どんな研究?
多くの材料は、厚みがあるほどしっかりしていて、薄くなると曲がりやすくなります。たとえば、紙やアルミホイルは厚みがあるとしっかりしていますが、1枚だとすぐに曲がったりしわになったりします。
ところが、そんな「薄い=やわらかい」という常識をくつがえすような材料があります。それが、「グラフェン」と呼ばれる原子1個分の厚さしかない、極限まで薄いシート状の物質です。グラフェンは、まるで薄い布のように簡単に形を変えられて柔らかいのに、とても丈夫で破れにくいという不思議な性質を持っています。実はこの性質こそが、ナノテクノロジーの分野で注目されている理由なのです。

グラフェンは炭素原子がきれいに並んだ2次元の平らなとても薄い材料です。このグラフェンに、「ディスクリネーション(回位)」と呼ばれる特別な「原子の並びのズレ」が入ると、そのズレを頂点として周辺が平面ではなく円錐(えんすい)形になったり、反り返ったサドル型に変形します。このように形を変えたグラフェンは平らなグラフェンとは一味違う性質や機能を持つナノ炭素材料として知られています。例えばセンサーや超微細なナノバネへの応用が期待されており、このことがグラフェンに注目が集まる理由です。
ナノ炭素材料を使う際には、それがどのくらい丈夫なのかは重要なポイントです。しかし、平らではないグラフェンがどのくらい強く、また、どのくらいの力で変形するのかを知るのは、これまではとても難しい課題でした。実験では測定が難しく、シミュレーションでも結果にばらつきがあって、どれを参考にすればいいのか判断できなかったのです。
ここが重要
東京科学大学(Science Tokyo)の雷霄雯(らい・しょうぶん)准教授らを中心とする研究チームでは、原子レベルの動きを再現する分子シミュレーションと、薄膜の湾曲のエネルギーを説明する理論を組み合わせることで、ディスクリネーションによって平らではなくなったグラフェンの曲がりやすさを正確に数値化する新しい方法の開発に成功しました。
特に面白いのは、次の3つの発見です。
(1)ディスクリネーションが1つだけ入ったグラフェンでは、その形が円すい型でもサドル型でも、しなやかさはほとんど変わらないことがわかりました。つまり、見た目の形がどうであれ、「ズレ」が1つだけなら、曲がりやすさにはそれほど差が出ないのです。
(2) 2つのディスクリネーションが近くにある場合、ディスクリネーションに挟まれた領域が極端に柔らかくなり、まるで「ぺらぺらの紙」のように簡単に曲がってしまうことが明らかになりました。
(3) さらに、2つのディスクリネーションの距離が離れていくと、曲がりやすさはだんだん安定し、一定の値に落ち着くこともわかりました。
つまり、ディスクリネーションをたくさん入れれば良いというわけではなく、その配置や距離によってグラフェンの性質が大きく変わることが初めて分かったのです。
今後の展望
この成果は、グラフェンのような超うす材料を使った新しいナノデバイスやセンサーの開発に役立ちます。たとえば、自由に形を変えられるナノバネや柔らかい電子回路、衝撃に強くしなやかな新素材、外からの刺激に反応して変形するナノスイッチやアクチュエーターなど、未来の「形が変わるスマート材料」の設計に向けた大きな一歩です。
研究者のひとこと
今回の研究で、目には見えない原子のズレが、グラフェンという薄い材料のしなやかさを決めていることがわかりました。これは、未来の材料デザインの基本になる発見です。小さな世界のしくみを明らかにし、ナノテクノロジーを駆使して次世代の技術を切り拓いていきたいと思っています。
(雷霄雯:東京科学大学 物質理工学院 材料系 准教授)

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