どんな研究?
スマホはますます薄く、軽く、高性能になっています。曲がるディスプレイや目に見えないセンサーなど、最先端のデバイスを支えているのが2次元(2D)材料と呼ばれる、原子1層分ほどの厚さしかない超極薄の素材です。その代表がグラフェンです。炭素原子がシート状に並んだもので、強くて軽く、電気もよく流れる、未来のデバイスに欠かせない素材です。
こうした2D材料は、「ファン・デル・ワールス結晶」という、層と層が弱い力で重なった構造の物質から作られています。セロハンテープで1層だけをパリッと簡単に「はがせる」という特徴があり、ナノスケールの操作が可能です。
しかし、世の中のすべての素材がこのように簡単にはがせるわけではありません。たとえば砂や石の主成分である二酸化ケイ素(石英)などの酸化物は、層同士がイオンの力でガッチリ結びついており、はがすのがとても難しい素材です。一方で酸化物には、電子どうしが互いに強く影響し合う「強相関電子系」という性質を持つものがあります。この性質は、電気抵抗がゼロになる高温超伝導などを生み出すもとになります。
もし、そんな興味深い酸化物を1層だけの物質にできたら、2D材料の軽さと薄さ、そして、強相関材料の面白さを同時に備えた、まったく新しい物質の世界が開けるかもしれません。しかし、これまでそんな素材は存在していませんでした。
ここが重要
東京科学大学(Science Tokyo)の相馬拓人(そうま・たくと)助教(2025年10月より東北大学多元物質科学研究所・講師)と大友明(おおとも・あきら)教授らの研究チームは、この未踏の領域に挑戦しました。彼らが使ったのは、リチウムニオブ酸化物(LiNbO₂)という素材です。この中から、これまで限界とされていた以上にリチウム(Li)を抜き取ることに成功した結果、かたまりだった酸化物の中にはがれやすい構造が生まれました。そして、世界で初めて「2H型NbO₂(ニオブ酸化物)ナノシート」を合成しました。
「2H型」とは、原子が三角プリズムのように並んだ特有の層構造のことで、2D材料でしばしばみられる構造であり、LiNbO₂という酸化物はもともとそれを持っていました。しかし、あくまでもかたまりの中で存在していた構造であり、LiNbO₂はこれまで「はがせない」2次元構造と考えられていました。
この成果が画期的なのは、特殊な化学処理でリチウムを引き抜くことで、もともと強く結びついていた層の間の結合を、はがれやすいファン・デル・ワールス結合に変化させた点です。つまり、本来はかたまりとして存在する酸化物を、層状の2次元ナノシートへと変えたのです。
さらに、層状となった2H型NbO₂には、予想外の性質が現れました。電子があるのに電気が流れにくくなる「モット絶縁体」という状態です。ふつうの金属では、電子は自由に動き回って電気を流します。でもこのナノシートでは、電子どうしが強く押し合って「渋滞」を起こし、動けなくなっていたのです。これはまさに、強相関電子系のふるまいが、2次元ナノシートでも起こることを示しています。
今後の展望
研究チームは、2D材料と強相関電子材料という、これまで別々の研究されてきた世界をつなぐ、全く新しいアプローチを示しました。このような強相関2D酸化物は、量子スピン液体や非従来型超伝導など、最先端の物理現象を探る実験材料としても期待されています。また、次世代の量子デバイスや先端エレクトロニクスの素材としても、応用の可能性が広がります。
研究者のひとこと
この研究は、2D材料と酸化物といういわば異なった研究分野をどうにか交わらせたいというアイデアから生まれました。このように、異なった価値観を融合することでまったく新しいものが生み出せることは科学の最も面白い点の一つです。
これからも、化学と物理など様々な価値観をうまくミックスすることで革新的な未来材料を生み出すような研究を行っていきたいと思います。
(相馬拓人:東京科学大学 物質理工学院 応用化学系 助教)
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