どんな研究?
人間の体は、毎日さまざまなダメージと戦っています。たとえば、体の中で有害な活性酸素種が増加すると、「酸化ストレス」と呼ばれる状態になって細胞が傷ついてしまいます。同様に「糖化ストレス」や「カルボニルストレス」と呼ばれる状態になると、反応性の高い有害な代謝物が増えることによって、細胞がダメージを受けてしまいます。そんなときに細胞を守る役割を果たすのが「DJ-1(ディージェイワン)」というタンパク質です。
このDJ-1は神経の細胞を守る働きにも関わっており、それが正しく働かなくなることが遺伝性のパーキンソン病の原因のひとつであると言われています。

つまり、DJ-1の機能を知ることは、細胞をストレスから守るしくみの解明だけでなく、遺伝性パーキンソン病の理解にもつながると考えられているのです。しかし、これまでの研究では、DJ-1が働く詳細な仕組みが分かっておらず、その最も重要な役割は何かという問いに明確な答えが出ていませんでした。
ここが重要
東京科学大学(Science Tokyo)の松田憲之(まつだ・のりゆき)教授らの研究チームは、DJ-1がどのように細胞を守っているのかを、ついに分子レベルで解き明かしました。カギを握るのは「cPGA(シーピージーエー)」という、細胞の中で自然にできる有害な物質です。cPGAがたまりすぎると、細胞に悪い影響を与えることが知られています。
研究チームは、DJ-1が有害なcPGAを分解することで細胞を守っていることを、コンピューターのシミュレーションと実験の両方から突き止めました。しかも、DJ-1タンパク質の中のどのアミノ酸がcPGAと反応するのか、どのようにDJ-1やcPGAが変化していくのか、といった反応の詳細なプロセスまで明らかにしました。
DJ-1の詳細な働きが分かったことで、遺伝性パーキンソン病の患者さんで見つかっている「遺伝子の変異」がDJ-1の機能不全を引き起こすこと、その結果、毒性のあるcPGAを分解する力が完全に失われてしまうことが分かりました。これが脳の神経細胞にダメージを与えて、遺伝性パーキンソン病が発症する可能性があるのです。
つまり今回の研究は、「DJ-1がcPGAを分解する」という役割が、細胞を守るうえでどれほど重要か、そしてそれが遺伝性パーキンソン病とどう関係しているかを、初めて明確にしたのです。
今後の展望
今後は、DJ-1のcPGAを分解する力を助ける薬や、逆にDJ-1がうまく働いているかどうかを調べる検査法などの開発が必要になってくると考えられます。そうすれば、血液や細胞の中のcPGAの量を測ることで、パーキンソン病を早くに発見して、早期に治療を開始することが可能になると期待されます。
今回の研究のような、分子レベルでタンパク質の体内での働きを詳細に解明することは重要です。それは、病気の治療だけでなく、生命のしくみの深い理解にも繋がり、大きな意味があるからです。
研究者のひとこと
DJ-1は、長い間「色々なことができるが、その本質的な正体(分子機能)がよくわからない」タンパク質だと考えられてきました。しかし今回、ようやくDJ-1の最も基本的な役割を突き止めることができました。
将来、得られた知見がパーキンソン病の診断に役立つことになれば嬉しいです。そして、上記に加えて、分子の世界がどれほど奥深くて面白いかを伝える成果にもなればと思っています。
(松田憲之:東京科学大学 総合研究院 難治疾患研究所 機能分子病態学分野 教授)

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