どんな研究?
多くの物質は、温度を下げると、内部の動きが静まり、きれいに整っていきます。これは「物理の常識」です。
にもかかわらず、この常識を裏切る物質があります。それが「スピングラス」です。スピングラスは、中に含まれる不純物のせいで、原子の小さな磁石(スピン)が足並みをそろえられず、バラバラな向きのまま動けなくなった磁性体です。
このスピングラスの性質を理解しようと、研究者たちは50年以上も頭を悩ませてきました。1975年には理論モデルが考え出されましたが、現実の世界でみられるスピングラスのふるまいを説明しきれませんでした。紙と鉛筆だけでは答えが出ず、研究者たちはコンピュータの中に仮想のスピングラスを作って、何度も実験を繰り返しました。
そこで頼りにされたのが、コンピュータによる大規模なシミュレーションです。研究者らは、計算機の中でスピングラス内のスピンを何度も動かし、その振る舞いを観察していました。その観察を通して知られていたのが、直感に反する2つの現象です。
(1) 再突入転移:冷やすと逆に秩序が壊れる、いわば「あべこべ」な現象
(2) 温度カオス:温度をほんの少し変えただけで状態が激変する、「大混乱」な現象
これまで、スピングラスの中で起こるこの2つの現象は異なる別々の不思議な現象として扱われてきました。
ここが重要
東京科学大学(Science Tokyo)の西森秀稔(にしもり・ひでとし)特任教授らの研究チームは、この2つの現象が実は深く結びついていることを、世界で初めて理論的に示しました。
西森特任教授らは、不純物どうしの関係を細かく調整できる新しいモデルを考案し、その振る舞いを解析しました。その結果、「もし再突入転移が起きるなら、その論理的な結果として温度カオスが必ず現れる」ことを、数学的に説明できることを明らかにしました。
では、2つの関係が分かったことにどのような意味があるのでしょうか?実は、この関係を解明したことによって、複雑な世界の未来を、理論にもとづいて予言する道が拓きます。スピングラスの場合だと、実験やシミュレーションで「再突入転移が見えた」とすれば、その後に「温度カオスがある」ことが予測できるようになったことを意味します。
しかも、計算しやすい理想的な場合だけでなく、実際の物質のように複雑な条件でもこの関係が成り立つことを示せた点も大きな前進です。
今後の展望
複雑な世界の振る舞いを説明するスピングラスの理論は、最適な答えを探す計算問題、人工知能の推論、感染症の広がりを逆算する研究など、スピングラスにとどまらず複雑で正解が見えにくい様々な問題と深く関係しています。
今回のように、数学的に筋道だった理解が進むことで、シミュレーション結果の信頼性が高まり、他分野の理論の土台も強くなります。使われた解析手法は、情報処理やデータ解析の新しい研究にも応用が期待されています。
研究者のひとこと
何十年もの間、すべての研究者が別々の謎だと思っていた2つの現象が、実は同じコインの表と裏だった。その『つながり』を数学の力で見つけ出した瞬間の興奮は忘れられません。一見するとデタラメで複雑に見える自然界の振る舞いの中にも、驚くほどシンプルで美しい秩序が隠されています。この発見の先に、まだ誰も見たことのない新しい物理の世界が広がっていると想像しています。
(西森秀稔:東京科学大学 総合研究院 基礎研究機構 特任教授)
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