ポイント
- 重症COVID-19患者の家族において、心的外傷後ストレス障害(PTSD)症状が26%に見られることを確認。
- PTSD症状は時間が経過しても一定の割合で継続(6ヵ月後16%、12ヵ月後23%、18ヵ月後25%)。
- 患者がICUを退室した後に遅れてPTSD症状が出現する家族が15%存在し、家族の心理的負担が顕著。
- 家族に対しても早期介入と長期的な支援の重要性を示唆。
概要
東京科学大学(Science Tokyo)※ 大学院 医歯学総合研究科 生体集中管理学分野の野坂宜之准教授と若林健二教授らの研究チームは、集中治療室(ICU)に入室した重症COVID-19患者の家族におけるPTSD(心的外傷後ストレス障害)[用語1]症状の長期的な実態を明らかにしました。本研究では、68名の家族を対象に、入室後6ヵ月、12ヵ月、18ヵ月後の追跡調査を行い、18ヵ月経過時点でも25%がPTSD症状を有していることを確認しました。
さらに、患者がICUを退室した後に遅れてPTSD症状が出現する「遅発性PTSD」が15%の家族に認められ、重症COVID-19患者の家族が長期にわたり心理的負担を抱えていることが明らかになりました。また、PTSD症状を有する家族では、健康関連の生活の質(HRQOL)[用語2]の低下も確認され、早期介入および長期的な支援の必要性が示唆されました。
本研究の成果は、ICUに入室した重症患者の退院後の支援だけでなく、その家族に対する長期的なケアの必要性を強調しており、医療現場における新たな支援策の構築に貢献することが期待されます。なお、本成果は12月18日付の「Journal of Intensive Care」誌に掲載されました。
- 2024年10月1日に東京医科歯科大学と東京工業大学が統合し、東京科学大学(Science Tokyo)となりました。
背景
集中治療室(ICU)での治療は、患者の家族にとって大きな精神的負担となることがあり、退室後も家族の生活に影響を及ぼす「家族の集中治療後症候群(PICS-F)[用語3]」と呼ばれる現象が発生します。特にCOVID-19パンデミック下では、面会制限や経済的ストレスが重なり、家族の精神的健康に深刻な影響を与えました。本研究は、COVID-19患者の家族におけるPTSD症状の長期的な経過を18ヵ月間にわたって追跡し、その実態を明らかにした重要な報告です。
研究成果
重症COVID-19患者がICUを退室した後の家族を対象に、6ヵ月、12ヵ月、18ヵ月後の追跡調査を実施した結果、PTSD症状を呈する家族がそれぞれ16%、23%、25%と、継続して一定の割合で確認されました。PTSD症状を有する家族では、健康関連の生活の質(HRQOL)を示す指標が有意に低下しており、不安やうつ症状を併発する家族も多いことが分かりました。
さらに、患者がICUを退室した後に遅れてPTSD症状が出現する「遅発性PTSD」が15%の家族に認められました。この遅発性PTSD症状を呈した家族には、早期の段階から他の心理症状(不安・抑うつ)を示す傾向があることが確認されました。
社会的インパクト
重症COVID-19患者はICUを退室した後も、さまざまな困難に直面し、その影響が長期化していることが知られています(集中治療後症候群(PICS)[用語4])。本研究では、患者だけでなく、その家族にも長期間にわたり精神的苦痛を抱える方が一定の割合で存在することが明らかになりました。これらの結果は、重症患者だけでなく、その家族に対しても長期的なサポート体制を構築する必要性を強く示唆しています。
今後の展開
本研究の成果を基に、ICUに入室した患者の家族に対する早期介入や長期的な支援体制の構築を目指します。これにより、家族が抱える心理的負担の軽減を図り、生活の質を向上させるための具体的な支援策を検討していきます。
付記
本研究はシャープ株式会社より受領した研究資金を用いて実施されました。
用語説明
- [用語1]
- 心的外傷後ストレス障害(PTSD):典型的には、命の危険や強い恐怖や不安を伴う出来事を経験または目撃した後に生じる精神障害である。主な症状として、侵入症状(トラウマの記憶が繰り返し思い出される(フラッシュバック、悪夢))、回避(関連する場所や状況を避ける)、認知・気分の変化(否定的な思考や感情、興味の喪失)、過覚醒(過剰な警戒心や不眠、怒りっぽさ)があり、日常生活に支障をきたす。
- [用語2]
- 健康関連の生活の質(Health-Related Quality of Life: HRQOL):健康状態が人の身体的、精神的、および社会的な生活の質に与える影響を評価する概念である。具体的には、病気や治療が日常生活の機能や主観的な幸福感にどのように影響するかを示す指標である。
- [用語3]
- 家族の集中治療後症候群(PICS-F):集中治療室(ICU)に入院した患者の家族が経験する主として精神的な問題を指す。特に、不安、うつ症状、および心的外傷後ストレス障害(PTSD)がよく見られる。
- [用語4]
- 集中治療後症候群(PICS):ICU退室後に患者が経験する身体的、精神的、および認知的な機能障害の総称である。具体的には、筋力低下や運動障害、不安・うつ症状、記憶力や注意力の低下などが含まれ、日常生活や社会復帰に支障をきたすことがある。
論文情報
- 掲載誌:
- Journal of Intensive Care
- 論文タイトル:
- Long-Term Prevalence of PTSD Symptom in Family Members of Severe COVID-19 Patients: A Serial Follow-Up Study Extending to 18 Months After ICU Discharge
- 著者:
- Nobuyuki Nosaka, Ayako Noguchi, Takashi Takeuchi, Kenji Wakabayashi
研究者プロフィール
野坂 宜之 Nobuyuki NOSAKA
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 生体集中管理学分野 准教授
研究分野:集中治療後症候群、小児集中治療
野口 綾子 Ayako NOGUCHI
東京科学大学 病院集中治療部 講師
研究分野:重症患者・家族の経験、人中心の医療とケア、クリティカルケア看護
竹内 崇 Takashi TAKEUCHI
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 精神行動医科学分野 准教授
研究分野:リエゾン精神医学
若林 健二 Kenji WAKABAYASHI
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 生体集中管理学分野 教授
研究分野:集中治療
関連リンク
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