ポイント
- 太古のエネルギー源であるポリリン酸を供与基質として、8種類の核酸塩基を約70%の高効率でヌクレオシド三リン酸に変換できる万能酵素を発見。
- 本研究で見出したポリリン酸キナーゼ2は、古代の酵素が備えていたとされる幅広い基質特異性を有することを解明。
- 安価なポリリン酸と4種類のヌクレオド一リン酸から合成したヌクレオシド三リン酸を原料に、ワンポットでメッセンジャーRNAを作ることにも成功。
概要
東京科学大学(Science Tokyo)生命理工学院 生命理工学系の松本龍征大学院生、同大学 未来社会創成研究院 地球生命研究所の渡邉貴嘉元博士研究員、リアム・ロンゴ(Liam M. Longo)特任准教授、松浦友亮教授らの研究チームは、8種類の一般的なヌクレオチドを単一の酵素で、ポリリン酸[用語1]を供与基質としてヌクレオシド三リン酸(NTP)に高効率で変換する手法を開発しました。ポリリン酸は、その構造や調製の容易さから太古の生命システムのエネルギー源であったと考えられています。
NTPは生命反応を支える基幹分子であり、その安価かつ効率的な合成法の開発は細胞外人工代謝による物質生産や創薬応用の発展に不可欠です。酵素を用いた物質生産は、グリーンテクノロジーとして、よく知られています。一方で、一般的な酵素法でNTP($1095/mmol)を安価なヌクレオシド一リン酸(NMP:$78/mmol)から生成するには、異なる6種類もの酵素が必要であること、高価なリン酸供与体(>$37/mmol)が必要であることから、その利用は大きく制限されてきました。
本研究チームが発見したMangrovibacterium marinum 由来のポリリン酸キナーゼ2(MAN)は、古代の酵素が備えていたとされる幅広い基質特異性を有することを解明しました。この幅広い基質特異性を利用し、単一酵素で安価なNMPとポリリン酸 ($0.016/mmol)からNTPを合成し、これを用いてワンポット[用語2]でメッセンジャーRNA[用語3]を作れることを示しました[参考文献1]。本研究は、メッセンジャーRNAワクチン合成を含めた、NTPを原料とする細胞外人工代謝経路[用語4]を用いたバイオものづくりに大きな変革をもたらす可能性があります。
本成果は、1月8日付(現地時間)の「Nature Communications 」誌に掲載されました。
背景
ヌクレオシド三リン酸(NTP)は、RNAやタンパク質合成を含む、多くの生命反応を支える基幹分子です。これらNTPを安定的に生産することは、有用物質を生産する細胞外人工代謝システムの構築や、メッセンジャーRNAを活用する創薬研究の発展に不可欠です。その一方で、NTPは試薬として高価であるうえ、一般的な酵素合成法では、全ての主要NTPを得るために、複数の酵素からなる複雑な代謝経路を構築する必要があります。この材料コストと合成プロセスが、NTPを利用する反応系の利用を大きく制限してきました。
このような背景から、研究チームは「高価なヌクレオシド三リン酸($1095/mmol)を安価なヌクレオチド一リン酸($78/mmol)から生成できる単一酵素は存在するのか?」という問いを立てました。この問いは、生命初期の代謝がどのように成立したかという進化的理解にもつながります。YcasとJensonがかつて提唱したように[参考文献2-3]、生命の黎明期には、少数の酵素が多様な基質を扱うことで、代謝を支えていたと考えられています。そのため、もし万能なリン酸転移酵素の存在が示されれば、原始の代謝反応を再構成できる可能性もあります。
こうした生物工学的・進化的側面の要請を背景に、候補として注目されてきたのが、1950年代にKornbergらが発見したポリリン酸キナーゼ2(PPK2)です[参考文献4]。PPK2は、安価でありかつ原始的なリン酸エネルギー源であるポリリン酸($ 0.016/mmol)[参考文献5]をリン酸供与体とし、アデノシン一リン酸(AMP)または二リン酸(ADP)へのリン酸転移反応を触媒します。中には、両基質を受容し、AMPからATPを合成するサブファミリー[用語5]も発見されています[参考文献6]。しかし、アデノシン(A)、グアノシン(G)、シトシン(C)、ウリジン(U)に対応する全てのNTP、同時にポリリン酸をリン酸供与基質として合成できる万能PPK2は、これまで知られていませんでした。
研究成果
研究チームは、系統樹解析に基づくバイオインフォマティクス解析と酵素スクリーニングにより、一般的なヌクレオチド一リン酸(NMP)、ヌクレオチド二リン酸(NDP)、合わせて8種類の核酸塩基から、約70%の高効率でNTPを合成する、多基質認識型のPPK2酵素(MAN)を発見しました(図1A)。MANはMangrovibacterium marinum という常温で生育する微生物由来の酵素です。本研究ではMANが示す広範な基質認識能に着目し、その分子機構および産業的な応用可能性について詳細な検討を行いました。温度依存性評価や変異体解析を含む精密な酵素活性測定の結果、本酵素は広い基質特異性を示すだけではなく、反応条件や会合状態の変化に応じて、極めて多様な触媒活性を示すことを明らかにしました。
(A)ポリリン酸と、8種のNMPまたはNDPを基質とし、37℃で反応させた後の生成物の内訳。いずれの基質も、約70%はNTPに変換された。
(B)アデノシン一リン酸を基質とし、55℃で反応させた後の生成物のクロマトグラム。各ピークは、リン酸基の数が1つずつ異なるアデノシンポリリン酸に対応する。AP30は、リン酸が30分子結合した分子を指す。
例えば、本酵素を55℃で反応させると、AMPに対して過剰なリン酸転移反応が進行し、最大30個のリン酸を有するアデノシンポリリン酸が生成されました(図1B)。このリン酸数は既報中[参考文献7]で最長クラスに相当します。さらに研究チームは、MANが示す幅広い基質特異性を活用し、4種類のNMPを、ポリリン酸を供与基質としてワンポットでNTPへと変換する反応系を構築しました(図2A)。一般的な酵素法でNTP($1095/mmol)を安価なヌクレオシド一リン酸(NMP:$78/mmol)から生成するには、異なる6種類の酵素が必要であること、高価なリン酸供与体(>$37/mmol)が必要であることから、その利用は大きく制限されてきました。MANは、この反応を1種類の酵素でかつ安価なリン酸供与体($0.016/mmol)で達成できることを示しました。加えて、本酵素反応によって得られたNTP混合物が、そのまま細胞外転写反応の基質として利用可能であり、NTPを用いた場合と同等の転写活性を示すことを実証しました(図2B)。以上のように、太古のエネルギー源であるポリリン酸を用いメッセンジャーRNAの原料を安価に創り出せることを示しました。
酵素の広い基質特異性は、原始的な酵素の特徴的な性質と考えられています。従って、本研究は、原始的な性質を有する酵素が、現代のバイオテクノロジーによるものづくりに有用であることを示した世界で初めての例であり、酵素を用いた物質生産と、酵素進化の理解の両面に新たな知見をもたらすことが期待されます。
蛍光RNAアプタマー[用語6]を転写し、リガンド結合により発する蛍光強度を指標としてRNA生成量を定量した。
(B)におけるMANは、NMPとポリリン酸を原料として転写反応を行ったもの、NTPsは、NTPを用いた転写反応、No PPK2はMANを反応系に加えなかった場合の結果を示す。
各条件において、点線は測定値、実線は平均値、塗りつぶし領域は標準偏差である。
社会的インパクト
本研究は、従来の細胞外人工代謝経路の開発に大きな変革をもたらす可能性があります。NMPからNTPを、酵素によって生成する場合、細胞内の反応をそのまま用いると6種もの酵素が必要です。本研究は、これが単一酵素のMANで実現できることを示しました。1つの酵素に沢山の業務を担わせるという従来の細胞外人工代謝経路を構築するときとは真逆の物質生産法は、新しいバイオものづくり法です。また、MANを用いたNTP合成法は、安全保障の観点から国産のRNAワクチン製造の重要性が叫ばれるなか、その原料であるNTPの安価な国内生産技術として活用できる可能性もあります。
今後の展開
本研究で発見したMANが、どこまで多様なヌクレオチドをリン酸化できるのかを明らかにすることが、今後の重要な展開の1つです。ヌクレオチドはDNA合成に用いられるデオキシリボヌクレオチドや、機能性RNAに利用される人工修飾ヌクレオチドなど、さまざまな種類が存在します。これらのヌクレオチドを生成できるかを調べることで、MANの応用範囲がさらに拡大できます。また、MANをNTPに依存した細胞外人工代謝反応へ組み込むことができれば、低コストでの物質生産法の開発につながることも期待されます。
研究チームは現在、どのようにしてMANが多様な基質を認識できるかを構造生物学的な視点から明らかにすること、反応条件を網羅的に変化させ、反応条件と生成物の関係性を機械学習させることに取り組んでいます。これらの研究を通して、MANの機能改変が可能となり、低コスト・高効率的なバイオものづくりにもつながることが期待されます。
付記
本研究は、ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム(HFSP)(RGP003/2023、RGEC29/2025)、JSPS科学研究費助成事業(JP22K21344、JP21H05228)、NASA(80NSSC25K7873)、およびJST次世代AI人材育成プログラム(JPMJBS2430)の支援を受けて実施されました。また、自動分注システムの使用にあたり、早稲田大学の木賀大介教授および大竹和正講師にご協力いただきました。さらに、カスタムメイドのPUREfrex 1.0および2.0の提供について、GeneFrontier社に感謝いたします。
参考文献
- [参考文献1]
- 松浦友亮、リアムマイケルロンゴ、渡邉貴嘉、松本龍征「ヌクレオシド三リン酸の製造方法」、特願2023-182220、出願日2023.10.24
- [参考文献2]
- Ycas M. Journal of Theoretical Biology. 1974 Mar 1;44(1):145-60.
- [参考文献3]
- Jensen RA. Annual Review of Microbiology. 1976 Oct 1;30(1):409-25.
- [参考文献4]
- Zhang H, Ishige K, Kornberg A. Proceedings of the National Academy of Sciences. 2002 Dec 24;99(26):16678-83.
- [参考文献5]
- Achbergerová L, Nahálka J. Microbial Cell Factories. 2011 Aug 4;10(1):63.
- [参考文献6]
- Motomura K, Hirota R, Okada M, Ikeda T, Ishida T, Kuroda A. Applied and Environmental Microbiology. 2014 Apr 15;80(8):2602-8.
- [参考文献7]
- Frank C, Teleki A, Jendrossek D. Applied Microbiology and Biotechnology. 2020 Nov;104(22):9683-92.
用語説明
- [用語1]
- ポリリン酸:リン酸が直鎖状に多数つながった高分子の無機化合物。無機リン酸を高温に加熱するだけで生成するため、古代に生命が利用したエネルギー源であると考えられている。
- [用語2]
- ワンポット:複数の生化学反応を1つの容器でまとめて行う操作のこと。
- [用語3]
- メッセンジャーRNA:タンパク質の配列をコードする遺伝情報。コロナワクチンで一躍有名になった分子。
- [用語4]
- 細胞外人工代謝経路:化合物は細胞内の多数の酵素により多様な化合物に変換される。このような代謝反応を、精製酵素等を用い細胞外で行う方法。細胞内と異なり、望みの酵素だけを用いることで、細胞外で望みの代謝反応経路を人工的に設計することができる。
- [用語5]
- サブファミリー:共通の祖先を持つ遺伝子のグループであるファミリー内で、さらに機能が似ている小グループ。例えば、PPK2は3つのサブファミリーに分類されることが知られており、Class I はNDP、Class IIはNMP、Class IIIはNMPとNDPの両方をヌクレオチド基質とする。
- [用語6]
- 蛍光アプタマーRNA:特定の低分子リガンドと結合すると蛍光を発するRNA配列。
論文情報
- 掲載誌:
- Nature Communications
- タイトル:
- A universal polyphosphate kinase powers in vitro transcription
- 著者:
- Ryusei Matsumoto#, Takayoshi Watanabe#, Eishin Yamazaki, Ako Kagawa, Liam M. Longo*, and Tomoaki Matsuura*
( #: 共同筆頭著者、*: 責任著者)
研究者プロフィール
松本 龍征 Ryusei Matsumoto
東京科学大学 生命理工学院 生命理工学系 博士後期課程1年
研究分野:酵素工学
渡邉 貴嘉 Takayoshi Watanabe
東京科学大学 未来社会創成研究院 地球生命研究所 元博士研究員
現 株式会社MAQsys, リサーチマネージャ
研究分野:生物工学、合成生物学、ケージド化合物、抗体
リアム・ロンゴ Liam M. Longo
東京科学大学 未来社会創成研究院 地球生命研究所 特任准教授
研究分野:生命の起源、タンパク質の進化
松浦 友亮 Tomoaki Matsuura
東京科学大学 未来社会創成研究院 地球生命研究所 教授
研究分野:生物工学、合成生物学、生物物理学