新世代の分子メモリの材料基盤を創出

2025年9月5日 公開

電場で操作可能な双極回転子をもつ共有結合性有機骨格

ポイント

  • 向きは情報で、電場で向きを操作でき、室温で向きを長期保持できればメモリになる。
  • 向きを持つものが小さく高密度なほど、高密度なメモリ媒体となる可能性をもつ。
  • 電場で向きを操作可能な双極回転子を超高密度に配した共有結合性有機骨格(COF)を開発した。COFは高耐熱の有機多孔体のジャンル。従来の骨格系材料に配された回転子は室温で回転してしまうためメモリへの応用が不可能だった。
  • 本成果はCOFを使った新世代の分子メモリの初のコンセプト実証にあたる。

概要

東京科学大学(Science Tokyo) 総合研究院 ゼロカーボンエネルギー研究所の村上陽一教授と同 化学生命科学研究所の福島孝典教授らの研究チームは、新世代の分子メモリとして応用可能性をもつ電場応答材料を開発しました。これは共有結合性有機骨格(COF)[用語1]という有機多孔体をベースとした材料開発です。

COFは最近注目を集めつつある結晶性有機多孔体のジャンルで、デザイン性と安定性の高さから多くの応用が提案されています。本研究チームは、電気双極子[用語2]をもつ回転可能な分子部位(以下、双極回転子)が超高密度に整然と配列された新構造のCOFを開発しました。この材料の特長は、COFでは未達成だった低密度な新構造をもつために(つまり、稠密な固体ではないために)双極回転子の回転を許す空間が回転子周囲にある点、および常温では双極回転子の反転が起きないために常温でその向き(情報)を長期間保持できる点にあります。

これまでに、COFの類似物質の金属有機構造体(MOF)[用語3]に双極回転子を配置した例はありましたが、いずれも常温で双極回転子が熱運動で回転してしまうため、メモリ応用は想定できませんでした。COFはMOFより安定性が高い特長があります。すなわち、本成果には、COFを用いた分子メモリのコンセプトを初めて実証した点、そして、それにより電場で操作可能な双極回転子をもつ新世代のメモリ材料の可能性を実証した点に意義があります。

本成果は、8月14日付で「Journal of the American Chemical Society」(米国化学会)に掲載されました。本論文はオープン・アクセスで無料閲覧できます。

背景

有用な新材料は社会に新たな利便性をもたらします。分子レベルの可動部がある材料はナノマシン[参考文献1]あるいは分子マシン[参考文献2-3]と呼ばれ、分子レベルでの機械的運動が機能を発現する材料カテゴリとなっています。特に「分子レベルの可動部」が軸まわりの回転子の場合は、分子ローターと呼ばれています[参考文献3-4]

分子ローターが常温で向きを長期保持できれば、情報を蓄えるメモリとしての応用が可能となります。また、それが電気双極子もつ分子ローター(双極回転子)ならば、その向きを電場で制御可能なため、向きの変化の操作が可能になります。さらに、そのような双極回転子が高密度に存在すれば、高密度に情報を蓄えうる材料になります。これまで固体中に双極回転子を配置する試みは度々行われており[参考文献3-4]、大別すると、分子性固体(分子間力という弱い力により分子同士が凝集して形成された固体)と金属有機構造体(MOF)が材料基盤として用いられてきました。分子性固体では一定の成果がありましたが[参考文献5-6]、弱い分子間力から成る固体であるため耐熱性が乏しく[参考文献5]、また、稠密な固体であるために双極回転子の周囲に空間がほとんどなく、回転子の向きの変化が困難という問題がありました[参考文献6]。一方、多孔体であるMOFに双極回転子を配置した報告[参考文献7-12]では双極回転子周囲にその回転を許す空間を設けることは達成しましたが、いずれも室温で双極回転子が熱運動で回転してしまうものであったため[参考文献7-12]、常温で向きを保持する必要があるメモリの用途には使えないものでした。

このような背景から、耐熱性が高く、常温で双極回転子の向きを長期間保持でき、双極回転子の周囲にその反転を許す空間が存在する新材料の開発が望まれていました。

研究成果

本研究では、上述の分子性固体の先行研究[参考文献6]で用いられた双極回転子をもつ分子(図1a)を基に、結晶性多孔体である共有結合性有機骨格(COF)を創出することを着想しました。そのためにまず、共有結合のネットワーク形成を可能とするために、その分子(図1a)に、他の分子と連結できるアルデヒド基(-CHO)を付加した新分子(HABF、図1b)を開発しました。そして、HABFと組み合わせるペアとして、四面体形状で各頂点に一級アミン(-NH2)をもつTAMという分子(図1c)を選定しました。HABFTAMは、アルデヒド基と一級アミンとの脱水縮合反応(-CHO + -NH2 → -HC=N- + H2O)によって共有結合で連結されます。この縮合反応による連結をHABFTAMとの間で繰り返す(ポリマー化する)ことにより、双極回転子を有する新しいCOFの創出を狙いました(図1d)。

生成条件を試行錯誤した結果、用いる溶媒の種類によって二種類の異なる結晶形状をもつCOFが得られました(図1e)。六角柱状結晶のものはTK-COF-P、膜状結晶のものはTK-COF-Mと命名しました。解析の結果、TK-COF-PTK-COF-Mは同一の化学組成と結合をもつが、構造のゆがみが若干違うこと、TK-COF-PTK-COF-MともにCOFでは未発見だったsln型構造(図1f)をもつことが見いだされました。また、TK-COF-Pは熱力学的な準安定物質、TK-COF-Mは熱力学的な安定物質であることが見いだされました。さらに、TK-COF-PTK-COF-Mは、幾何学的な対称性が低いsln型構造に起因して密度が非常に低いこと(それぞれ0.18および0.23 g/cm3)、および、共有結合で構築されていることに起因して400℃付近まで安定という極めて高い耐熱性をもつことが見いだされました。このような双極回転子が組み込まれたCOFは世界で初めての事例です。これにより、高い耐熱性を有し、双極回転子が超高密度に整然と配置され、双極回転子の周囲に反転を許す空間を設けた狙いの新材料が創出されました。

図 1. (a)分子性固体の先行研究[参考文献6]で用いられた双極回転子をもつ分子。(b)本研究の目的のために(a)の分子を発展させた、本研究で開発したCOF生成用原料分子HABF。(c)HABFと組み合わせてCOFを生成するために選定したCOF生成用原料分子TAM。(d)HABFTAMとを繰り返し縮合させることにより形成したCOFの共有結合ネットワーク。(e)本研究で開発した二種類の新COF(六角柱状結晶:TK-COF-P、膜状結晶:TK-COF-M)の走査型電子顕微鏡像。(f)X線構造解析によって判明したこれらのCOFがもつsln型構造の模式図(左)およびTK-COF-Pの構造(右)。

TK-COF-Mの誘電応答測定とそのデータ解析(詳細は下記【論文情報】の論文に記載)の結果、本COFの双極回転子は常温~150℃程度の温度では熱運動によって回転せず、その向きが安定に保持されることが見いだされました。さらに、上述のように本COFは低密度であるため、双極回転子の周囲に回転を許す空間が確保できていることから、期待通り、電場印加により双極回転子の操作が可能であることも確認されました。これらの点は電場で書き換えを行う分子メモリとしての要件ですが、本COFはこれらの要件を満たしていることが示されました。

社会的インパクト

本成果(図2に要約)により、熱安定性が高く、常温で双極回転子の向きを長期保持可能で、双極回転子周囲にその反転を許すスペースが存在する新材料が創出されました。これにより、新たな分子メモリの材料基盤が創出されました。また、電場によって双極子の向きを変えられる本材料の特長は、より広い応用に適用可能と考えられます。例えば、電場で性質を制御できる新しい非線形光学素子への応用可能性が考えられます。

図2. 本成果を要約した模式図

今後の展開

本成果の材料は上記で提案した用途以外にも世の中の潜在ニーズに応えられる可能性があります。今後、新たな産学連携や学術共同研究の開始を通じ、より明確化された応用目標に向かって本シーズが発展してゆくことが期待されます。

付記

本研究は次の支援を受けて行われました。村上陽一:科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 さきがけ(JPMJPR18I9)、科研費(JP22K18286)、東京科学大学グリーン・トランスフォーメーション・イニシアチブ(Science Tokyo GXI)、物質・デバイス領域共同研究拠点(文部科学省プログラム)、福島孝典:JST 戦略的創造研究推進事業CREST(JPMJCR18I4)、科研費(JP21H05024、JP21H04690、JP20H05868)、河野正規:科研費(JP23H04878)、植草秀裕:科研費(JP20H04661、JP22K05032)、王晓晗:科研費(JP22J13852)。本研究の温度依存19F固体NMR測定では本学フロンティア材料研究所の川路均教授から多大な支援を受けましたこと、謝意を表します。

参考文献

[1]
Balzani et al., Artificial nanomachines based on interlocked molecular species: recent advances, Chem. Soc. Rev., vol. 35, pp. 1135–1149, 2006.
[2]
Erbas-Cakmak et al., Artificial molecular machines, Chem. Rev., vol. 115, pp. 10081–10206, 2015.
[3]
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[4]
Dattler et al., Design of collective motions from synthetic molecular switches, rotors, and motors, Chem. Rev., vol. 120, pp. 310–433, 2020.
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[6]
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[8]
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[9]
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[10]
S. Su et al., Dipolar Order in an Amphidynamic Crystalline Metal–Organic Framework through Reorienting Linkers, Nature Chem., vol. 13, pp. 278– 283, 2021.
[11]
Perego et al., Benchmark Dynamics of Dipolar Molecular Rotors in Fluorinated Metal-Organic Frameworks, Angew. Chem., Int. Ed., vol. 62, article number e202215893, 2023.
[12]
Schnabel et al., Benzothiadiazole-Based Rotation and Possible Antipolar Order in Carboxylate-Based Metal-Organic Frameworks, Commun. Chem., vol. 6, article number 161, 2023.

用語説明

[用語1]
共有結合性有機骨格(COF):英語ではCovalent Organic Framework。二種類のビルディングブロック分子を周期的に重縮合して形成される結晶性多孔体のカテゴリ。平面状に結合が伸展した2次元COFと立体的に結合が伸展した3次元COFとに大別されている。近年、中間的な2.5次元COF(本学ニュースリリース2025年2月4日)が発見されている。高いデザイン性、共有結合に起因した高い安定性、規則的な細孔を有し、通常軽元素のみからなる組成のため、近年注目が高まっており、さまざまな応用が提案、検討されている。
[用語2]
電気双極子:正電荷と負電荷が空間的に少し離れて位置しているため、電場のもとで静電気力を受ける電荷の対のこと。本研究の場合、原料のHABF(図1b)において、電子を引き付ける力が強いフッ素(F)原子2個がベンゼン環に偏って付加されているため、このベンゼン環に正電荷と負電荷の空間的な偏在が生じており、それが電気双極子となっている。
[用語3]
金属有機構造体(MOF):英語ではMetal-Organic Framework。金属イオンと有機配位子が周期的に結合して生成される結晶性多孔体のカテゴリ。COFより先に研究開発が進展しており、高いデザイン性と規則的な細孔から、さまざまな応用が提案、検討されている。

論文情報

掲載誌:
Journal of the American Chemical Society
タイトル:
sln-Topological Covalent Organic Frameworks with Shape Dimorphism and Dipolar Rotors
著者:
Xiaohan Wang, Syunto Goto, Takejiro Ogawa, Takuya Miyazaki, Kouki Kawamura, Atsuko Kosaka, Hiroaki Suzuki, Wang Zhang, Koji Yazawa, Yutaro Ogaeri, Takayuki Kamihara, Kiyohiro Adachi, Daisuke Hashizume, Yukihito Kondo, Takumi Sannomiya, Hidehiro Uekusa, Masaki Kawano, Ryosuke Takehara, Yoshiaki Shoji, Takanori Fukushima, and Yoichi Murakami

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