ポイント
- カプセル膜の機械的強度(硬さ)によって、膜に埋め込まれた蛍光分子の光学的応答を精密にプログラミングする新手法を確立。
- 柔らかい膜を持つナノカプセルは、0.1〜50 MPaのメガパスカル領域において極めて高い水圧感度(比率計測)を示すことを実証。
- 硬い膜を持つナノカプセルは優れた蛍光比の変化および蛍光寿命の変化を示し、深海生物や生体内の微小環境における圧力のモニタリングに有用。高解像度な蛍光寿命イメージング(FLIM)用プローブとして最適であることを発見。
概要
東京科学大学(Science Tokyo) 物質理工学院 材料系の水野隼斗助教と安楽泰孝准教授は東京農工大学の赤木友紀准教授、九州大学先導物質化学研究所の福原学教授らと共同で、ポリイオンコンプレックスべシクル(PICsome:ピクソーム)[用語1]と呼ばれる高分子ナノカプセルの膜の「硬さ(架橋度)」を制御することにより、膜内部に組み込んだ蛍光分子のピレン[用語2]が示す光学的挙動をプログラミング(設計)して、メガパスカル(MPa)級の静水圧[用語3]を測定できる全く新しいセンサー「Pyr-PICsome」の開発に成功しました。
本研究では、ナノカプセルの膜が柔らかいほど水圧変化に対して敏感に構造が変化し、ピレン分子同士が接近してエキシマ発光[用語4](約500 nm)を強めることを突き止めました。これにより、0.1〜50 MPaという深海や生体内環境に相当する圧力の変化を、光の波長比率として高感度かつリアルタイムに計測することが可能となりました。さらに、膜を硬くした設計では、圧力に応じた蛍光寿命の変化が顕著になり、背景ノイズ(生体特有の自家蛍光[用語5]など)を排除できる高度な蛍光寿命イメージング顕微鏡(FLIM)[用語6]への応用にも適していることが判明しました。
本成果は、水溶性と生物学的適合性を兼ね備えたうえに外乱の影響を受けにくいナノプローブ(ナノサイズの測定機器)として、深海微生物の生態解明や、組織浮腫・関節疾患といった圧力変化が関わる病態の微小環境における圧力分布など、海洋科学から医療・宇宙科学にいたる広範な分野に新たな測定パラダイムを切り拓くものです。
本成果は、8月15日付(現地時間)の米国化学会誌「ACS Applied Nano Materials」に掲載されました。
“Reproduced with permission from ACS Applied Nano Materials. Copyright: 2026 American Chemical Society.”
DOI:10.1021/acsanm.6c02728
背景
水圧(静水圧)は、深海底から細胞の内部にいたるまで、さまざまな環境における化学反応や生命活動に絶えず影響を与えている重要な物理因子です。近年、心筋細胞の収縮や椎間板の機械的恒常性維持など、医療・生物学分野においてもその重要性が注目されています。しかし、従来の圧力センサーはナノスケールの微小空間内の圧力を計測するには大きすぎることから、微小な水溶液環境や生物組織内の圧力をリアルタイムかつ高い空間解像度で測定する手段はありませんでした。
分子レベルの圧力センサーとして「ピレン」という蛍光染料が知られていますが、疎水性が高く水に溶けにくいことや、濃度変化によって信号が乱れてしまうという決定的な弱点があり、複雑な水環境や生体内での実用化は困難とされていました。
研究成果
研究チームは、生物適合性に優れ、膜の性質を自由にチューニングできる高分子ナノカプセル「PICsome(ピクソーム)」に着目しました。このカプセル膜の化学的な結合度(架橋濃度)を変えることで、カプセルのサイズ(約100 nm)を一定に保ったまま、膜の「硬さ(弾性率)」を 7.3〜39 pN/nm の範囲で柔軟に制御する技術を確立しました(図2)。このナノカプセル膜にピレン分子を共有結合で固定した「Pyr-PICsome」を合成し、高水圧下での特性を検証しました。
検証の結果、カプセルの「硬さ」を調整することで圧力に対する感度を自在にプログラミングできることが明らかになりました。最も柔らかい膜(7.3 pN/nm)を持つナノセンサーは、圧力を受けると膜内でピレン分子が容易に接近してエキシマ発光を効率的に生じるため、最も硬い膜(39 pN/nm)を持つものに比べて約14倍という劇的な圧力感度の向上を達成しました。
また、本ナノセンサーは完全な水溶性を有しており、塩濃度の高い海水や、タンパク質が豊富な細胞培養液中においてもカプセルが破壊・凝集することなく、極めて安定して動作するという優れた環境安定性と生物適合性を示しました。さらに、本センサーが発するエキシマ蛍光の寿命(約55〜75 ns)は、生体が放つ自然なノイズ光(自家蛍光:5 ns未満)よりも10倍以上長いため、時間的なフィルタリングを行うことで、夾雑物(きょうざつぶつ)の多い複雑な環境下でも、背景ノイズに惑わされることなく極めて正確な圧力データのみを抽出可能です。
社会的インパクト
生体のホメオスタシス(恒常性)を維持するためには静水圧のコントロールが極めて重要であり、近年の研究から、さまざまな疾患において静水圧の増大や減少がその発症に関与していること、あるいは疾患そのものによって局所的な圧力の増減が生じることが知られています。
今回開発したナノセンサーは、バルクの機器ではアクセスできなかった生体内・組織内の狙った微小部位の圧力を、非侵襲的かつ正確に読み取ることを可能にします。これにより、圧力異常が関わる特定の疾患(組織浮腫、緑内障、関節・軟骨疾患など)の超早期発見や病態プロセスの可視化など、これまでにない全く新しい診断戦略の開発に大きく貢献することが期待されます。
今後の展開
今後は、このナノセンサーの表面に特定の細胞や組織を認識する分子(リガンド)を修飾することで、標的とする病変部位の細胞間隙や細胞内微小環境の圧力をピンポイントで捉える精密なバイオイメージングツールの実用化を進めます。
また、材料の硬さを変えることで分子の光学的応答をデザインするという今回のモジュール式アプローチを応用し、圧力だけでなく他の物理・化学的刺激を同時に感知するスマートマテリアルの創出を目指します。さらに、これまで技術的限界から測定が不可能だった「深海微生物が極限環境下でどのように圧力を受容し適応しているのか」という生命科学の根源的な謎を解き明かすための、強力な基盤技術としての展開も進めていく予定です。
付記
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業 若手研究(JP25K21571)、基盤研究(A)(JP23H00545)、学術変革領域研究(JP21B204)、および(JP23K06092、JP23H04020、JP24K01536、JP24K21791)、ならびに科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業(FOREST)(JPMJFR2138)の支援を受けて実施されました。
参考文献
- [参考文献1]
- Mizuno, H.; Kitamatsu, M.; Imai, Y.; Fukuhara, G. Smart Fluorescence Materials That Are Controllable by Hydrostatic Pressure: Peptide−Pyrene Conjugates. ChemPhotoChem 2020, 4 (7), 502–507, DOI:10.1002/cptc.202000036
- [参考文献2]
- Anraku, Y.; Kishimura, A.; Kobayashi, A.; Oba, M.; Kataoka, K. Size-Controlled Long-Circulating PICsome as a Ruler to Measure Critical Cut-off Disposition Size into Normal and Tumor Tissues. Chem. Commun. 2011, 47 (21), 6054–6056, DOI:10.1039/c1cc11465d
用語説明
- [用語1]
- ポリイオンコンプレックスべシクル(PICsome:ピクソーム):プラスの電荷を持つ高分子(ポリカチオン)とマイナスの電荷を持つ高分子(ポリアニオン)を水中で混合した際に、静電気的な引力によって自発的に自己組織化して形成される中空のカプセル状ナノ粒子。水溶性や生体適合性に優れ、内部や膜内にさまざまな機能性分子を搭載できる。
- [用語2]
- ピレン:紫外線を当てると蛍光を発する多環芳香族炭化水素の一種。周囲の環境や分子同士の距離に応じて、異なる性質の光(蛍光)を放つため、環境の変化を読み取る蛍光プローブ(センサー)として広く用いられる。
- [用語3]
- 静水圧:水などの液体が静止した状態で、その中にある対象物に対して全方向から均等に掛かる圧力のこと。深海底などの極限環境だけでなく、細胞や生体組織の内部でも常に働いており、生命活動に影響を与える。
- [用語4]
- エキシマ発光:光を吸収してエネルギーが高い状態(励起状態)になった分子が、別の同じ分子と一時的に結合して複合体(エキシマ)を形成し、それが元の状態に戻る際に放つ光。ピレンの場合、分子単独の時(単量体:約380 nm)とは異なる、より長い波長(約500 nm)で発光する。本研究では、水圧によってピレン分子同士が接近し、エキシマ発光が強まる現象を利用している。
- [用語5]
- 自家蛍光:細胞や組織に含まれるタンパク質などの生体物質が、光を吸収して自然に発する蛍光。通常の蛍光観察ではノイズとして測定の妨げになる。生体の自家蛍光の寿命は非常に短い(5ナノ秒未満)ため、本センサーのエキシマ蛍光(55〜75ナノ秒)とは「光っている時間」の差を利用して明確に区別できる。
- [用語6]
- 蛍光寿命イメージング顕微鏡(FLIM):蛍光物質に短いパルス光を当てて光り始めてから、その光が減衰して消えるまでの時間(蛍光寿命)を定量的に計測し、画像化する顕微鏡技術。蛍光の「強さ(明るさ)」ではなく「時間」を測るため、測定環境の乱れやノイズの影響を受けにくく、高解像度で正確なデータが得られる。
論文情報
- 掲載誌:
- ACS Applied Nano Materials
- タイトル:
- A Programmable Nanovesicle Platform for Megapascal Pressure Sensing
- 著者:
- Mizuno, H.L.; Norimatsu, J.; Kinoshita, T.; Takechi-Haraya, Y.; Sakai-Kato, K.; Akagi, Y.; Fukuhara, G.; Anraku, Y.
研究者プロフィール
水野 隼斗 Hayato Laurence Mizuno
東京科学大学 物質理工学院 材料系 助教
研究分野:バイオマテリアル、ドラッグデリバリーシステム、ケモインフォマティクス、生体医工学
安楽 泰孝 Yasutaka Anraku
東京科学大学 物質理工学院 材料系 准教授
研究分野:高分子化学、バイオマテリアル、ナノテクノロジー、ドラッグデリバリーシステム