高性能なハイエントロピーランタノイド酸化物触媒を開発

2026年10月8日 公開

従来より低温で安定したメタン酸化カップリング反応を実現

ポイント

  • 600℃以下でメタン酸化カップリング反応が進行し、240時間にわたり触媒活性を維持
  • ランタノイド元素の組み合わせにより、触媒表面の塩基性を系統的に制御
  • ハイエントロピー化が触媒の長寿命化をもたらす機構を解明

概要

東京科学大学(Science Tokyo) 総合研究院 フロンティア材料研究所の鎌田慶吾教授と東京大学 大学院工学系研究科 応用化学専攻の和知慶樹助教らの研究チームは、ランタノイド元素[用語1]を組み合わせたハイエントロピー酸化物[用語2]が、メタン酸化カップリング反応において優れた低温活性と長時間安定性を示すことを明らかにしました。

メタン酸化カップリング反応は、天然ガスの主成分であるメタンと酸素から、化学工業において重要な基幹化合物であるエタンとエチレンを直接合成する反応です。しかし、メタンの強固なC-H結合を効率的に活性化しながら、生成したエタンやエチレンが二酸化炭素(CO2)まで過剰に酸化されるのを抑制する必要があるため実現が難しく、現在まで工業化には至っていません。従来の触媒では、反応に800℃程度の高温を要することや、長時間の反応による触媒活性の低下が課題とされていました。

本研究では、5種類以上のランタノイド元素を混合したハイエントロピー酸化物に着目し、研究室が独自に開発したゾル-ゲル法[用語3]を用いてナノ粒子[用語4]触媒を合成しました(図1)。その結果、1種類のランタノイド元素からなる酸化物と比較して、本触媒は高いエタン・エチレン収率と長時間安定性を示しました。また、構成するランタノイド元素の平均イオン半径を指標として、触媒表面の塩基性を調整できることを見いだし、メタン酸化カップリング反応に有効な中強度の強さを持つ塩基点を効率的に形成することに成功しました。さらにハイエントロピー化による触媒構造と塩基点の安定化が、触媒の長寿命化につながることを明らかにしました。本研究は、ハイエントロピー効果[用語5]を利用した触媒設計が、天然ガスからの化学品を製造するための高性能な選択酸化触媒を開発するうえで、有力な設計指針となる可能性を示しています。

本研究成果は、10月8日付(現地時間)に米国の「Journal of the American Chemical Society」誌に掲載されました。

図1. ハイエントロピー酸化物ナノ粒子触媒によるメタン酸化カップリング反応。

背景

ハイエントロピー材料は、1つの結晶構造中に5種類以上の金属元素が均一かつランダムに分布した材料です。2004年にハイエントロピー合金が報告されて以降、酸化物や炭化物、窒化物など、さまざまなハイエントロピーセラミックスが開発されてきました。これらの材料は、多種類の元素を混合することで生じるハイエントロピー効果により従来の材料にはない物理化学的特性を発現することが期待されており、触媒、超電導、熱電変換、蓄電など幅広い分野で研究が進められています。特に触媒分野では、水の電気分解やCO2の水素化、排ガス浄化のために重要なCO酸化などのさまざまな化学反応において、ハイエントロピー酸化物が高い触媒性能を示すことが報告されています。一方、選択的に目的生成物を得る選択酸化反応への応用例はこれまでほとんどありませんでした。

メタン酸化カップリングは、天然ガスの主成分であるメタンと酸素から、基礎化学品として有用なエタンやエチレンを直接合成できる有望な反応です。しかし、強固なC-H結合を持つメタンは反応性が低い一方で、生成したエタンやエチレンはメタンよりも反応性が高く、CO2まで容易に酸化されてしまうことが問題となります。また、低温での活性、生成物の選択性、長時間安定性の全てを両立することは困難とされてきました。これまでに行われた膨大な触媒探索の結果から、低温でメタン酸化カップリングを進行させるには、塩基性を持つ酸化物触媒が有効であることが知られています。一方で、表面の塩基性が強すぎると生成物の過剰酸化や、CO2が強く吸着することによる触媒の失活を引き起こします。そのため、高い触媒性能と長時間安定性を両立するには、表面活性点の塩基強度を適切に制御するとともに、その塩基点を反応中も安定に維持する必要があります。

そこで本研究では、5種類以上のランタノイド元素を組み合わせたハイエントロピー酸化物に着目しました。ランタノイド元素は互いによく似た化学的性質を示す一方、それぞれの酸化物の塩基性は元素の種類に応じて系統的に変化することが知られています。

本研究では、多種類のランタノイド元素を組み合わせることにより、触媒表面に適切な強さの塩基性を付与するとともに、ハイエントロピー効果によってその塩基点を安定に維持することで、低温活性と長時間安定性を兼ね備えたメタン酸化カップリング触媒の開発を目指しました。

研究成果

本研究では、ハイエントロピー酸化物と、その構成元素それぞれの単純酸化物のナノ粒子を研究室独自のゾル-ゲル法によって合成し、メタン酸化カップリング反応における初期活性および長時間安定性を比較しました(図2)。まず、ランタン(La)、ネオジム(Nd)、サマリウム(Sm)、ユーロピウム(Eu)、ガドリニウム(Gd)、ディスプロシウム(Dy)の各単純酸化物について評価したところ、いずれも550℃以上でメタン酸化カップリング活性を示しました。これに対し、5元素を組み合わせたハイエントロピー酸化物は、より低い525℃から活性を示すとともに、単純酸化物よりも高いエタン・エチレン収率を示しました。また、600℃の温度における安定性試験を行ったところ、単純酸化物では72時間の反応評価中に活性が徐々に低下した一方、ハイエントロピー酸化物は240時間という長時間にわたりエタン・エチレン収率を維持しました。

図2. メタン酸化カップリング低温活性の検討(上)。触媒耐久性試験(右)。

メタン酸化カップリング活性は固体表面の塩基性と強い相関があり、特に中程度の強さを持つ塩基点が低温での反応に有効であることが知られています。CO2分子は固体表面の塩基点に吸着し、塩基性が強いほど高い温度で脱離します。この性質を利用した昇温脱離分析[用語6]によって触媒表面の塩基性を評価したところ、ハイエントロピー酸化物を構成するランタノイド元素の平均イオン半径と、触媒表面の塩基性の強さとの間に相関があることがわかりました(図3左)。この結果から、ランタノイド元素の組み合わせを変えて平均イオン半径を調整することで、メタン酸化カップリングに有効な中強度の強さを持つ塩基点を効率的に形成できることが明らかとなりました。これにより、低温で高い活性を示すハイエントロピー酸化物触媒の開発に成功しました。さらに、X線光電子分光(XPS)[用語7]によって反応前後の触媒表面を分析したところ、ハイエントロピー酸化物では、CO2が活性点の酸素と反応することで生成した炭酸種の存在が反応後も確認されました(図3右)。この結果は、ハイエントロピー効果によって触媒表面の塩基点が安定化されることを示しています。この塩基点の安定化が、エタン・エチレン収率を240時間という長時間にわたり維持できる要因であると考えられます。

図3. ランタノイド酸化物における平均イオン半径と塩基強度の関係(左)。メタン酸化カップリング反応前後のO 1s XPSスペクトル(右)。スペクトル解析の結果、ハイエントロピー酸化物では、反応前後において塩基点に由来する炭酸種(赤線)が保持されていることが確認された。

社会的インパクト

2050年のカーボンニュートラル実現に向けて、炭素資源を有効活用するとともに、資源・エネルギー効率の高い化学品合成プロセスを開発することが求められています。メタンは天然ガスの主成分であるほか、メタンハイドレート、バイオメタン、e-メタンなど多様な形で供給可能な炭素資源です。一方で、現在はその多くが燃料などのエネルギー用途に利用されており、化学品原料としての活用は限定的です。

本研究では、多種類のランタノイド元素を組み合わせたハイエントロピー酸化物が、天然ガスの主成分であるメタンからエタンやエチレンなどの基礎化学品を直接合成するための高性能な固体触媒として機能することを明らかにしました。従来、エチレンなどの基礎化学品は、主に石油由来のナフサを高温で熱分解することによって製造されています。本研究成果は、メタンを化学品原料として利用する新たな可能性を示すものであり、炭素資源の利用経路を多様化するとともに、将来的により資源・エネルギー効率の高い化学品製造プロセスの実現に貢献することが期待されます。

また、多種類の元素を組み合わせるハイエントロピー化は、触媒表面の性質と安定性を同時に制御する新たな触媒設計アプローチとなり得ます。この考え方を社会的要請の高い他の化学反応にも展開することで、従来は実現が難しかった触媒反応の開拓につながることが期待されます。

今後の展開

本研究では、ハイエントロピー酸化物を構成するランタノイド元素の組み合わせを変えることで、平均イオン半径を指標として触媒表面の塩基性を系統的に調整できることを明らかにしました。さらに、ハイエントロピー効果によって触媒反応に有効な塩基点が長時間にわたり安定に維持されることを示しました。多種類の元素を組み合わせるハイエントロピー化は、限られた元素の組み合わせを中心とした従来の触媒設計に対し、材料組成の選択肢を大幅に広げるアプローチです。今後、元素の組み合わせや触媒構造、触媒性能との関係を体系的に検討し、ハイエントロピー効果への理解を深めることで、より高性能な触媒の開発につなげます。また、本研究で得られた設計指針をCO2水素化やバイオマス転換などに応用することで、社会課題の解決に資する、従来は実現が難しかった触媒反応への展開が期待されます。

付記

本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 CREST(課題番号JPMJCR22O1)、JSPS 科学研究費助成事業(課題番号JP24H00393、JP24K23098)の支援を受けて実施されました。

用語説明

[用語1]
ランタノイド元素:周期表の原子番号57のランタン(La)から71のルテチウム(Lu)までの15元素の総称。互いによく似た化学的性質を示し、一般にレアアースと呼ばれる元素群の主要部分を占める。触媒、磁石、蛍光体、蓄電池など幅広い分野で利用される。
[用語2]
ハイエントロピー酸化物:一般に、5種類以上の金属元素が1つの結晶構造の中に均一かつランダムに分布した酸化物。熱力学的には、元素数が増えることでエントロピー(元素の配置の組み合わせ)が大きくなるため、結晶構造が安定化されると考えられている。組成の自由度が大きく、従来の酸化物にはない性質や機能の発現が期待される。
[用語3]
ゾル-ゲル法:金属元素を含む原料を溶液中で均一に混合した後、ゲル状に固化し、加熱することで酸化物を合成する手法。複数の金属元素を均一に混合しやすいため、多元素からなる材料の合成に適している。
[用語4]
ナノ粒子:ナノメートル(100万分の1ミリメートル)の大きさを有する粒子。
[用語5]
ハイエントロピー効果:多種類の元素が1つの結晶構造の中にランダムに混ざり合うことで生じる、配置の乱雑さ(配置エントロピー)の増大に由来する効果。結晶構造の安定化に加えて、結晶格子の歪みや元素の相乗効果(カクテル効果)などハイエントロピー化に付随する多数の機能が報告されている。
[用語6]
昇温脱離分析:試料を一定の速度で加熱しながら表面や内部から脱離・放出されるガスを質量分析計などで測定する手法。
[用語7]
X線光電子分光:材料にX線を照射した際に放出される電子を分析することで、材料表面に存在する元素の種類や量、化学状態を調べる分析手法。本研究では、触媒表面の炭素と酸素の化学状態を調べることで、炭酸種の存在を確認した。

論文情報

掲載誌:
Journal of the American Chemical Society
タイトル:
High-Entropy Lanthanoid Oxide Catalysts for Oxidative Coupling of Methane
著者:
Rena Takahashi, Keiju Wachi*, Keigo Kamata*

研究者プロフィール

鎌田 慶吾 Keigo Kamata

東京科学大学 総合研究院 フロンティア材料研究所 教授
研究分野:触媒化学

和知 慶樹 Keiju Wachi

東京大学 大学院工学系研究科 応用化学専攻 助教
研究分野:触媒化学

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