どんな研究?
肝臓は、食べ物をエネルギーに変えたり、体の中の毒を分解したりする「体の化学工場」のような臓器です。私たちが生きていくために欠かせない重要な役割を担っています。しかし、そんな大切な臓器であるにも関わらず、肝臓の病気を研究するのはこれまでとても難しいことでした。なぜなら、本物のヒト肝臓の細胞は手に入りにくく、また、試験管の中で肝臓の細胞を培養することも困難だったからです。
この問題解決に挑んだのが、東京科学大学(Science Tokyo)の柿沼晴 (かきぬま・せい)教授や朝比奈靖浩(あさひな・やすひろ)教授らの研究チームです。柿沼教授らは、ヒトiPS細胞から肝臓のミニチュアをつくり出すことに成功しました。このミニ肝臓は、iHO(アイ・エイチ・オー)」と名づけられ、試験管の中で培養できる新しい人工肝臓モデルです。
ここが重要
これまでの人工肝臓モデルは寿命が短かく、働く肝臓として十分に機能しませんでした。ところが、今回開発されたiHOは、3か月以上も安定して培養でき、しかも本物の肝臓そっくりに働くのです。
その秘密は、胆汁酸(たんじゅうさん)と呼ばれる肝臓で作られる特別な液体にあります。研究チームは、この胆汁酸を細胞に加えることで、まるで「あなたは肝臓の細胞として働きなさい」という指令を出すように作用させることに成功しました。その結果、細胞は長期間にわたって肝臓らしい機能を維持できるようになったのです。
実際に形成されたiHOでは、グリコーゲンの貯留や脂肪の取り込みなど、本物同様の働きが確認されました。さらに、肝炎ウイルスの感染や増殖も再現でき、これまで人の体でしか観察できなかった病気の進行を、試験管の中で再現できるようになったのです。
今後の展望
このミニ肝臓iHOは、病気の研究や新薬の開発、副作用の検証など、医療研究のあらゆる場面での応用が期待されています。これまでは、高価で入手も難しい本物の肝細胞を使って薬の試験を行っていました。しかし、iHOなら大量に、しかも安定した品質で作ることができるため、創薬の進め方そのものを大きく変える可能性があります。
将来は、患者さん自身の細胞からiHOをつくり、その人に最も合う薬や治療法を探す「個別化医療」や、肝臓の再生医療への応用が見込まれています。
研究者のひとこと
iHOの登場によって研究がさらに進み、肝臓病への新しい治療法の開発に貢献できることを期待しています。
(柿沼晴:東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 疾患生理機能解析学分野 教授)
小さな研究の積み重ねがが、肝臓病の謎を解き、未来の治療への道を拓くと信じています。医療に貢献できる研究を、これからも一歩ずつ積み重ねていきます。
(朝比奈靖浩:東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 消化器病態学分野 教授)
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