ポイント
- 従来の酵素測定法の欠点を解決する光学マイクロニードルデバイスを世界ではじめて開発
- サブナノリットル量の試料でブドウ糖の定量を高精度で実現
- ブドウ糖と定量的かつ可逆的に結合するボロン酸を、ポリ乳酸からなるマイクロニードルに仕込んで蛍光ハイドロゲルをセンサー化
- 将来的に、採血することなく間質液を用いた各種臨床検査への応用
概要
東京科学大学(ScienceTokyo)生体材料工学研究所の松元 亮教授(CHANGE研究開発課題1リーダー)、東京大学大学院工学系研究科マテリアル工学専攻の一木隆範教授(iCONM研究統括・主幹研究員 / CHANGEプロジェクトリーダー)と竹原宏明准教授(iCONM客員研究員)、iCONM一木ラボの神田循大・特任研究員(CHANGE研究開発課題3サブリーダー)および、英国Bath大学と共同開発した、1ナノリットルにも満たない超微量サンプルに含まれるブドウ糖を高精度で定量するマイクロニードルデバイスに関する学術論文が、11月17日付 Journal of Materials Science B にオンライン掲載されました。静脈血に比べて採取の際の身体負荷が少ないものの微量採取しかできない皮膚中の間質液を用いた血糖値の予測を可能にする技術として期待されます。
研究の背景
「採血不要の臨床検査」を可能にするためには、血液に代わる生体試料を何にするかを考えなくてはなりません。中でも病気の診断に有用な生体成分が多く含まれる皮膚中の間質液(ISF)は有力な候補となりえます。しかしながら、ISFの採取・成分分析は血液に比べて難しく、極微量(サブナノリットル)の抽出技術あるいは、超小型センサーをマイクロシリンジに直接組み込む工夫が必要となります。本論文で記した研究は、超微量サンプル中のブドウ糖を高精度で定量することをゴールに定めたものです。血糖測定法として現在使用されている酵素法では、標的分子となるブドウ糖を酵素反応で別の物質に変え消費してしまうため、サンプル量が微量である場合には定量の正確性に影響を与えてしまいます。そこで、検査中にブドウ糖を消費しない光学マイクロニードルデバイス式の血糖測定法を考案し実証しました。また、酵素のような不安定生体物質を使用しておらず、デバイス使用期限の長期化にも繋がります。
研究成果
研究グループは、毛細血管が密に走り血漿成分が豊富な皮膚網状層のISFを効果的に採取するために長さ 2mm の透明度の高いポリ乳酸製マイクロニードルを製造し、その先端部にハイドロゲル[用語1]光重合により機能性を持たせる技術をこれまでに報告しています。今回発表した論文では、ブドウ糖と定量的かつ可逆的に結合するボロン酸を含む蛍光性ハイドロゲルで先端が機能化された光学マイクロニードルデバイスを開発し、サブナノリッターレベルという超微量サンプル中のブドウ糖を高精度で定量することに成功したことが記されています。
マイクロニードルの先端部には、直径100µm × 深さ100µmのポケット(容積 0.79 nL)があり、その接触部に埋め込まれたボロン酸含有ハイドロゲルブロックは、ブドウ糖を検知すると光の照射により蛍光を発します。様々な濃度の試料から得られる蛍光をGRINレンズ[用語2]で集光し、その強度を調べるとハイドロゲル中のボロン酸に取り込まれたブドウ糖量との間に定量性があることが確認できました。この時の誤差は0.0%~9.6%と、市販されている自己血糖測定器の誤差範囲基準に十分収まりました※。
- 測定誤差:ブドウ糖濃度が、6.1mMで4.9%、12.9mMで9.6%、21.5mMで0.0%、37.5mMで7.9%を示した。市販されている自己血糖測定器の品質基準として、5.6mM以上で95%以上が15%以内の誤差に収まる必要がある。
今後の展開
先端に機能性ハイドロゲルを持つ光学マイクロニードルデバイスは、測定対象となる化合物を消費することなく定量分析を行うことができるため、超微量サンプルの検査に有効な手段となります。検査を受ける側のみならず検査を行う側にとっても身体的精神的な負担となる採血に代えて、皮膚網状層のISFを使った臨床検査法の開発は、今後増加する在宅医療の質と効率性を変えることにも繋がると期待されます。
用語説明
- [用語1]
- ハイドロゲル:液体中にある高分子が網目構造を形成して、その液体を閉じ込め、流動性が失われた状態(ゲル)の中でも、液体が水の場合に「ハイドロゲル」と呼ぶ。例えば、こんにゃくやゼリー、スライムなどがこれにあたる。
- [用語2]
- GRINレンズ:中心軸から周辺部に向かって屈折率を連続的に変化させた円筒形のガラス。両端は平面でもレンズ機能を持つ。
論文情報
- 掲載誌:
- Journal of Materials Chemistry B, 13, 15273-15281 (2025)
- タイトル:
- Development of an optical microneedle device embedding sub-nanoliter volumes of boronic acid-based fluorescent hydrogel
- 著者:
- Masahiro Fukuhara, Hiroaki Takehara*, Kevin Berthelmes, Benjamin Kersch-Hunt, Jordan E. Gardiner, Yukihiro Kanda, Akira Matsumoto, Tony D. James and Takanori Ichiki
*corresponding author - DOI:
- 10.1039/D5TB00385G
参考
公益財団法人川崎市産業振興財団について
産業の空洞化と需要構造の変化に対処する目的で、川崎市の100%出捐により昭和63年に設立されました。市場開拓、研究開発型企業への脱皮、それを支える技術力の養成、人材の育成、市場ニーズの把握等をより高次に実現するため、川崎市産業振興会館の機能を活用し、地域産業情報の交流促進、研究開発機構の創設による技術の高度化と企業交流、研修会等による創造性豊かな人材の育成、展示事業による販路拡大等の事業を推進し、地域経済の活性化に寄与しています。
ナノ医療イノベーションセンターについて
川崎市川崎区殿町の国際戦略拠点(キングスカイフロント)におけるライフサイエンス分野の拠点形成の核となる先導的な施設として、文部科学省より「地域資源等を活用した産学連携による国際科学イノベーション拠点整備事業」の支援を受け、川崎市、公益財団法人川崎市産業振興財団が整備を進め、2015年4月に運営を開始した研究センターです。産学官が一つ屋根の下に集い、異分野融合体制で革新的課題の研究および研究成果の実用化に取り組んでいます。片岡一則センター長は、2023年、英国・クラリベイト社のデータ解析に基づきノーベル賞級の研究成果を創出する研究者を表彰する Citation LaureatesTM(引用栄誉賞)に選出されました。
東京大学大学院工学系研究科 マテリアル工学専攻について
マテリアル工学専攻は、全ての人間活動の根底を支えるマテリアル工学の未踏領域を先導し、環境、エネルギー、情報・通信、医療などの現代社会が抱える課題・難問にマテリアル分野から突破口を切り拓き、人類社会の持続的発展と幸福に貢献することを究極的な目的としています。本専攻では、広範なマテリアルの基礎知識と高度な専門知識を習得し、かつ世界トップレベルの研究・開発を推進することによって、独創的かつ国際性豊かな次世代リーダーの育成を目指しています。
東京科学大学 生体材料工学研究所について
生体材料工学研究所は、医学、歯学、生命科学系の研究者と密接に連携することで、東京科学大学 医歯学系(旧・東京医科歯科大学)における、理工系の教育研究を担っています。医療の分野で有用な「ものづくり」を鍵として、生体材料、生体システム、医薬化学の各分野で先端的な研究と人材育成を行う、世界でもユニークな研究所です。様々な研究プロジェクトのもと、多くの大学等と幅広い共同研究を推進し、材料、デバイス・システム、機能分子開発を行って、産業界や社会に貢献することを目指しています。
関連リンク
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