がん治療の「薬剤耐性」を乗り越える新たな治療標的DYRK2を発見

2026年10月30日 公開

既存薬が効かないがんの克服に挑む、次世代抗がん剤創薬へ

ポイント

  • Hhシグナルを抑制する現行の治療薬である「SMO阻害薬vismodegib」は、治療中に薬剤耐性変異が生じることが課題となっています。
  • 本研究では、vismodegibが効かなくなる薬剤耐性型SMO変異(SMO W535L)をもつ細胞においても、DYRK2を抑制することでHhシグナルを低下させ、腫瘍細胞の増殖を抑制できることを明らかにしました。
  • DYRK2はSMOより下流で作用することから、既存のSMO阻害薬に対する薬剤耐性を回避する新たな治療標的となる可能性が示されました。

概要

東京科学大学(Science Tokyo) 総合研究院 生体材料工学研究所 生命有機化学分野の隅田有人准教授と細谷孝充教授は、東邦大学の戸村冴大学院生、河村明良特別研究学生と吉田彩舟講師、東京慈恵会医科大学、信州大学との共同研究により、Hedgehog(Hh)シグナル[用語1]を抑制する抗がん剤の薬剤耐性を克服する新たな治療標的として、リン酸化酵素DYRK2 (Dual specificity tyrosine-phosphorylation-regulated kinase 2)[用語2]を見いだしました。

Hhシグナルは、髄芽腫や基底細胞がんなどの発症・進展に関与しています。現在、その中核分子であるSmoothened(SMO)[用語3]を標的とする阻害薬vismodegib[用語4]などが抗がん剤として使用されています。一方、これらの現行薬では、投与患者の一部で標的分子SMOに、薬剤耐性をもたらすがん促進性の遺伝子変異が生じ、現行薬が効かなくなることが大きな課題となっています。こうした現行薬不応のがんに対する新たな治療法の開発は、重要なアンメット・メディカル・ニーズとなっています。

本研究では、vismodegibに耐性を示す代表的なSMO変異(SMO W535L [用語5])をもつ細胞においても、SMOの下流で働くDYRK2を抑制することでHhシグナルを低下させ、腫瘍細胞の増殖を抑制できることを明らかにしました。これらの成果は、DYRK2を標的とすることで、既存のSMO阻害薬が効かなくなったHhシグナル依存性腫瘍に対する新たな治療戦略につながる可能性を示すものです。

本研究成果は、「FEBS Letters」誌に2026年10月28日に掲載されました。

背景

Hhシグナルは、発生過程で重要な役割を担う一方、その異常な活性化は、髄芽腫や基底細胞がんなどの発症・進展に関与します。現在、Hhシグナルを標的とするSMO阻害薬vismodegibとsonidegibが抗がん剤として用いられていますが、治療中に標的分子SMOに薬剤耐性変異が生じ、治療薬が効かなくなることが課題となっています。なかでもSMO W535L変異は、SMOを恒常的に活性化し、vismodegibに対する耐性を示す代表的な変異です。そのため、SMOそのものではなく、SMOより下流の分子を標的とすることで、薬剤耐性を回避する新たな治療戦略が求められています。

研究グループは、これまでにリン酸化酵素DYRK2がSMOの下流で転写因子GLI2/GLI3を活性化し、Hhシグナルを促進することを明らかにしてきました(Yoshida et al., Proc Natl Acad Sci USA, 2024, doi:10.1073/pnas.2320070121)。そこで本研究では、SMO阻害薬に耐性を示す条件下でも、DYRK2を標的とすることでHhシグナルと腫瘍細胞の増殖を抑制できるかを検証しました。

研究成果

本研究では、SMO阻害薬vismodegibに耐性を示すSMO W535L変異をもつ細胞を用いてDYRK2を標的とすることで薬剤耐性を克服できるかを検証しました。その結果、SMO W535L変異をもつ細胞ではvismodegibの効果が著しく低下する一方、DYRK2の発現を抑制するとHhシグナルが低下しました。さらに、DYRK2阻害剤を用いた場合にもHhシグナルの抑制が認められ、Hhシグナル依存性の腫瘍細胞では増殖抑制効果も確認されました。これらの結果から、SMOに薬剤耐性変異が生じた場合でも、その下流で働くDYRK2を標的とすることで、Hhシグナルと腫瘍細胞の増殖を抑制できることが示されました。

図1. DYRK2阻害によるSMO阻害薬耐性の克服モデル

今後の展開

本研究により、SMO阻害薬に耐性を示すがんに対しても、SMOの下流で働くDYRK2を標的とすることで、Hhシグナルと腫瘍細胞の増殖を抑制できる可能性が示されました。今後は、DYRK2を標的とした治療法の有効性や安全性について、さらに検証を進めることで、SMO阻害薬が効かなくなったHhシグナル依存性腫瘍に対する新たな治療法の開発につながることが期待されます。

付記

本研究の一部は、文部科学省科学研究費補助金(基盤研究C)、AMED橋渡し研究プログラム 慶應拠点シーズA(JP24ym0126806j0003、JP25ym0126806j0004)、武田科学振興財団、横山臨床薬理研究助成基金、SGH財団、金原一郎記念医学医療振興財団、ホクト生物科学振興財団、ノバルティス科学振興財団、高橋産業経済研究財団、川野小児医学奨学財団、ゴールドリボン・ネットワーク、山田科学振興財団、持田記念医学薬学振興財団、中外創薬科学財団(C-FINDs)などの助成を受け実施されました。

発表者名

  • 戸村 冴(東邦大学 大学院理学研究科 生物分子科学専攻 博士前期課程1年)
  • 河村 明良(研究当時:東邦大学 大学院理学研究科 特別研究学生1年
    現在:東京慈恵会医科大学 生化学講座 大学院生)
  • 鈴木 空(信州大学 大学院総合医理工学研究科 総合理工学専攻 大学院生)
  • 山田 幸司(東京慈恵会医科大学 生化学講座 准教授)
  • 隅田 有人(東京科学大学 総合研究院 生体材料工学研究所 生命有機化学分野 准教授)
  • 細谷 孝充(東京科学大学 総合研究院 生体材料工学研究所 生命有機化学分野 教授)
  • 喜井 勲(信州大学 学術研究院(農学系) 教授)
  • 吉田 清嗣(東京慈恵会医科大学 生化学講座 教授)
  • 吉田 彩舟(東邦大学 理学部 生物分子科学科 講師)

用語説明

[用語1]
Hedgehog(Hh)シグナル:発生や組織形成に重要な役割を果たす細胞内シグナル伝達経路。異常に活性化すると、髄芽腫や基底細胞がんなどの発症・進展に関与します。
[用語2]
DYRK2 (Dual specificity tyrosine-phosphorylation-regulated kinase 2):タンパク質をリン酸化する酵素(キナーゼ)の1つ。研究グループはこれまでに、DYRK2がSMOの下流でGLI2/GLI3を活性化し、Hhシグナルを促進することを明らかにしています。
[用語3]
Smoothened (SMO):Hedgehogシグナルの活性化に関わる7回膜貫通型のタンパク質で、構造上はGタンパク質共役型受容体(GPCR)に分類されるで、vismodegibならびにsonidegibなどの標的分子です。
[用語4]
vismodegib:SMOを阻害する抗がん剤で、Hhシグナル依存性腫瘍の治療に用いられています。
[用語5]
SMO W535L:SMOの535番目のアミノ酸がトリプトファン(W)からロイシン(L)に置換された変異。SMOを恒常的に活性化し、vismodegibやsonidegibに対する薬剤耐性を引き起こします。

論文情報

掲載誌:
FEBS Letters
タイトル:
DYRK2 inhibition overcomes resistance to SMO inhibitors in Hedgehog-driven tumors
著者:
Sae Tomura†, Akira Kawamura †, Sora Suzuki, Kohji Yamada,
Yuto Sumida, Takamitsu Hosoya, Isao Kii, Kiyotsugu Yoshida, and
Saishu Yoshida*(† 共同筆頭著者、* 責任著者)

関連リンク

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