どんな研究?
DNAは、さまざまな遺伝情報が集められた巨大な図書館のようなものです。細胞は、その中から必要な部分だけをRNAに書き写し、そのRNAを使って体に必要なパーツであるタンパク質を作り出します。このRNAに書き写す作業は転写と呼ばれ、それを担うのがRNAポリメラーゼIIという分子です。
RNAポリメラーゼIIが本格的に働き始めるとき、この分子のしっぽの一部にあるSer2という場所に「仕事中」であることを示す目印がつきます。それが、リン酸という小さな化学物質です。この仕事中を示す目印を観察するには、細胞の活動を止めた状態にして、リン酸を可視化する化学処理を施すのがこれまでの方法でした。つまり、生きた細胞の中で起こる変化は見ることができませんでした。
そこで東京科学大学(Science Tokyo)の木村宏(きむら・ひろし)教授らの研究チームは、「その瞬間を止めて見る」方法ではなく、「細胞内での活動を止めずに動きを追う」方法に挑戦することを選びました。そこで着目したのが、転写が進行しているときだけ現れる目印と、それに結合する抗体を元に作りだした蛍光を持つタンパク質「ミントボディ」です。木村教授らは、このミントボディを全身に持つマウスを作り出したのです。その結果、生きたマウスの体内のいたる所で起こる転写の現場を直接光らせることに世界で初めて成功しました。
ここが重要
暗い部屋で無数の光がまたたくように、細胞の核の中では、遺伝情報の転写作業が活発に行われます。脳や肝臓、腎臓など、ほぼすべての組織で、数百〜数千個もの光の点、つまり転写作業中のポリメラーゼIIの存在を知らせるリン酸に結合したミントボディの蛍光が観察されました。
さらに面白いのは、細胞の種類によって光の数が大きく違うことです。たとえば、ウイルスなどから体を守ったり、体の中の異常を見つけたりする免疫細胞のひとつであるT細胞の場合、光の点は多くみられますが、別の免疫細胞である好中球は少ないなど、役割に応じて違いがはっきり見えました。これは、遺伝情報の転写をどれだけ活発に行うかが、細胞ごとに違うことを示しています。
また、成長途中や分化中の細胞では転写が非常に活発だけど、成熟した細胞では転写作業が落ち着いている様子も見られました。精巣では、精子がつくられる過程で転写がほとんど行われなくなる瞬間まで、動的な活動を追跡できました。
今後の展望
この技術は、発生や分化といった生命の基本的な仕組みを理解する強力な道具になります。さらに、がんや老化のモデルマウスと組み合わせれば、病気の細胞では、通常の細胞と比べて、転写がどう違うのかを直接見ることができます。
また、薬が転写にどう影響するかを評価する新しい方法としても期待されており、創薬研究や免疫研究への応用も広がるでしょう。
研究者のひとこと
これまでは培養細胞の転写を観ていましたが、生体組織での転写の様相は極めて多様であることがわかりました。遺伝子が働く様子を目の当たりにできるようになったことで、これまで知ることができなかった生命現象の具体的な描像を掴むことができるようになりました。今回開発した技術は、どのような生物にも応用可能なので、今後の転写や遺伝子発現の研究に大いに役立つと考えています。
(木村宏:東京科学大学 総合研究院 細胞制御工学研究センター 教授)
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