ポイント
- 複数カメラをまたいだ人物追跡での誤認識を抑える新アルゴリズムを開発
- 「位置関係」と「見た目の特徴」による判定で、現場ごとの追加学習なしでの高精度な追跡を実現
- 防犯・交通・施設管理現場で即時に低コストで導入できる技術として期待
概要
東京科学大学(Science Tokyo)工学院 システム制御系の田中正行教授、奥富正敏特任教授らの研究チームは、日本電気株式会社との共同研究により、複数の防犯カメラをまたいで人物を追跡する際に生じやすい誤認識を、現場ごとの追加学習なしに抑えられる新しいアルゴリズムを開発しました。
駅や商業施設、交通機関など、カメラを用いた広域防犯が求められる現場では、追跡対象の人物が人ごみや遮蔽物によって一時的に見えなくなると、カメラの映像内に再び現れたときに別人として記録されてしまうという、ID誤認識の問題がありました。
そこで研究グループは、同じ場所を複数のカメラで異なる角度から同時に捉えることで、1台のカメラで死角に入っても、別のカメラの情報から同一人物と判断し、高精度の人物追跡を可能にするアルゴリズムを開発しました。今回開発した手法は、カメラの位置関係から幾何学的に計算するエピポーラ距離[用語1]と、AIの画像認識技術を使って人物の見た目を数値化した外観特徴[用語2]を、「幾何学的関係が一定の基準を満たした場合に限り、見た目の情報を判定に用いる」という条件付きで組み合わせている点が特徴です。この仕組みにより、カメラの設置台数が従来と比べて少ない構成でも、既存手法に匹敵する精度を達成しました。
本成果は、駅や商業施設での防犯・迷子や行方不明者の捜索支援、交通結節点での人の流れの把握など、幅広い現場での活用が期待されます。
本成果は、2026年8月17日(現地時間)より開催されているコンピュータビジョン分野の国際会議「International Conference on Pattern Recognition(ICPR)2026」にて発表されました。
(上)単一カメラのみで捉える場合:遮蔽をきっかけに同一人物へ新しいIDが割り振られてしまう(IDスイッチ[用語3]発生)
(下)複数カメラで同時に捉える場合:複数カメラの映像を組み合わせることで、片方のカメラで死角に入っても、もう一方のカメラの情報から同一人物と判断し、IDを保ったまま追跡できる。
背景
駅構内やショッピングモール、空港、イベント会場などでは、単一のカメラでは死角が生じるため、複数カメラをまたいだ広域防犯が不可欠となっています。しかし、対象人物を単一カメラのみで一方向から捉えると、人ごみや棚・什器による遮蔽によって対象が一時的に画角から消えた場合に、同じカメラでその人物が再度検出されたときに「別人」として新しいIDが割り振られてしまう、「IDスイッチ」が起こりやすくなります。こうしたID誤認識は、不審者の追跡漏れや事故発生時の初動対応の遅れにつながったり、迷子や行方不明者の効率的な捜索を阻んだりするなど、現場の安全対策に直接関わる問題です。
ID誤認識を防ぐには、複数のカメラで同じ場所を同時に別の角度から捉えておくことが有効です。ある1台のカメラで死角に入っても、別のカメラの映像から同一人物であると判断し、IDを保ったまま追跡を続けられる可能性があります(図1)。近年は大規模データセットを用いて、カメラ間の対応関係を学習する手法も登場しています。しかし、膨大な量のラベル付き学習データが必要となることや、学習時に使ったカメラ台数・配置を運用時にも維持しないと精度が落ちるという制約があり、現場ごとに再学習や再調整のコストがかさむ点が実用化の障壁となっていました。そのため、防犯・交通・施設管理などさまざまな現場では、こうした導入コストの高い技術に頼らずに、少数のカメラでも安定して機能する省コストな追跡技術へのニーズが高まっています。
研究成果
本研究では、「幾何学的一致度」と「見た目の一致度」という、性質の異なる2つの手がかりを、追加学習に頼らず数式ベースで直接組み合わせるというアプローチを採用しました。各カメラの映像はまず、単一カメラ向けの追跡処理にかけられ、いくつかの短い追跡区間(トラックレット[用語4])に分けられます。その上で、最も長く安定しているトラックレットを基準に選び、他カメラの映像内の候補人物と位置関係・見た目の両方で照合し、同一人物と判定されたものを1つの記録に統合していきます(図2)。
エピポーラ距離は、カメラの配置や角度から、あるカメラで検出された人物が別のカメラの画像上のどこに映るべきかを幾何学的に予測し、実際の検出位置とのズレを評価します。これは「位置が幾何学的に整合しているか」という、「幾何学的一致度」を判定する手がかりとなり、遮蔽の影響を受けにくい一方、似た配置の人物同士を取り違えるリスクがあるという特徴があります。一方、外観特徴では、AIの画像認識技術を用いて人物の見た目の特徴を数値化し、服装や体格などの視覚的な手がかりを捉えて、検出した人物の「見た目の類似度」を計算することができますが、照明条件やカメラ視点の違いに弱いという課題もあります。この2つの類似度を、カメラAで検出した人物を基準に、別カメラの候補それぞれについて並行して計算します(図3)。
本研究では、この2つの類似度を「エピポーラ距離が一定の閾値を下回った場合に限り、外観特徴の類似度スコアを採用する」という条件付き融合の形で組み合わせました。単純な平均や重み付け和ではなく、幾何学的に妥当な候補だけを外観照合の土台に乗せる仕組みにすることで、2つの手法それぞれの弱点を補い合う設計となっている点が、この手法の技術的な独自性です。
さらに、複数のカメラから得られる断片的な追跡結果(トラックレット)の中で「最も長く安定して追跡できているトラックレット」を基準として用いて、時間的に重なる候補と順番に照合・統合していくという反復的なマッチング手順を採用しました(前掲図2)。これにより、従来と比べて少ない設置カメラ数でも、既存手法に匹敵する精度を達成することが可能であり、少ないカメラ台数や追加学習なしという運用コストの低さを保ったまま高精度化を実現できます。
社会的インパクト
本成果は、駅や商業施設における防犯や迷子・行方不明者の捜索支援、交通結節点での人の流れの把握、イベント会場での混雑事故の予防など、複数カメラによる映像解析が必要とされる幅広い現場での活用が期待されます。現場ごとの追加学習を必要としないため、即時に低コストで導入できる点が、防犯・交通・施設管理に関わる人々にとってメリットであり、社会的にも大きな意義がある技術だと言えます。
今後の展開
今後は、より多台数・広範囲のカメラネットワークへの拡張や、屋外・混雑環境など多様な条件下での頑健性向上を進めていきます。特に、遮蔽が著しい環境における検出精度の向上や、長時間・広域にわたる人物の行動解析への応用が期待されます。
これにより、駅や商業施設での防犯や迷子捜索支援、交通結節点での人流管理、イベント会場での混雑事故の予防などの用途で、現場ごとの追加学習コストを抑えながら即時導入できる技術として幅広く活用されることが見込まれます。
用語説明
- [用語1]
- エピポーラ距離:2台のカメラの位置関係から導かれる幾何学的な制約に基づき、一方のカメラで検出した対象が別のカメラの画像上どの位置に現れるはずかを計算し、実際の検出位置とのズレを数値化したもの。
- [用語2]
- 外観特徴:AIの画像認識技術を用いて、人物の服装や体格といった見た目の情報を数値化したもの。
- [用語3]
- IDスイッチ:遮蔽などにより一時的に見えなくなった人物が再び検知された際、別人として新しいIDが割り振られてしまう現象。
- [用語4]
- トラックレット:単一カメラの映像から得られる、途切れ途切れの短い追跡区間のこと。
論文情報
- 掲載誌:
- International Conference on Pattern Recognition(ICPR)2026(査読付き国際会議)
- タイトル:
- Multi-Camera Multi-Object Tracking Based on Epipolar Distance and Appearance Similarity
- 著者:
- Masamune Oka, Masayuki Tanaka, Takashi Shibata, Masatoshi Okutomi
研究者プロフィール
田中 正行 Masayuki Tanaka
東京科学大学 工学院 システム制御系 教授
研究分野:画像処理、コンピュータビジョン
奥富 正敏 Masatoshi Okutomi
東京科学大学 工学院 システム制御系 特任教授
研究分野:画像処理、コンピュータビジョン