ポイント
- 通常の磁化を持たない非磁性材料において異常ホール効果を初めて観測
- 特定の非磁性材料では極めて大きな異常ホール効果が現れることを定量的に実証
- 軌道磁化に基づく電子物性の開拓や次世代デバイスへの応用研究に期待
概要
東京科学大学(Science Tokyo)理学院 物理学系の打田正輝准教授の研究グループは、同 石塚大晃准教授の研究グループと共同で、通常の磁化を持たない非磁性材料における異常ホール効果[用語1]の観測に初めて成功しました。
ホール効果は、磁場や磁化に垂直な面内で電子の進む向きが曲げられる現象として、電子物性の理解やデバイス応用の基礎を支えてきました。これまでに、金などの非磁性材料での正常ホール効果[用語2]や、鉄などのスピン磁化[用語3]を持つ磁性材料でのより複雑な異常ホール効果が知られています。さらに最近の理論研究では、非磁性材料においても異常ホール効果が現れる可能性が示唆されていますが、その成分が明確に観測された例はありませんでした。
本研究では、トポロジカル物質の一種であり、非磁性材料でありながら特異な電子構造を持つディラック半金属[用語4]に着目しました。分子線エピタキシー法という結晶成長手法によってディラック半金属Cd3As2の高品質な薄膜を作製し、面内磁場を印加した電気伝導測定を行いました。その結果、面内磁場の回転に対する3回回転対称性[用語2]や非単調な磁場依存性などの特徴的な振る舞いという形で、軌道磁化[用語6]が顕在化した異常ホール効果が定量的に観測され、その異常ホール角[用語7]は非常に高い値になることがわかりました。
本成果は、非磁性材料におけるホール効果の常識を覆すものであり、軌道磁化に基づく電子物性の開拓や次世代デバイスへの応用研究への展開が期待されます。
本研究成果は、米国物理学会誌「Physical Review Letters」に2025年9月2日(米国東部時間)にオンライン掲載されました。
背景
電子の進む向きが曲げられる「ホール効果」は、固体中での電子の振る舞いを理解するうえで極めて重要な現象です。この効果は、電子の伝導状態の本質的理解を支えるとともに、ホールセンサ[用語8]をはじめとする多様なデバイス応用へとつながっています。ホール効果の研究の歴史は古く、今からおよそ150年前、金などの非磁性材料において「正常ホール効果」が発見されたことに始まります。そのわずか数年後には、鉄などの磁性材料で、より複雑な「異常ホール効果」が報告され、電子の伝導と磁性との関係に新たな視点がもたらされました。これらのホール効果を引き起こすためには、一般的には、電流とホール電圧の向きが定める面に垂直な「面直磁場」あるいは「面直磁化」が必要です(図1左、中央)。このことは、電子が磁場から受けるローレンツ力の向きを考えることで直感的に理解できます。
さらに、最近の理論研究では、スピンによる磁化を持たない非磁性材料においても、外部磁場によって誘起される磁化が異常ホール効果を引き起こす可能性が示唆されています。しかし、この異常ホール効果の成分は通常の正常ホール効果に埋もれる形で現れるため、これまで明確に観測されることはなく、見落とされきました。こうした中で、打田准教授の研究グループは、電流とホール電圧の向きが定める面に対して平行な「面内磁場」を用いるという新たな発想により、磁性材料において、スピン磁化とは独立に軌道磁化が顕在化した異常ホール効果の観測に成功しました(2024年12月2日プレスリリース「面内磁場によるホール効果の発見-軌道磁化に基づく電子物性の開拓に道筋-」[参考文献1])。この面内磁場を用いる新しい手法では、ローレンツ力に基づく正常ホール効果が現れません。そこで本研究ではこの手法を用いて、非磁性材料においても異常ホール効果の成分を独立に検出することを目指しました(図1右)。

研究成果
非磁性材料における異常ホール効果の観測
本研究では、非磁性材料における異常ホール効果を面内磁場によって検出するために、トポロジカル物質の一種であるディラック半金属に着目しました。ディラック半金属は非磁性材料ですが、バンド構造[用語9]における特異点であるワイル点が縮退してディラック点[用語10]を形成しており、磁場によってワイル点が分裂し、バンド構造が大きく変化することで、大きな異常ホール効果が生じていると考えられます。なかでも、理想的なディラック半金属であるCd3As2は、フェルミレベル[用語11]近傍にディラック点のみを持つため、顕著な効果が期待されます。
本研究では、分子線エピタキシー法を用いて高品質なCd3As2薄膜を作製し、精密な電気伝導測定を通じて、面内磁場による異常ホール効果の観測に成功しました。この測定では、面内磁場の角度を60度変化させるごとに異常ホール抵抗率の符号が反転し、明瞭な3回回転対称性が現れました(図2左)。また、面内磁場を掃引しながら異常ホール抵抗率を測定したところ、極めて特異で非単調な磁場依存性が確認されました(図2右)。

非磁性材料における異常ホール効果の理解
今回、Cd3As2薄膜で観測された異常ホール効果は極めて大きく、その異常ホール角は2.4%という非常に高い値になることが明らかになりました。これは、非磁性材料においても、電子の波束の回転運動に相当する軌道磁化が面直方向に強く現れることを意味しています。また理論計算からは、面内磁場による異常ホール効果が、通常の面直磁場による効果を上回る可能性があることも示されました。
社会的インパクト
異常ホール効果はこれまで、磁性材料に特有の現象として研究が進められてきました。しかし本研究では、面内磁場を用いることで、非磁性材料においても異常ホール効果を定量的に検出できることを初めて実証しました。これはディラック半金属に限らず、さまざまな非磁性材料に適用可能な手法であり、従来の常識を覆す発見です。本成果は、ホール効果の理解を大きく拡張するものです。今後、より高温でも顕著な面内異常ホール効果を示す非磁性材料の探索が進めば、ホールセンサなど次世代デバイスへの応用にもつながると期待されます。
今後の展開
今回の成果は、非磁性材料においても軌道磁化に起因する異常ホール効果が発現し、物質によってはその効果が非常に大きくなることを示しています。本研究を契機として、軌道磁化に基づく電子物性の解明に加え、それを活用したホールセンサなどの次世代デバイスへの応用研究がさらに大きく進展していくことが期待されます。
付記
本研究は、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業(JPMJFR202N)、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 さきがけ(JPMJPR2452)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(JP22K20353、JP23K13666、JP23K03275、JP24H01614、JP24H01654、JP25H00841、JP25K17947)、豊田理化学研究所ライジングフェロー制度、村田学術振興・教育財団助成、「東工大の星」特別賞【STAR】、池谷科学技術振興財団助成の支援のもと実施されました。
参考文献
- [1]
- A. Nakamura et al., Physical Review Letters 133, 236602 (2024)
用語説明
- [用語1]
- 異常ホール効果:ホール効果のうち、磁化を持つ物質において外部磁場とは異なる形で電子の進行方向が曲げられる効果のこと。
- [用語2]
- 正常ホール効果:ホール効果のうち、外部磁場によるローレンツ力によって電子の進行方向が曲げられる効果のこと。
- [用語3]
- スピン磁化:電子の自転運動であるスピンに由来する磁化。
- [用語4]
- ディラック半金属:トポロジカル物質の一種で、バンド構造における特異点であるワイル点が、ディラック点として縮退して現れる。
- [用語5]
- 3回回転対称性:120度の回転ごとに同じ状態を示す性質のこと
- [用語6]
- 軌道磁化:電子の軌道運動に由来する磁化で、バンド構造に内在する量子幾何学的性質を反映する。
- [用語7]
- 異常ホール角:異常ホール効果によって電子の進行方向が曲がる角度を表し、異常ホール効果の大きさの指標となる。
- [用語8]
- ホールセンサ:ホール効果を利用して磁場の向きと大きさを電気信号として検出するセンサ。
- [用語9]
- バンド構造:電子が波としてふるまう性質をもとに、固体中での波数とエネルギーの関係を示したもの。
- [用語10]
- ディラック点:波数とエネルギーが線形の関係を持つ複数のバンドが一点で交差した点。
- [用語11]
- フェルミレベル:電子によって占有されたバンドのエネルギーの最大値。物質の伝導状態を決める要因となる。
論文情報
- 掲載誌:
- Physical Review Letters
- 論文タイトル:
- Anomalous Hall Effect in the Dirac Semimetal Cd3As2 Probed by In-plane Magnetic Field
- 著者:
- Shinichi Nishihaya, Hiroaki Ishizuka, Yuki Deguchi, Ayano Nakamura, Tadashi Yoneda, Hsiang Lee, Markus Kriener, and Masaki Uchida*
*corresponding author - DOI:
- 10.1103/5d7l-mr7k
研究者プロフィール
西早 辰一 Shinichi NISHIHAYA
東京科学大学 理学院 物理学系 助教
研究分野:物性実験
石塚 大晃 Hiroaki ISHIZUKA
東京科学大学 理学院 物理学系 准教授
研究分野:物性理論
打田 正輝 Masaki UCHIDA
東京科学大学 理学院 物理学系 准教授
研究分野:物性実験
関連リンク
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