ポイント
- マイクロRNA(miRNA)[用語1]-27aは、ヒト歯髄幹細胞[用語2]の硬組織形成細胞(骨や歯を作る細胞)への分化を促進することが明らかになりました。
- miRNA-27aを導入したヒト歯髄幹細胞を骨内に移植すると、骨形成が促進されることを確認しました。
- miRNA-27aを含むマイクロRNAを活用することで、歯髄幹細胞などの間葉系幹細胞[用語3]を用いた硬組織の再生が、より効率的に行える可能性が期待されます。
概要
東京科学大学(Science Tokyo) 大学院医歯学総合研究科 医歯学専攻 口腔機能再構築学講座 歯髄生物学分野の川島伸之准教授、Yu Ziniu(ヨ・シニュ)大学院生、興地隆史教授らの研究チームは、マイクロRNA(miRNA)-27aが、硬組織形成細胞へと分化誘導したヒト歯髄幹細胞において高レベルで発現することを明らかにしました。そこで、ヒト歯髄幹細胞にmiRNA-27aを導入したところ、硬組織形成細胞への分化を促進する細胞内情報伝達機構であるWnt(ウィント)[用語4]シグナルおよびBMP(骨形成タンパク質)[用語5]シグナルに対して、miRNA-27aがそれらを抑制する因子の作用を弱めることで、分化を促進することを解明しました。さらに、miRNA-27a導入したヒト歯髄幹細胞をマウスの頭蓋骨に人工的に作成した骨欠損部へ移植したところ、骨形成が促進されることを発見しました。
これらの知見は、硬組織の再生を促進するためのmiRNA-27aの臨床応用の可能性を示しており、歯や頭蓋顔面組織の再建に向けた有望な治療法の開発につながることが期待されます。
本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業および科学技術振興機構の支援を受けて実施され、その成果は国際科学誌「Journal of Translational Medicine」において、2025年2月16日にオンライン版で掲載されました。

直径2.5 mmの骨欠損部をマウス頭蓋骨に2カ所作成し、miRNA-27aを導入したヒト歯髄幹細胞(miR-27a)または、導入していないヒト歯髄幹細胞(NC)を移植しました。移植後14日および28日にマイクロCTを用いて骨欠損部を観察したところ、miRNA-27aを導入したヒト歯髄幹細胞を移植した部位では、新しい骨が形成され、欠損部が縮小していることが確認されました。
背景
マイクロRNA(miRNA)は、遺伝子の働きをエピジェネティック[用語6]に制御することで、細胞分化に重要な役割を果たします。miRNAが歯髄組織における炎症の制御や組織の治癒に関与している可能性が高いものの、その詳細は十分には解明されていません。
これまでの研究により、ヒト歯髄細胞では、グラム陰性細菌が産生する内毒素による刺激によりmiRNA-27aの発現が増加することが確認されています。本研究では、以下の2点について検討しました。
- ヒト歯髄幹細胞にmiRNA-27aを導入すると、WntおよびBMPシグナル伝達を介して硬組織形成細胞への分化が促進されるかどうか
- miRNA-27aを導入したヒト歯髄幹細胞が、生体内で新しい骨形成を誘導するかどうか
研究成果
miRNA-27aは、硬組織形成細胞へ分化誘導されたヒト歯髄幹細胞において高発現することが確認されました。さらに、ヒト歯髄幹細胞にmiRNA-27aを過剰発現させると、硬組織形成細胞としての性質がより強く現れ、逆にmiRNA-27aを抑制すると分化が抑えられることが明らかになりました。
また、miRNA-27aがWntシグナルを抑える因子(DKK3)やBMPシグナルの働きを妨げる因子(SOSTDC1)の産生を抑えることで、ヒト歯髄幹細胞の硬組織形成細胞への分化を促進することを解明しました。
さらに、miRNA-27aを導入したヒト歯髄幹細胞をマウスの頭蓋骨に形成した骨欠損部へ移植したところ、新しい骨の形成が促進されることを発見しました。
社会的インパクト
本研究により、硬組織形成細胞の分化を制御する主要なシグナル経路であるWntおよびBMP経路の誘導にmiRNA-27aが関与することを明らかにしました。さらに、miRNA-27aを導入したヒト歯髄幹細胞を移植することで、生体内で硬組織の形成を促進できることを初めて示しました。
これらの成果は、歯や頭蓋顔面を含む硬組織の誘導や再建への応用が期待され、再生医療や組織工学の分野における新たな治療法の開発につながる可能性があります。
今後の展開
本研究により、miRNA-27aを導入したヒト歯髄幹細胞の移植が、生体内での硬組織形成を促進することが明らかになりました。今後は、miRNA-27aをどのように臨床応用するかについて、さらに検討を進める必要があります。
その一つのアプローチとして、miRNA-27aを取り込ませた細胞外小胞[用語7](エクソソームなど)を作成し、それを組織または細胞に投与する方法を考えています。さらに、より効率的な硬組織の誘導を実現するため、miRNA-27aと同様の機能を持つ複数のmiRNAを同時に活用する可能性についても検討を進めています。
付記
本研究は、文部科学省 科学研究費助成事業 24K12909ZA、24K19891ZA、23K15994ZA、22K09960ZA、科学技術振興機構次世代研究者挑戦的研究プログラム(JST SPRING)51BA216012、51BA216023、51BA216002の支援を受けて行われました。
用語説明
- [用語1]
- マイクロRNA(miRNA):標的遺伝子の発現を制御する、サイズが19~25塩基の短いRNA分子。
- [用語2]
- 歯髄幹細胞:歯髄組織(歯の内側に存在する非石灰化結合組織)内に少数存在する間葉系幹細胞の一種。
- [用語3]
- 間葉系幹細胞:成人の骨髄、脂肪組織、歯髄などに存在し、脂肪細胞や骨細胞など多様な細胞・組織に分化する能力を持つ幹細胞。
- [用語4]
- Wnt(ウィント):さまざまな細胞の増殖や分化に関わる糖タンパク質。特に骨形成において重要な役割を果たす。
- [用語5]
- BMP(骨形成タンパク質):骨の形成を促進するタンパク質。さまざまな細胞の機能を調節するが、特に骨組織の分化に関与する。
- [用語6]
- エピジェネティック:DNAの塩基配列を変えずに化学的な修飾を加えることで、遺伝子の働きを調節するメカニズム。
- [用語7]
- 細胞外小胞:細胞が分泌する小胞の総称。ターゲット細胞に取り込まれ、情報伝達を担う。特に直径50~150ナノメートルのものをエクソソームと呼び、近年ドラッグデリバリーの手法として注目されている。
論文情報
- 掲載誌:
- Journal of Translational Medicine
- タイトル:
- MicroRNA-27a transfected dental pulp stem cells undergo odonto/osteogenic differentiation via targeting DKK3 and SOSTDC1 in Wnt/BMP signaling in vitro and enhance bone formation in vivo
- 著者:
- Ziniu Yu, Nobuyuki Kawashima, Keisuke Sunada-Nara, Shihan Wang, Peifeng Han, Thoai Quoc Kieu, Chunmei Ren, Sonoko Noda, Kento Tazawa & Takashi Okiji
研究者プロフィール
Ziniu YU(ヨ・シニュ)
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 医歯学専攻
口腔機能再構築学講座 歯髄生物学分野 大学院生
研究分野:歯髄生物学

川島 伸之 Nobuyuki KAWASHIMA
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 医歯学専攻
口腔機能再構築学講座 歯髄生物学分野 准教授
研究分野:歯髄生物学、歯内療法学

興地 隆史 Takashi OKIJI
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 医歯学専攻
口腔機能再構築学講座 歯髄生物学分野 教授
研究分野:歯髄生物学、歯内療法学
