ポイント
- 樹状細胞(DC)は、抗原特異的な免疫応答を開始する上で不可欠な細胞であり、大部分は骨髄系の細胞から分化すると考えられてきました。
- 本研究では、リンパ球系細胞を追跡・識別可能なマウスを作製し、解析を行いました。
- その結果、リンパ球系に由来するDC(リンパ球系DC)が、肺や皮膚などのバリアー組織に特に多く存在することを発見しました。
- リンパ球系DCは、骨髄系DCよりも、免疫反応を抑える機能やアレルギー反応を誘導する機能が優れていました。
概要
東京科学大学(Science Tokyo)総合研究院 難治疾患研究所の樗木俊聡教授と金山剛士准教授らの研究チームは、金沢医科大学の小内伸幸教授との共同研究により、免疫の司令塔である樹状細胞(DC)[用語1]の新種を発見しました。通常のDCの起源が骨髄系[用語2]であるのに対し、このDCはリンパ球系[用語3]に由来し、肺や皮膚などのバリアー組織に多数存在していました。そして、免疫反応を抑える機能やアレルギー反応[用語4]の誘導を促す機能に優れていました。
DCは、抗原特異的T細胞[用語5]を活性化させることで、特定の抗原を排除する役割を担っています。抗原を取り込んで消化・分解し、近くのリンパ節に移動してT細胞に抗原を提示し、活性化を促します。DCは、感染症だけでなく自己免疫疾患[用語6]やがんなど、さまざまな疾患における免疫応答に関与しています。全ての血液細胞は、その分化経路(起源)の違いにより、骨髄系またはリンパ球系に分類されます。骨髄系には顆粒球、単球・マクロファージ、赤血球などが含まれ、リンパ球系には T細胞、B細胞、NK細胞などが含まれます。これまで、大部分のDCは骨髄系に属すると考えられていました。
本研究では、リンパ球系細胞を追跡・判別できる系統追跡マウス[用語7]を新たに作製・解析し、バリアー組織である肺や皮膚において、大部分がリンパ球系DCであることを明らかにしました。さらに、リンパ球系DCは免疫反応の抑制やアレルギー反応の誘導に優れ、独自の分化経路を持つことが示唆されました。
本成果は、6月6日(米国東部時間14時)に「Science Advances」誌にオンライン掲載されました。
背景
DCは、体内で最も強力な抗原提示細胞[用語8]であり、抗原に出会ったことのないT細胞(ナイーブT細胞)を活性化するために不可欠な存在です。DCによって活性化されたT細胞は、実際に免疫応答を担うキラーT細胞[用語9]やヘルパーT細胞[用語10]へと分化します。
DCは、病原体由来の抗原だけでなく、自分の細胞に由来する自己抗原[用語11]や、がん細胞に由来するがん抗原なども提示するため、さまざまな疾患において功罪両面の働きを持ちます。
DCは、抗原提示能に優れた従来型DC(cDC)[用語12]と、核酸を認識して大量のI型インターフェロンを産生する形質細胞様DC(pDC)[用語13]に分類されます。しかし、pDCには抗原提示能がない(あるいは極めて低い)ことから、国際免疫学連合のDC・単球委員会(樗木が委員)は、pDCはDCではなく自然リンパ球に分類すべきであると提唱しています(以下、cDCをDCと記載)[参考文献1]。
DCを含む全ての血液細胞は、造血幹細胞(HSC)[用語14]から分化・供給されますが、その分化経路(起源)の違いにより、骨髄系またはリンパ球系に分類されます。骨髄系には顆粒球、単球・マクロファージ、赤血球などが含まれ、リンパ球系には T細胞、B細胞、NK細胞などが含まれます。これまで、DCは骨髄系に属すると考えられてきましたが、最近、ごく一部のDCがリンパ球系に由来することが示唆されていました。ただし、リンパ球系DCの分布や機能、分化経路の詳細については、これまでほとんど明らかにされていませんでした。
研究成果
研究チームは、リンパ球系細胞を未熟な段階から追跡・判別できるマウスを作製し、解析を行いました。その結果、これまでの報告通り、末梢の二次リンパ組織におけるリンパ球系DCは極めて少数でしたが、驚くべきことに、典型的なバリアー組織である肺や皮膚では、DCの大部分がリンパ球系であることが明らかになりました(図1-1)。
これらのリンパ球系DCは、従来の骨髄系DCと同等のDC関連遺伝子セットおよび細胞表面マーカーを発現し、形態的にも樹状突起を形成していました。さらに、リンパ球系DCは、リンパ球細胞に特徴的な遺伝子セットも弱く発現しており、これは骨髄系DCには見られない特徴でした。

また、骨髄系DCおよびリンパ球系DCの単一細胞RNAシーケンス解析[用語15]を行なったところ、大部分のクラスターは両者に共通していたものの、リンパ球系DCのみに存在するクラスターが二つ同定されました。一つは未熟なリンパ球系DC、もう一つはcDC2[用語16]でした。
実際に、末梢の二次リンパ組織では、(1)CD11c(DCマーカー)とCD19(B細胞マーカー)の両方を発現する細胞が存在すること、(2)それらは未熟なリンパ球系DCであり、成熟するにつれてCD19の発現が消失すること、(3)リンパ球系DCの分化経路には、pre-DC[用語17]を経由する経路(骨髄系DCと同様)と、pre-DCを経由しない経路の両方が存在することが明らかになりました(図2)。
さらに、リンパ球系DCには興味深い機能も確認されました。前述のように、DCはナイーブT細胞(抗原に出会ったことのないT細胞)の活性化に不可欠な細胞です。骨髄系DCと比較したところ、抗原濃度が高い条件下では、リンパ球系DCは非常に優れたTh2細胞[用語18]誘導能を示しました(図1-2)。一方で、抗原濃度が低い条件下では、リンパ球系DCはナイーブT細胞の増殖誘導能が劣っていました(図1-3)。

これらの結果から、リンパ球系DCは外来抗原と出会いやすいバリアー組織に偏在しており、低濃度の抗原に対しては不必要な免疫応答を抑止すること、逆に高濃度の抗原に対してはアレルギー反応を含む過剰なTh2免疫応答を誘導する能力を持つことが示唆されました。
社会的インパクト
これまで、DCは骨髄系の分化経路から供給されると考えられてきました。研究チームは、リンパ球系細胞を追跡・判別できるマウスを作製・解析することで、リンパ球系DCの詳細を明らかにしました。
特に、バリアー組織に存在するDCの大部分がリンパ球系DCであること、そしてそれらのDCがバリアー組織の恒常性維持と過剰なアレルギー応答という、功罪両面の機能を持つ可能性を示したことは、極めて重要な意義を持ちます。
今回の発見は、全ての血液細胞の中で、DCだけが骨髄系とリンパ球系という両方の分化経路を持つことを示しています。リンパ球系DCの存在は、DCの進化を考えるうえでも意義深いものです。DCの主たる役割はナイーブT細胞の活性化であり、獲得免疫系を担うT細胞と協調的に働いていることから、DCの機能や分化経路も、脊椎動物以降に出現した獲得免疫系とともに、協調的に進化してきた可能性が考えられます。
今後の展開
今回の研究成果は、マウスを用いて得られたものであり、ヒトにおける研究は今後の課題です。ヒトでも同様のリンパ球系DCが同定され、同様の機能が確認されれば、当該DCあるいはその一部を標的としたアレルギー反応抑制技術の開発が加速することが期待されます。
付記
この研究は日本学術振興会科学研究費助成事業(23H00401、19H03486)の支援のもとで行われたものです。
参考文献
- [1]
- Ziegler-Heitbrock, L. et al. Reclassifying plasmacytoid dendritic cells as innate lymphocytes. Nat Rev Immunol. 23, 1-2 (2023).
用語説明
- [用語1]
- 樹状細胞(DC):プロフェッショナル抗原提示細胞(用語8)、あるいは「免疫の司令塔」とも呼ばれる。生体に侵入してきたウイルスや細菌由来の異物(抗原)を取り込んだ後に分解し、その断片を自身のMHC分子に結合させてT細胞に提示する。T細胞を活性化するには、MHC分子による抗原提示に加え、DCが発現する共刺激分子(CD80、86など)も必要である。
- [用語2]
- 骨髄系:造血幹細胞から分化する血液細胞の系統(起源)は、骨髄系とリンパ球系(用語3)の大きく二つに分けられる。骨髄系には、主に自然免疫に関与する顆粒球、単球・マクロファージ、樹状細胞や赤血球などが含まれる。
- [用語3]
- リンパ球系: 主に獲得免疫に関与するT細胞やB細胞に加え、NK細胞や自然リンパ球(ILC)などが含まれる。
- [用語4]
- アレルギー反応:通常は無害な物質(アレルゲン)に対して、過剰な免疫応答を引き起こす現象。I型〜IV型に分類される。
- [用語5]
- 抗原特異的T細胞:MHC分子に結合した特定の抗原のペプチド断片(抗原のペプチド・MHC複合体)を認識するT細胞。
- [用語6]
- 自己免疫疾患:免疫細胞が自己抗原(用語11)に反応し、炎症や組織障害を引き起こす疾患。
- [用語7]
- 系統追跡マウス:特定の細胞の起源や分化・移動過程を追跡可能にした遺伝子改変マウス。
- [用語8]
- 抗原提示細胞:樹状細胞のほか、マクロファージ、B細胞、胸腺上皮細胞などが含まれる。
- [用語9]
- キラーT細胞:細胞障害性T細胞とも呼ばれる。感染細胞やがん細胞が提示する抗原(MHCクラスI・抗原ペプチド複合体)を特異的に認識し、これらを破壊する。
- [用語10]
- ヘルパーT細胞:抗原提示細胞が提示する抗原(MHCクラスII・抗原ペプチド複合体)を認識して活性化された後、B細胞、キラーT細胞、マクロファージなど他の免疫細胞の機能を調節する。
- [用語11]
- 自己抗原:自らの正常な細胞や組織由来の抗原。タンパク質だけでなく、核酸、糖鎖、脂質なども自己抗原となり得る。
- [用語12]
- 従来型DC(cDC):強力な抗原提示能を持ち、ナイーブT細胞を活性化する。主要な樹状細胞であり、cDC1とcDC2に分類される(用語16参照)。
- [用語13]
- 形質細胞様DC(pDC):核酸の認識に特化した樹状細胞で、大量のI型インターフェロンを産生する。
- [用語14]
- 造血幹細胞(HSC):自己複製能と多分化能を持ち、全ての血液細胞の起源となる細胞。
- [用語15]
- 単一細胞RNAシーケンス解析:個々の細胞レベルで、遺伝子発現やゲノム情報を解析する技術。
- [用語16]
- cDC2:cDCはcDC1とcDC2に分類される。cDC1はクロスプレゼンテーションによりキラーT細胞を活性化し、Th1細胞の誘導を促す。一方、cDC2はさまざまなTh細胞(Th1、Th2、Th17、Tfh)の活性化に関与する。
- [用語17]
- pre-DC:成熟したDCになる前段階の細胞。
- [用語18]
- Th2細胞:ヘルパーT細胞の一種。IL-4、IL-5、IL-13などのサイトカインを産生し、アレルギー反応の誘導、液性免疫の促進、寄生虫感染の防御などを担う。
論文情報
- 掲載誌:
- Science Advances
- タイトル:
- Diverse developmental pathways of lymphoid conventional dendritic cells with distinct tissue distribution and function
- 著者:
- Masashi Kanayama, Yuta Izumi, Nobuyuki Onai, Takako Akashi, Yuichi Hiraoka & Toshiaki Ohteki
研究者プロフィール
金山 剛士 Masashi KANAYAMA
東京科学大学 総合研究院 難治疾患研究所 生体防御学分野 准教授
研究分野:免疫学、血液学

樗木 俊聡 Toshiaki OHTEKI
東京科学大学 総合研究院 難治疾患研究所 生体防御学分野 教授
研究分野:免疫学、組織幹細胞学

関連リンク
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