クローキングによる銀線の不可視化を実現

2026年4月21日 公開

光が物体を迂回するコーティング

ポイント

  • 銀線をコーティングすることで、光が迂回して銀線が不可視化するクローキングを実験で実現
  • 電磁界解析に基づいて設計・試作したクローキング構造を実測し、銀線の不可視化を確認
  • 光や電波との干渉を避けたい電子素子や配線、物体への応用に期待

概要

東京科学大学(Science Tokyo)工学院 電気電子系の梶川浩太郎教授らの研究チームは芝浦工業大学工学部の下条雅幸教授と共同で、自立した銀線をクローキング[用語1]することで、その不可視化に成功しました。

クローキングとは、物体をコーティングや膜で覆い、光をその周囲に迂回させることで、あたかも物体が存在しないかのように見せる光学技術です。可視光領域における自立物体の不可視化は、これまで理論やシミュレーションにより数多く検討されてきましたが、実験的に実証されたのは本研究が初めてです。

本研究で示した「不可視」は、単に物体が透明に見えることにとどまらず、照射した光の波面が乱されずに物体を透過する状態です。このため、このクローキング構造を光学的に検出することは原理的に困難です。これまで、基板上の物体の不可視化に関する報告はいくつか存在しましたが、本研究では自立した物体に対して不可視化を実現しました。

本技術は、光や電波との干渉を避けたい対象物のコーティング技術への応用が期待されます。この成果は、2026年3月16日(現地時間)付の米国光学学会誌「Optics Letters」に掲載されました。

背景

身に纏うことで透明になる外套(クローク)は、ファンタジーやサイエンス・フィクションに登場する代表的なアイテムですが、その実現には多くの技術的課題が伴います。しかし近年、メタマテリアル[用語2]をはじめとする光学技術の進展により、その実現可能性が徐々に示されつつあります。

これまでの可視光領域におけるクローキング研究の多くは理論やシミュレーションに基づくものであり、実験的にその有効性を示した例は極めて限られています。また、基板上に固定された物体の不可視化に関する報告は存在するものの、自立した物体を対象としてクローキングを実現した例はありませんでした。本研究では、クローキング媒質として高屈折率の誘電体で被覆することで、自立した銀線全体を不可視化するという、これまでにない実験に取り組みました。

本研究でいう「不可視」とは、単に物体が透明に見える状態ではなく、光が波面を乱されることなく物体を回避または透過する状態を指します。すなわち、光学的観測によってその存在を検出することが困難な状態です。

例えば、水やガラスは透明であるため視認しにくい物質ですが、空気とは屈折率が異なるため界面で反射が生じ、その存在を認識できます。また、これらの媒質中では光の位相速度[用語3]が低下し、透過後の光の位相は空気中を伝搬した場合とは異なります。このような性質は、本研究で対象とする不可視化とは本質的に異なます。また、カメレオンや昆虫の擬態のように背景と区別できなくするカモフラージュとも異なる概念です。

研究成果

通常、光が銀線に入射すると電子の分極が生じ、それに伴い散乱光が発生します。私たちはこの散乱光を知覚することで、銀線の存在を認識します。そこで研究チームは、散乱光と逆位相の応答を生じるよう設計したクローキング媒質で銀線を被覆することにより、散乱光を打ち消し、不可視化する手法を採用しました。この手法は、メタマテリアルのような複雑な構造を必要としない点に特徴があります。今回の研究では、クローキング対象として直径110 nmの銀線を用い、プラズモニック・クローキング[用語4]を適用しました。

銀線に光を照射した時の電磁界解析[用語5]により、このクローキングの原理を検証しました。クローキングなしの銀線に光を照射した場合(図1a)には、銀線による散乱により波面が乱れているのに対して、クローキングありの銀線に光を照射した場合(図1b)には、散乱光が打ち消され、波面の乱れがほとんど見られません。すなわち、あたかも物体が存在しないかのように光が伝搬しており、銀線がクローキング媒質とともに不可視化されていることが確認できます。

図1. 銀線に光を照射した際の電磁界解析の結果を示す。銀線は図の中央に配置され、その長手方向は紙面に対して垂直である。また、入射偏光[用語6]は銀線の長手方向である。(a)はクローキングなし、(b)はクローキングありの場合を表す。赤と青の縞はそれぞれ光波の山と谷を表し、波は下方から上方へ伝搬している。

この電磁界解析の結果を検証するため、クローキング構造を試作して実験を行いました。直径110 nm、長さ約20 μmの銀線をSTM[用語7]探針に固定し、クローキング媒質として屈折率約2.2の酸化モリブデンを真空蒸着によりコーティングしました(図2左)。この銀線について、コーティング前後における入射光の散乱光強度を測定し、その比を求めました。この入射光の偏光方向はシミュレーションと同じです。この実験について、酸化モリブデンの膜厚と、クローキング前後における散乱光強度の比の関係を検討しました。

その結果、酸化モリブデンの膜厚が薄すぎる場合や厚すぎる場合には十分なクローキング効果が得られないものの膜厚が約45 nmの場合に効果が最大となり、散乱光強度が約8%まで抑制されることがわかりました(図3)。このことは、クローキングなしでは赤く視認されていた銀線が、膜厚約45 nmの条件ではほぼ不可視となることからも確認できます(図2右)。

図2. クローキング対象の銀線の光学顕微鏡像(左)とクローキング前後の散乱光の観察像(右)。
図3. クローキング媒質として用いた酸化モリブデン層の膜厚と、クローキング前後における散乱光強度比の関係、および対応する銀線の観察像を示す。赤色の実線は理論値、プロットはエラーバーを含む実測値を表す。

社会的インパクト

本研究の成果は、不可視化した光学素子や電子素子、さらには光と相互作用しない配線の実現可能性を示すものです。例えば、電子素子や配線が存在していても、それらが不可視化されていれば、光による情報伝送を阻害しません。さらに、本手法では、その構造や周囲の屈折率のわずかな変化により、可視化と不可視化を切り替えることが可能です。この特性を利用することで、センシング素子や光学スイッチング素子への応用が期待されます。

また、本研究で得られた知見は可視光に限らず、マイクロ波やラジオ波などの電磁波領域にも適用が可能であると考えられます。今後これを発展させることで、電磁波と干渉しない構造体の設計指針の構築にも寄与すると期待されます。

今後の展開

本研究では、クローキングの対象物体として直径約100 nmの銀線を用い、特定の波長および偏光条件において不可視化を実現しました。理論的には、金属に限らず、誘電体や半導体からなる対象物に対しても、より広い波長帯域にわたるクローキングが可能であることが示唆されています。今後は、そうした金属以外の系において広帯域クローキングの実験的実証を目指します。

付記

本研究の一部は、科学研究費助成制度(19H02624)、科学技術振興機構 CREST (JPMJCR22B4、JPMJCR24R1)の支援で行われました。

用語説明

[用語1]
クローキング:物体を特殊な媒質で覆うことにより、不可視化する方法。
[用語2]
メタマテリアル:対象とする光や電磁波の波長より小さい人工構造を使って、自然界に存在しない光学的な性質を持たせた物質や材料。負の屈折率やクローキングが実現できる媒質として15年ほど前から研究が盛んに行われるようになった。
[用語3]
位相速度:波が媒質中を伝わるとき同じ位相の面(たとえば波の山や谷)が進む速度。
[用語4]
プラズモニック・クローキング:金属が光の波長領域で負の誘電率を持つ媒質であることを利用したクローキング方法。
[用語5]
電磁界解析:光学応答を解析的ではなく数値的に解く方法。任意の形状の物体に対する解が得られる。いくつかの方法があるが、ここでは、時間領域差分法(FDTD法:Finite Difference Time Domain)を使っている。
[用語6]
偏光:光の電場の振動方向。
[用語7]
STM:走査型トンネル顕微鏡(Scanning Tunneling Microscope:STM)。先が原子レベルで尖った金属製針をトンネル電流が一定となるように試料上で走査することにより試料を観察する顕微鏡。本研究では、針が尖っていることを利用して銀線の固定に用いた。

論文情報

掲載誌:
Optics Letters
タイトル:
Experimental Demonstration of Optical Cloaking of a Free-Standing Ag Nanowire
著者:
Shinichi Ikari, Mana Toma, Masayuki Shimojo, Kotaro Kajikawa

研究者プロフィール

梶川 浩太郎 Kotaro Kajikawa

東京科学大学 工学院 電気電子系 教授
研究分野:光機能性材料、ナノフォトニクス

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教授 梶川 浩太郎

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