歯髄リンパ管の立体構造を世界で初めて可視化

2025年5月16日 公開

歯の中に存在するリンパ管ネットワークとその動態を解明

ポイント

  • マウスを用いた実験により、歯の内部にもリンパ管が存在することを世界で初めて立体的に可視化しました。
  • 歯髄(しずい)のリンパ管は、歯の発達段階や炎症の有無によって数や形が変化する、動的な構造であることが判明しました。
  • 歯の中にたまる組織液は、リンパ管および細胞と細胞のすき間という2つの経路を通じて外に排出されることが確認されました。

概要

東京科学大学(Science Tokyo)大学院医歯学総合研究科 医歯学専攻 口腔機能再構築学講座 歯髄生物学分野の田澤建人助教、ミシガン大学 歯学部 う蝕・修復・歯内療法学講座の佐々木元准教授、岩手医科大学 歯学部 口腔医学講座 歯科医学教育学分野(前 解剖学講座 機能形態学分野)の藤村朗教授らの研究チームは、歯髓内にリンパ管が存在し、炎症刺激などに応じてその構造が動的に変化することを明らかにしました。

これまで、歯の中にある歯髓にリンパ管が存在し機能しているかどうかは、明確には分かっていませんでした[参考文献1]。本研究では、蛍光タンパク質[用語1]を用いた遺伝子改変マウス[用語2]Prox1-eGFPマウス[用語3])と、組織透明化技術[参考文献2、3]を組み合わせることで、歯内に存在するリンパ管ネットワーク構造を世界で初めて可視化しました。

また、歯の発達に伴ってリンパ管構造が変化し、その数が減少すること、炎症刺激によってリンパ管が一時的に増加することを明らかにしました。さらに、歯に取り込まれた墨汁粒子の動きを観察することで、細胞間の隙間が組織液の移動経路となっていること、そして歯内のリンパ管が組織液の排出に関与していることを突き止めました。

本研究は、歯髓にリンパ管が存在するかどうかという、長年にわたり続いていた論争に対して、新たな視覚的証拠を提示するものです。 加えて、炎症刺激に応じたリンパ管構造の可逆的変化や、間質液の排出経路の可能性を明らかにしたことにより、歯髓の恒常性維持や病態理解に新たな知見を提供しました。

今回の成果は、再生歯髓におけるリンパ管機能の評価や、歯の炎症時にリンパ管を介して移動する抗原提示細胞の動態解析など、今後の基礎研究の発展に貢献することが期待されます。将来的には、組織再生やリンパ浮腫など、リンパ管の再構築が求められる疾患分野への応用研究にもつながる可能性があります。

研究成果は国際科学誌「International Endodontic journal」において、2025年4月25日にオンライン版で掲載されました。

本研究の発見

発達過程および環境変化による歯髄リンパ管の変化

図1. 歯髄の状態に応じたリンパ管の変化

背景

歯の中には、神経や血管が通る「歯髄」と呼ばれる柔らかい組織があります。しかし、エナメル質や象牙質といった硬い組織に囲まれているため、歯髄内の圧力調整、すなわち組織液の排出が困難となっています。

通常、身体の他の組織では、余分な組織液や老廃物はリンパ管を通じて排出されます。しかし、従来の観察技術では歯髄にリンパ管が存在するという確かな証拠を得ることができず、その有無については長年にわたって議論されてきました。

本研究では、透明化技術と遺伝子改変マウス(Prox1-eGFPマウス)を組み合わせることにより、歯の中に存在するリンパ管を立体的に観察することに世界で初めて成功し、その構造と変化の様子を明らかにしました。

研究成果

本研究では、透明化技術と遺伝子改変マウス(Prox1-eGFPマウス)を組み合わせることにより、歯の中のリンパ管を立体的に観察することに、世界で初めて成功しました。

その結果、歯の発生初期には歯髄内に豊富なリンパ管ネットワークが存在する一方で、発育に伴いその数は徐々に減少し、成熟した歯では断片的な構造のみが残ることが明らかとなりました。一方、炎症を模した軽度の刺激を加えると、リンパ管が一時的に再活性化され、その構造も明瞭になることが確認されました。

さらに、墨汁を用いた実験からは、歯髄内の組織液がリンパ管および細胞間隙(細胞と細胞のすき間)という2つの経路を通じて歯の外へ排出されることが明らかになりました。

これらの成果は、歯の中のリンパ管が「必要なときに再活性化される動的な存在」である可能性を示しており、歯髄の恒常性維持や再生において重要な役割を担っていることを強く示唆しています。

社会的インパクト

これまでその存在が明確にされていなかった「歯の中のリンパ管」を可視化し、その変化のしくみを明らかにした本研究は、歯髓の恒常性維持や病態の理解に新たな知見を提供しました。

特に、歯髄炎や外傷などによって炎症が生じた際に、リンパ管が一時的に再構築されることが示されたことで、歯髄の炎症反応や再生過程におけるリンパ管の役割に、今後ますます注目が集まることが期待されます。

今後の展開

今後は、歯髄リンパ管の形成および再活性化を制御する仕組みの詳細を解明することが重要になります。

再生歯髄におけるリンパ管の機能や、炎症時における免疫細胞の動態との関連を明らかにすることで、歯髄の再生医療や炎症制御における新たな治療戦略の基盤が築かれることが期待されます。

さらに、歯にとどまらず、リンパ管の再構築や機能回復が求められる他の疾患(例:リンパ浮腫)への応用に向けた研究展開も見込まれます。

付記

本研究は、アメリカ国立衛生研究所 研究費助成事業および東京医科歯科大学(現 東京科学大学)医歯学系重点研究領域の支援を受けて実施されました。

参考文献

[1]
Wiśniewska K, Rybak Z, Szymonowicz M, Kuropka P, Dobrzyński M (2021) Review on the Lymphatic Vessels in the Dental Pulp. Biology (Basel) 10(12).
[2]
Choi I, Chung HK, Ramu S et al. (2011) Visualization of lymphatic vessels by Prox1-promoter directed GFP reporter in a bacterial artificial chromosome-based transgenic mouse. Blood 117(1), 362-365.
[3]
Jing D, Zhang S, Luo W et al. (2018) Tissue clearing of both hard and soft tissue organs with the PEGASOS method. Cell Research 28(8), 803-818.

用語説明

[用語1]
蛍光タンパク質:Prox1はリンパ管に発現するタンパクでリンパ管を同定するためのマーカーとして使用される。
[用語2]
遺伝子改変マウス:ある特定の遺伝子を人為的に操作することで、体の中で特定のたんぱく質を作ったり、光る目印(蛍光タンパク質)を発現させたりできるマウス。
[用語3]
Prox1(Prospero-related homeobox 1 protein)-eGFP マウス:Prox1遺伝子を発現する細胞が蛍光タンパク質を発現するように遺伝子を組み替えたマウス。

論文情報

掲載誌:
International Endodontic Journal
タイトル:
Dental pulp lymphatic vessel dynamics during tooth development and pulp stimulation in rodents
著者:
Kento Tazawa, Di Chen, Akira Fujimura, Philip King, Hajime Sasaki

研究者プロフィール

田澤 建人 Kento TAZAWA

東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 医歯学専攻
口腔機能再構築学講座 歯髄生物学分野 助教
研究分野:歯髄生物学、歯内療法学

藤村 朗 Akira FUJIMURA

岩手医科大学 歯学部 口腔医学講座 歯科医学教育学分野 教授
(前 解剖学講座 機能形態学分野 教授)
研究分野:口腔解剖学

Di CHEN

ミシガン大学医学部 微生物学・免疫学分野
(Department of Microbiology & Immunology, University of Michigan Medical School)
研究分野:微生物学、免疫学

Philip KING

ミシガン大学 医学部 微生物学・免疫学分野 教授
(Professor, Department of Microbiology & Immunology, University of Michigan Medical School)
研究分野:微生物学、免疫学

佐々木 元 Hajime SASAKI

ミシガン大学 歯学部 う蝕・修復・歯内療法学講座 准教授
(Associate Professor, Department of Cariology, Restorative Sciences & Endodontics, University of Michigan School of Dentistry)
研究分野:歯髄生物学、口腔免疫学、歯内療法学

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