どんな研究?
毒ガスとして知られるシアン化水素(HCN)は、実は、生命の誕生を考える研究では、とても重要な物質です。DNAやRNA、アミノ酸、脂質など、生命をつくる基本材料を生み出す出発点になるからです。
1950年代のユーリー・ミラーの実験以来、HCNは初期地球の大気中にあったメタン(CH4)から作られたと考えられてきました。しかしその後、初期地球にはそれほど多くのCH4が存在しなかった可能性が高いことが示されました。すると、「生命の材料になるHCNはいったいどこから来たのか?」という大きな疑問が残ります。
そこで東京科学大学(Science Tokyo)の中村龍平(なかむら・りゅうへい)教授らの研究チームは、初期地球に豊富にあったと考えられるアミノ酸に注目しました。そして海底の熱水噴出孔(チムニー)近くの沈殿物や地球外から飛来した隕石由来の鉱物など、38種類の鉱物を調べた結果、「二酸化マンガン(MnO2)」という鉱物が、アミノ酸を酸化する反応に関与し、その反応生成物としてHCNを作り出すことを発見しました。しかも、生命誕生前の地球のように、酸素ガスが存在しない、温和な水の中で反応が進みました。
研究では、最も単純なアミノ酸であるグリシンだけでなく、ほかのさまざまなアミノ酸や短いペプチドも、MnO2と反応してHCNを生成する材料になることが確かめられました。つまり、生命の材料であるアミノ酸そのものが、別の生命材料であるHCNを生み出していたのかもしれないのです。
ここが重要
この実験が明らかにしたことは、CH4が少なかった初期地球でも、生命の材料を作る化学反応が進む可能性があったことです。過去の研究では、アミノ酸からアンモニア(NH3)や二酸化炭素(CO2)はできても、HCNはほとんどできませんでした。また、電気を使って反応を起こす特殊な実験では、金や白金の電極表面に固定されたシアン基(-CN)ができることは確認されていましたが、生命材料づくりに必要な「自由に反応できるHCN」ではありませんでした。
今回の研究では、MnO₂という鉱物が特別な役割を果たしましたが、研究チームは、「HCNが本当にアミノ酸から生まれたのか」、「アミノ酸のどの部分がHCNに変わったのか」を念入りに調べました。グリシン(NH₂CH₂COOH)は、最も単純なアミノ酸で2つの炭素(C)を持っています。そこで、それぞれの炭素に「目印」をつけて反応を追跡しました。すると、HCNになるのはCH₂部分の炭素だとわかりました。これは、MnO₂がアミノ酸のCH₂部分に特別に働きかける、これまで知られていなかった反応であることを示しています。
今後の展望
この研究は、「生命はどのように始まったのか」という根本的な問いに挑戦したものです。メタンに頼らないHCN生成ルートが見つかったことで、初期地球だけでなく、火星など別の惑星で生命をつくる材料が生まれる可能性を考える手がかりにもなります。
また、応用面でも期待されています。HCNは工業的に重要な化学物質で、金属の抽出や化学製品の合成にも使われています。今回の反応を利用すれば、植物由来のアミノ酸から有用化学物質を作る「バイオマス利用技術」や、より持続可能な資源採掘技術につながる可能性があります。
研究者のひとこと
ユーリー・ミラー実験は、約70年にわたり生命起源の研究に大きな影響を与えています。しかし、その前提であるメタンの存在には疑問がありました。こうした中での今回の発見は、これまでの通説を大きく変える可能性があります。また、生命起源に迫る研究ですが、同時に未来の化学や環境技術にもつながる成果です。
(中村龍平:東京科学大学 未来社会創成研究院 地球生命研究所 教授)
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