どんな研究?
風邪をひいたとき、体の中では目に見えない戦いが起きています。そこでは「抗体」と呼ばれる分子が、侵入してきたウイルスや細菌にぴたりと結びつきます。
抗体は、アルファベットのY字のような形をしています。その両腕の先はセンサーとして機能しており、敵をぴたりと見つけ出します。Y字の足の部分は発信機の役割を担い、「敵がいたぞ!」という合図を免疫細胞に送ります。すると、それを目印にして、免疫細胞が敵を見つけ出し攻撃します。
抗体の中でも「IgG1」は、私たちの体に最も多く存在するタイプで、医薬品としてもよく使われています。IgG1は、2本の同じ部品が背中合わせにしっかり組み合わさることで、初めて安定して働くと考えられてきました。そして、両腕(センサー)と足(発信機)をつなぐウエスト(くびれ)にあたる部分が、敵を効率よく捕まえるためのしなやかな動きを支えています。
ところが、このウエスト部分の細かい作りについては、これまで詳しく分かっていませんでした。絶えず動いているため形を捉えにくかったからです。しかし、実はここには2本の部品を結びつける重要なポイントが隠されている可能性がありました。東京科学大学(Science Tokyo)の谷中冴子(やなか・さえこ)准教授らの研究チームは、その部分の中でも、形を左右しやすい1つのアミノ酸に注目しました。
ここが重要
そのアミノ酸を1つだけ取り除いてみると、驚きの現象が起きました。本来なら2本の部品が手をつないでY字になるはずが、それぞれの部品が変形し、1本(ハーフ)のままで安定してしまったのです。研究チームはこれを「ハーフIgG1」と名づけました(図1)。
さらに驚くべきことに、このハーフ抗体は不完全なものではありませんでした。1本だけでも安定して存在しながら、敵を見つける力は保たれており、さらに特定のタイプの免疫細胞にだけ正確に合図を送るという、独自の性質を持っていることが分かったのです。
これは、単に「抗体が半分に壊れた」のではなく、「特定の役割に特化した、新しいタイプの抗体が生まれた」ことを意味しています。
今後の展望
今回の研究によって、抗体は「必ずペアで働く」というこれまでの常識ともいえるイメージが見直される可能性があります。特定の受け取り役だけに働きかける性質を利用すれば、副作用を抑えた新しい抗体医薬品の開発につながるかもしれません。また、免疫のしくみを詳しく調べるための研究ツールとしても役立つと期待されます。
研究者のひとこと
原子レベルではわずかな違いにすぎない、たった一つのアミノ酸の変化が、分子全体の動きや性質を大きく変えていました。これまで目に留まりにくかった部分に問いを投げ続けたことが、今回の発見につながりました。体の中で起こる小さな変化の積み重ねが、大きな働きや可能性を生み出している——そのことを改めて感じています。
(谷中冴子:東京科学大学 総合研究院 フロンティア材料研究所 准教授)
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