頑強な水銀原子核の不思議な分裂の鍵 !?

2025年11月28日 公開

新しい五次元ランジュバンモデルで原子核の振る舞いを追跡せよ

どんな研究?

核分裂とは、原子の中心にある原子核が二つに分かれる現象です。重い原子は左右いびつに、軽い原子はきれいに半分に割れる――それがこれまでの常識でした。
ところが、水銀の同位体※用語1の中には、その常識を裏切るような割れ方をすることが明らかになりました。

たとえば、水銀(203 Hg)は、左右対称に割れます。そのため軽い原子核を持つと理解されていました。しかし、それよりも軽い原子核を持つ同位体が重い原子のように非対称に割れることが分かったのです。この現象は理論では説明できず、「謎の核分裂」として注目されていました。

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ここが重要

この謎に取り組んだのが、東京科学大学(Science Tokyo)の石塚知香子(いしづか・ちかこ)准教授を中心とする国際研究チームです。研究では、原子核の形状、ねじれやくびれ、重さのバランスなど、5つの要素を同時に最適化できる「五次元ランジュバンモデル※用語2」を提唱しました。

この方程式を使うと、原子核が分裂していく際の形状変化を刻一刻と追いかけて可視化できます。その結果、水銀同位体 180Hg原子核は非常に頑強で、高いエネルギー状態でもその形をほとんど変えないことが分かったのです。そして高いエネルギーに耐えられなくなると、変形することなく、非対称な二つの原子核に割れる様子を見せてくれました。

一方で、180Hgよりも中性子10個分だけ重い水銀同位体(190Hg)の原子核は、高いエネルギーになるにつれて形を変え、まるで大福餅を二つに引きちぎるように分かれました。つまり、180Hgに比べて、より対称に近い形で二つの原子核に割れようとしたのです。この結果は、水銀の同位体原子核で確認されていた謎の核分裂を正しく説明するものでした。さらに、五次元ランジュバンモデルは、核分裂に際して飛び出す中性子と分裂片のエネルギーの関係など、多くの重要な情報を導き出せることが分かりました。

今回の研究は、新しいランジュバンモデルによって、これまで知ることができなかった原子核のふるまいを明らかにしました。普通なら壊れてしまうだろうと思われた180Hgの原子核が、なぜかびくともしない。このような現象が、なぜ起きるのかを理解することは、日常の世界やさらに大きな宇宙のスケールで働く力の理由を統一的に説明する手掛かりになります。この研究は、そんな科学者の壮大な夢の一部なのです。

今後の展望

この研究は、軽い核種の核分裂では、原子核が安定しようとする仕組みが、ウランなどの重い原子核で見られる核分裂の特徴とは少し違うことを初めて明らかにしました。これをきっかけに、教科書の記述が見直されるほどの学問の進展につながるかもしれません。また、分裂生成物の質量やエネルギー分布の予測精度が向上することで、原子力発電の安全性評価、新元素の合成、放射線の制御、核燃料の設計など、さまざまな分野への応用が期待されます。

研究者のひとこと

核分裂はエネルギー源として生活の基盤を与える物理現象でありながら、原子核の形が時間とともにどのように変化していくかという、量子の世界の複雑な動きを扱う現象でもあります。まだわかっていないことが多く、次世代の核物理学の重要テーマの一つでもあり、本当に面白いですよ。
(石塚知香子:東京科学大学 総合研究院 ゼロカーボンエネルギー研究所 准教授)

石塚知香子准教授

用語説明

※用語1. 同位体:原子核の中にある中性子の数が異なるため、重さ(=質量)が少し違う同じ元素の原子たち。

※用語2. ランジュバンモデル:原子核が少しずつ形を変えながら分裂へ向かう様子を、揺れや動きを含めて計算し再現する数式モデル。

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