冷やすほど強くなる磁石のダイオード効果

2026年7月17日 公開

量子ゆらぎと「近藤効果」が生む新現象を理論的に予言

ポイント

  • カイラル磁性体において、量子ゆらぎの影響により非相反電流が低温で対数温度依存性を示すことを理論的に発見
  • この対数温度依存性の微視的機構が磁気モーメントの量子ゆらぎによる近藤効果であることを解明
  • 量子効果を用いた磁気デバイスの基礎理論としてスピントロニクスへの応用に期待

概要

東京科学大学(Science Tokyo)理学院 物理学系の石塚大晃准教授らの研究グループは、量子ゆらぎ[用語1]局所磁気相関[用語2]の協奏効果により非線形電気伝導度(非相反電流[用語3])に特徴的な対数温度依存性が生じることを理論的に示しました。

カイラル磁性体では、磁気モーメント[用語4]が渦状に巻いたスキルミオンや螺旋(らせん)状態などに代表される不思議な磁気状態を生じることが知られており、次世代スピントロニクスや量子技術への応用が期待されています。こうした技術応用につながると考えられている現象の1つが非相反電流です。従来の理論研究は磁気モーメントを古典局在スピンで近似してきましたが、MnSiなどのカイラル磁性体における実験では量子ゆらぎの影響が示唆されており、その理論的解明が求められていました。

本研究では、磁気モーメントの量子ゆらぎを考慮した計算手法を構築し、量子ゆらぎの影響によって非線形電気伝導度σ (2) (非相反電流の応答係数)に対数温度依存性 σ (2) ∝log⁡T が現れることを示しました。さらに、この機構を詳細に解析し、近藤効果[用語5]による磁気散乱の増幅が対数温度依存性の起源であることを明らかにしました。

本成果は、磁性金属における量子ゆらぎの効果が非線形輸送特性に与える影響について新しい理論的枠組みを与えるものであり、量子効果によるスピントロニクス素子の性能向上へと応用されることが期待されます。

本研究成果は、米国物理学誌「Physical Review Letters 」に2026年7月15日(米国東部時間)に掲載されました。

背景

スキルミオンや螺旋磁性体などの磁気モーメントがつくる構造は、磁気メモリや論理演算デバイスへの応用が期待されており、その輸送特性の理解は重要な研究課題です。特に、ベクトル・カイラリティ[用語6]に起因する非相反電流は、カイラル磁性体の電気的検出や非相反デバイスへの応用の観点から注目されています。この非相反電流は、多くの場合、電場(E )の二乗に比例する電流 J∝E2 として現れる非線形応答です。この効果は、図1にあるようなベクトル・カイラリティと関連した非対称磁気散乱[用語7]や電子状態の磁気秩序によって引き起こされます。

図1. ベクトル・カイラリティを持つ2スピン(各図の青で示したスピン)による非対称磁気散乱の模式図。スピンの回転方向(巻き方)によって入射電子(e)の後方散乱の散乱確率が異なるため、電流の向きにより流れやすさが異なる非相反性が生じる。

これまでの理論研究では、磁気モーメントを古典局在スピンで近似しており、量子ゆらぎが輸送特性に与える影響は無視されてきました。一方、カイラル磁性体MnSiなどの近年の実験において量子ゆらぎが非相反電流に顕著な影響を与える可能性が指摘されておりました。こうしたことから、量子ゆらぎとカイラル磁気相関[用語8]が共存する系における、非線形応答の振る舞いを理論的に明らかにすることが求められていました。

研究成果

本研究では、カイラル磁気相関を持つ磁性体において伝導電子が2つのスピンによって散乱される過程を、グリーン関数法と散乱理論に基づくボルツマン理論の2通りの手法を用いて理論的に解析しました。スピン間のベクトル・カイラリティが非対称な散乱(非相反散乱)を生み出すことに着目し、量子ゆらぎを取り込んだ計算を行いました。

その結果、この新しい効果から非線形電気伝導度 σ (2) に対数温度依存性 log ⁡T が現れることを発見しました(図2)。さらに、この対数温度依存性の起源を詳しく解析すると、磁気モーメントの量子ゆらぎによる量子補正過程が主要な寄与をしていることが明らかになりました。この機構は、磁性不純物を持つ金属で観測される近藤効果による電気抵抗の対数温度依存性 ρ ∝log⁡T と類似しており、近藤効果によく似た量子効果がカイラル磁性体の非相反応答にも現れることを示しています。さらに、非相反電流がベクトル・カイラリティの符号と外部磁場の方向に対して感度を持つことも確認されました。

図2. 非相反応答の温度依存性。低温にいくほど量子効果が効き(橙線)、従来の理論に比べて非相反電流が大きくなる。

本研究成果は、量子ゆらぎと局所スピン相関が協奏的に非自明な輸送特性を生み出すことを理論的に示した初めての成果であり、カイラル磁性体の量子効果の理解に新たな視点を与えます。

社会的インパクト

本研究は、これまで古典的なスピンとして近似されてきた磁性体中の磁気モーメントについて、その量子的なゆらぎが非相反電流に無視できない影響を与えることを、理論的に明らかにしました。さらに、この現象が「近藤効果」という確立した量子多体物理を通じて理解できることを示し、カイラル磁性体の輸送現象と近藤物理という2つの研究分野を結びつける基礎的な成果です。

とりわけ、量子ゆらぎに由来する対数温度依存性 log(T) は、緩和時間やスピン構造の変化による温度依存性とは区別できる特徴的な"指紋"です。これは、非相反電流を測定することで物質中の微妙な量子多体相関を捉えられることを意味しており、量子効果を検出・評価するための新しいプローブとなることが期待されます。こうした知見は、磁性体を用いた次世代スピントロニクスや量子技術の基盤となる可能性があります。

今後の展開

本研究で構築した計算手法は、MnSiをはじめとするカイラル磁性体への適用が広く期待されます。今後は、実験で観測される非相反電流の温度依存性と理論との比較による検証を進めることで、理論、実験の両面においてカイラル磁性体における量子ゆらぎの効果の解明が期待されます。また、より複雑な電子構造やスピン構造を持つ系への拡張など、理論のさらなる発展が期待されます。

付記

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(JP23K22418、JP25H00841)および科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 さきがけ(JPMJPR2452)の支援の下、実施されました。

用語説明

[用語1]
量子ゆらぎ:量子力学的不確定性に起因する磁気モーメントのゆらぎ。古典的な磁気モーメントの描像では無視されるが、低温や小スピン系では重要な役割を果たし、非自明な現象をもたらすことがある。
[用語2]
局所磁気相関:隣り合う磁気モーメントは相互作用によって同じ方向(強磁性)を向いたり、逆方向(反強磁性)を向いたりする。このように、一定の配置をとろうとする傾向を局所磁気相関という。
[用語3]
非相反電流:電流の向きによって流れやすさが変わるダイオードのような効果。磁性体では、電場(E )の二乗に比例する電流(J = σ E +σ (2) E2 の第二項)として現れる。
[用語4]
磁気モーメント:磁石の中では、原子一つ一つが、小さな磁石としての性質を持つ。この原子の磁石の強さや向きを表すベクトル(矢印のように向きと長さを持つ量)を磁気モーメントという。
[用語5]
近藤効果:磁性不純物を含む金属において低温で電気抵抗が増大する現象。磁性不純物の磁気モーメントの量子ゆらぎに起因する電子の散乱が対数温度依存性 log(T) を生み出す。本研究では、類似した散乱過程がカイラル磁性体の非相反電流にも現れることを示した。
[用語6]
ベクトル・カイラリティ:隣り合う2つの磁気モーメントSi , Sj のベクトル積 χij =Si × Sj で定義される量。磁気モーメントが特定の回転方向(カイラリティ)をもって配列するかどうかを表し、非相反輸送現象と密接に関係する。
[用語7]
非対称磁気散乱:不純物や磁気構造に電子を入射した際、電子が散乱される(跳ね返される)確率が右から入射した場合と左からの場合で異なることがある。このような散乱を非対称磁気散乱という。特に、電流の流れやすい高伝導度金属では異常ホール効果や非相反電流の主要なメカニズムとなる。
[用語8]
カイラル磁気相関:隣り合う磁気モーメント間に存在するカイラル(右手系または左手系)な量子相関。スキルミオンや螺旋磁性体などのカイラル磁気構造を特徴づけ、非相反輸送現象の起源となる。

論文情報

掲載誌:
Physical Review Letters
タイトル:
Kondo Effect in Nonreciprocal Response
著者:
Hajime Murata and Hiroaki Ishizuka*
*Corresponding author

研究者プロフィール

石塚 大晃 Hiroaki Ishizuka

東京科学大学 理学院 物理学系 准教授
研究分野:物性理論

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