Foxf axis coordinates dental follicle-derived alveolar bone formation
著者:
Mizuki Nagata, Gaurav T. Gadhvi, Taishi Komori, Yuki Arai, Chiaki Tsutsumi-Arai, Angel Ka Yan Chu, Seth N. Nye, Yuntao Yang, Shion Orikasa, Akira Takahashi, Peter Carlsson, W. Jim Zheng, Joshua D. Welch, Noriaki Ono, Wanida Ono

研究者プロフィール

永田 瑞 Mizuki NAGATA

東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 歯周病学分野 助教
研究分野:幹細胞研究、口腔組織発生学、歯周病

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助教 永田 瑞

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