ポイント
- 膜の変形に応答して活性化する脂質スクランブラーゼTMEM63BのC末端領域に、活性化を抑える「自己抑制ドメイン」が存在することを発見
- 自己抑制ドメインの一部が失われるとTMEM63Bが恒常的に活性化し、細胞膜リン脂質の非対称性が破綻することを解明
- TMEM63B変異によるてんかん性脳症や神経変性疾患の発症機構の理解と、新たな治療標的の探索につながる成果
概要
東京科学大学(Science Tokyo)総合研究院 難治疾患研究所 医化学分野の西村萌大学院生(研究当時)、宮田佑吾講師、瀬川勝盛教授らの研究グループは、京都大学の野村紀通准教授、横浜市立大学の西澤知宏教授らと共同で、膜変形応答性脂質スクランブラーゼ[用語1]TMEM63Bを休止状態に保つ新たな自己抑制メカニズムを発見しました。
研究グループはこれまでに、TMEM63Bが細胞膜[用語2]の厚さや曲率などの「膜の物性変化」に応答して活性化され、細胞膜リン脂質を双方向に移動させるスクランブラーゼとして機能すること、さらに、ヒトの発達障害や神経変性を伴う神経疾患の原因となるTMEM63B遺伝子変異が、スクランブル活性を異常に亢進させることを報告してきました。
本研究では、この異常活性化と病態との関係を理解する上で鍵となる「TMEM63Bは通常どのように不活性状態を維持しているのか」という課題に取り組みました。TMEM63Bに結合して開状態を誘導するモノクローナル抗体YN9303 24に着目し、その認識部位と機能的意義を詳細に解析した結果、TMEM63Bの細胞質側C末端領域に存在する特定のアミノ酸配列(AQVLQDモチーフ)が、スクランブラーゼを不活性状態に保つ「自己抑制ドメイン」として機能していることを明らかにしました。特に、この領域のごく一部を欠失させたり点変異を導入したりするだけで、TMEM63Bが恒常的に活性化し、細胞膜リン脂質の非対称性分布を崩壊させることが示されました(図1)。
これらの結果は、TMEM63B変異によって生じるヒト神経疾患においても、C末端領域を含む構造変化や自己抑制機構の破綻が、細胞膜脂質分布の異常や神経細胞機能障害に関与している可能性を示唆しています。今回明らかになったTMEM63Bの活性化・抑制メカニズムは、これらの疾患の発症機構の解明や、新たな治療標的の探索につながることが期待されます。
本成果は、6月4日付で「Journal of Biological Chemistry」誌に掲載されました。
TMEM63Bは通常不活性化
(上)C端末の自己抑制ドメインは細胞質の2つのヘリックス(タンパク質を支える梁のような構造)と動的に相互作用している。
(下)C端末の自己抑制ドメインを失うと細胞質側の構造が乱れ活性化し膜脂質をスクランブルする。
背景
真核細胞の細胞膜はリン脂質二重層からなり、内層にはホスファチジルセリン(PS)[用語3]やホスファチジルエタノールアミンが、外層にはホスファチジルコリン(PC)[用語4]やスフィンゴミエリン(SM)[用語5]が偏って分布する「リン脂質の非対称性」を示します。この非対称性は、ATP依存的にリン脂質を一方向へ輸送するフリッパーゼ[用語6]によって厳密に維持されています。一方、アポトーシスや血液凝固、筋細胞融合、膜小胞の放出などの際には、ATP非依存的な脂質スクランブラーゼが活性化され、リン脂質が双方向に移動することで、この非対称性は急速に失われます。
OSCA/TMEM63ファミリーは、もともと機械刺激応答性イオンチャネルとして同定されたタンパク質群ですが、近年、本研究グループらはTMEM63Bが膜の厚さや曲率などの膜物性変化に応答する膜構造応答性脂質スクランブラーゼであることを見出しました。前回の研究では、TMEM63Bの病原性点変異が、ヒトにおいて発達障害や神経変性を伴うてんかん性脳症を引き起こすこと、さらに変異タンパク質が膜構造の変化とは無関係に恒常的に活性化し、細胞膜リン脂質の非対称分布を崩壊させることを明らかにしました。
しかし、正常なTMEM63Bがどのような仕組みで不活性(オフ)状態を維持し、どのような構造変化を経て活性(オン)状態へ移行するのか、その詳細な分子機構は明らかになっていませんでした。一方、研究グループは前回の研究において、マウスTMEM63Bに対するモノクローナル抗体YN9303‑24がTMEM63Bタンパク質を「オン」状態へ誘導することを見出しており、この未解明の仕組みを解明する重要な手がかりになると期待されていました。
研究成果
本研究ではまず、YN9303‑24の認識部位を明らかにするため、TMEM63Bのキメラタンパク質やC末端の段階的切断変異体、内部欠失変異体などを体系的に作製し、抗体結合性を解析しました。その結果、YN9303‑24はTMEM63Bの細胞質側C末端尾部に結合し、特にAQVモチーフ(アミノ酸773–775番)が主要な認識部位であることが明らかになりました。
次に、このC末端尾部の機能的意義を調べるため、AQVに続くLQDモチーフ(776–778番)に欠失変異を導入しました。その結果、この変異体TMEM63Bを発現した細胞では、定常状態においても細胞膜外側へのPS露出が認められ、蛍光標識PCの取り込みも大きく増強されることが分かりました。さらに、LQDモチーフのうちロイシン776のみをアラニンに置換した変異体においても、膜刺激がない条件で強い構成的脂質スクランブリング活性が観察されました。一方、グルタミン777およびアスパラギン酸778の置換は、スクランブラーゼ活性に大きな影響を与えませんでした。
これらの結果から、C末端尾部のAQVLQDモチーフ、特にロイシン776が、TMEM63Bを休止状態(不活性状態)に保つ自己抑制スイッチとして機能していることが示されました。
さらに、前回決定されたクライオ電子顕微鏡による開状態構造を再解析した結果、AQVLQDモチーフは細胞質側において、膜表面近傍に存在する2つの保存されたヘリックス(タンパク質を支える梁のような構造)に隣接して位置していることが明らかになりました。また、ロイシン776は、これらヘリックスに存在する複数の疎水性残基(Tyr276、Val278、Leu281、Val354など)に囲まれていました。
一方、閉状態構造ではC末端尾部に対応する電子密度が検出されず、高い柔軟性を持つことが示唆されました。これらのことから、C末端尾部は細胞質ヘリックスと疎水性相互作用を介して動的に結合・解離しながら、TMEM63Bの不活性状態を維持していると考えられます。
本研究では、C末端尾部と細胞質ヘリックスとの相互作用が、TMEM63Bスクランブラーゼのオン・オフを切り替える「自己抑制スイッチ」として機能するという新たなモデルを提唱しました。
社会的インパクト
本研究は、さまざまな疾患や生命現象に関与する膜変形応答性脂質スクランブラーゼが、どのように不活性状態を維持しているのかを明らかにしたものであり、膜生物学および細胞生物学の基礎的理解を深める重要な成果です。
また、TMEM63Bの病原性変異が、発達障害や神経変性を伴うてんかん性脳症などの神経疾患の原因となることが示されている中、本研究で正常な自己抑制メカニズムが明らかになったことは、TMEM63B関連神経疾患の発症機構を分子レベルで理解する上で重要な一歩となります。
今後の展開
今後は、発達障害や神経変性を伴うてんかん性脳症患者で同定されたTMEM63B変異体を用いて、ヒト病原性変異がC末端自己抑制ドメインの機能や動態にどのような影響を及ぼすのかを解析する予定です。これにより、TMEM63B関連神経疾患の発症メカニズムの理解が進み、将来的な治療標的の探索につながることが期待されます。
付記
本研究は、科学研究費助成事業(JP23K05762、JP21H02682、JP22H05186、JP26H02411)、日本医療研究開発機構、共同研究拠点事業、大隅基礎科学創成財団、東レ科学振興会、武田科学振興財団、サントリー生命科学財団などの助成を受けて行われました。
用語説明
- [用語1]
- スクランブラーゼ:細胞膜のリン脂質を、膜の内外の層の間で双方向にランダムに輸送する膜タンパク質。
- [用語2]
- 細胞膜:細胞を外部環境から隔てる薄い膜。主にリン脂質二重層から構成され、細胞に必要な物質の出入りを制御するとともに、細胞内外の情報伝達にも重要な役割を果たす。
- [用語3]
- ホスファチジルセリン(PS):細胞膜を構成するリン脂質の一種。通常は細胞膜の内側(細胞質側)の層に多く存在する。負の電荷を持ち、膜タンパク質の局在やシグナル伝達の足場として重要な役割を果たす。アポトーシスや脂質スクランブラーゼの活性化によって外側の層に露出すると、「食べられマーカー」として機能し、貪食細胞による死細胞の除去を促進する。
- [用語4]
- ホスファチジルコリン(PC):細胞膜を構成する主要なリン脂質の一つ。リン脂質の中で最も豊富に存在し、生体膜の形成に不可欠な分子である。
- [用語5]
- スフィンゴミエリン(SM):スフィンゴ脂質の一種で、細胞膜の外層に豊富に存在する。細胞膜の物性やバリア機能の維持に重要な役割を果たす。
- [用語6]
- フリッパーゼ:細胞膜のリン脂質を外層から内層へ輸送する膜タンパク質。主にホスファチジルセリンなどを内側へ運び、細胞膜のリン脂質非対称性の維持に重要な役割を果たす。
論文情報
- 掲載誌:
- Journal of Biological Chemistry
- タイトル:
- Autoinhibition of the mechanosensitive lipid scramblase TMEM63B by its C-terminal tail
- 著者:
- Megumi Nishimura, Yugo Miyata, Yu Shiraki, Risa Kuribayashi, Norimichi Nomura, Tomohiro Nishizawa, Katsumori Segawa