ガラスの「見えない秩序」がテラヘルツ帯の揺らぎを決める

2025年4月21日 公開

ガラスは原子が無秩序に結びついた構造を持ちますが、X線や中性子線を用いると、わずかな周期構造が観測されます。東京科学大学(Science Tokyo)総合研究院フロンティア材料研究所の気谷卓助教と筑波大学、大阪大学、東京大学、立命館大学、および京都大学の研究グループは、この隠れた周期性(見えない秩序)が、ガラスの物性に影響を及ぼすテラヘルツ帯の揺らぎ(振動特性)を決定する重要な要因であることを明らかにしました。

概要

ガラスは一見すると無秩序に結びついた原子の集合体ですが、X線や中性子線を用いて観察すると、わずかに周期的な構造「第一尖鋭回折ピーク(FSDP)」が観測されます。また、ガラスのテラヘルツ(THz)帯の振動として観測される「ボゾンピーク(BP)」は、低熱伝導性や機械的性質、THz光の吸収特性に影響を与えます。しかしながら、FSDPとBPとの関係は未解明でした。

本研究では、材料の弾性のばらつきを考慮する不均一弾性体理論により、BPの発生がFSDPと密接に関係することを見いだしました。また、理論が予測する最小の弾性不均一性とFSDPのスケールがほぼ一致し、FSDPがガラスのTHz帯振動特性を決定する重要な要因であることが示唆されました。

本研究成果は、ボゾンピークを制御した新たなガラス材料の開発につながると期待されます。

背景

ガラスは液体のように不規則な構造を持ちますが、規則性が完全に失われているわけではなく、わずかに擬周期的な構造が潜んでいます。このような「見えない秩序(擬周期的構造)」は、X線や中性子線を用いた実験において「第一尖鋭回折ピーク(First Sharp Diffraction Peak、FSDP)[用語1]」として観測されます(図1)。これは、ガラス内部の原子配置にサブナノメートル程度の中距離スケールの周期構造が存在することを示唆しています。

図1. (a)結晶の構造(上図)および構造因子(下図)。結晶では構造因子のピークが全てスパイク状となる。(b)ガラスの構造および構造因子。構造因子のうち最も低角側に現れている大きなピークがFSDP。構造因子とは、物質内部の原子の配置に関する情報を記述する指標であり、X線や中性子回折実験によって測定される。物質にX線や中性子を照射すると、一部が散乱され、干渉によって特定の波数(散乱角度)でピークを形成する。このピークのパターンを解析することで、原子の配列や秩序の程度を知ることができる。図中のデータは、小原ら、放射光(2022)より引用。

一方、ガラスの特性の一つに、テラヘルツ(THz、周波数1 THz=1012 Hz前後)帯域で観測される特徴的な原子の集団振動現象である「ボゾンピーク(Boson Peak、BP)[用語2]」があります。BPは、ガラスの低熱伝導性や微視的な塑性変形だけでなく、テラヘルツ(THz)光[用語3]の透過特性にも影響を与えます。例えば、携帯電話やラジオなどの電波が窓ガラスを透過できるのは、その周波数がBPの周波数以下の領域だからです。一方、ポスト5G(6G・7G)では、高速通信のためにTHz帯(0.1 THz~10 THz)の利用が検討されていますが、多くのガラス材料では1 THz付近から吸収が急増するため、通信への影響が懸念されています。特に、窓ガラスは1 THzを超えると吸収が非常に強くなることから、THz光の遮蔽材としても利用されることもあるほどです。このように、BPのメカニズムを理解し、その制御方法を探ることは、次世代の通信技術の実現に向けても重要な課題となっています。

しかしながら、BPの発生メカニズムには未解明な部分が多く、FSDPとの関係も明確ではありませんでした。そこで本研究では、ガラス内部のどのような構造がBPの振動を生み出しているのかを、特に周期的な構造であるFSDPに着目して調べました。

この解析には、ガラスの弾性のばらつきを考慮する「不均一弾性体理論(Heterogeneous Elasticity Theory)[用語4]」と、これを数値的に扱うためのコヒーレントポテンシャル近似(Coherent Potential Approximation、CPA)[用語5]」という手法を用いました。これにより、ガラス内部で振動がどのように伝わるのかをモデル化し、BPの振動特性を決定する要因を明らかにしました。

研究成果

本研究では、代表的なガラスであるシリカガラス(二酸化ケイ素、SiO2[用語6]グリセロール(Glycerol、C3H8O3[用語7]について、BPを定量的に解析しました。その結果、両ガラスに共通して、BPの発生には、「弾性不均一性の空間相関長」と「弾性率の変動の大きさ」という2つの因子が重要であることが分かりました。すなわち、ガラスの内部では、硬い領域と柔らかい領域が混在しています。この弾性のばらつきが、どの程度のスケールで変化しているか(空間相関長)が、BPの周波数を決める鍵であり、FSDPがナノメートルスケールの空間相関長と深く関係していることが分かりました(図2)。また、ガラス内部の硬さのばらつき(弾性不均一性の大きさ)が、BPの強度や周波数に影響を与えます。

図2. (左)シリカガラスの構造因子。最も低波数側の大きなピークがFSDPである。この波数の逆数で示されるスケールが擬周期的な構造の間隔を示す。(右)シミュレーションで生成されたシリカガラス構造と理論が予測する「最小の弾性不均一性のスケール」(白い格子の間隔)。(中央上)シリカガラスのBPスペクトル(点線)と、FSDPで観測される擬周期的な構造のスケール(波数の逆数)と理論が示す最小の弾性不均一性のスケールがどちらも約3Åであり、ほぼ一致した(中央下)。SiO2ガラスのBPデータは、Wischnewski et al, Phys. Rev. B(1998)より引用。

この関係を詳しく調べるため、シリカガラスやグリセロールの他にも、さまざまなガラスを解析したところ、理論が予測する「最小の弾性不均一性のスケール」と、FSDPで観測される擬周期的な構造のスケールがほぼ一致することが分かりました。さらに、どのガラスでも、両者のスケールはほぼ同じ大きさであることが確認されました。

つまり、「理論が予測する弾性のばらつきの最小サイズ」と「実験で観測されるFSDPの周期サイズ」が密接に関係しており、FSDPが弾性不均一性の空間相関長の起源となっている可能性があることを示唆する結果となりました。

今後の展開

本研究により、ガラスにおけるBPの発生が、「見えない秩序」=擬周期的な構造(FSDP) によって決まることが示唆されました。これは、BPの起源に関する長年の議論に対して、新たな視点を提供する重要な成果です。

今後は、より広範なガラス材料を対象に解析を行い、この関係がどの程度普遍的であるのかを確かめることが必要です。また、今回は、弾性不均一性の空間相関長がFSDPと対応していることを示しましたが、弾性率のばらつきの起源については十分に解明されていません。そのため、異なる種類のガラスや製造条件を変えた試料を用い、弾性不均一性の強さがどのように決まるのかを明らかにすることが課題となります。

本研究成果は、BPを制御することでガラスの光学特性を変えられる可能性も示唆しています。特に、THz帯の光を透過しやすいガラスの設計や、特定の周波数で光を遮断する新しい光学材料の開発などにつながる可能性があり、次世代の通信技術(6G・7G)の実現に寄与すると期待されます。

付記

本研究は、科研費(23H01139, 23K25836, 23H04495, 22K03543, 24K08045, 20H05878, 20H05881)、AGCリサーチコラボレーション、およびガラス基礎研究振興プログラムの支援を受けて実施されました。

用語説明

[用語1]
第一尖鋭回折ピーク(First Sharp Diffraction Peak、FSDP):物質の原子構造を調べる際に用いられるX線や中性子の回折実験で観測される特徴的なピークの一つ。特にガラスや液体のような非結晶質の物質において、原子の短距離秩序を反映する重要な指標となる。FSDPの位置や強度は、物質内部の原子の配置や結合の特徴を示しており、ガラスの構造解析に広く用いられている。
[用語2]
ボゾンピーク(Boson Peak、BP):ガラスやアモルファス材料に特有の振動現象で、THz領域に現れる余剰の振動状態密度を指す。これは結晶性の物質には見られない特徴であり、低温での熱伝導や機械的特性、THz光の吸収特性に影響を与える。ガラス内部の弾性不均一性によって生じると考えられているが、ガラスの物理の未解決問題の一つでもある。
[用語3]
テラヘルツ(THz)光:周波数が1 THz(1012 Hz)前後の電磁波を指し、波長は0.03 mm(30 μm)~3 mm程度のサブミリメートル領域にある。遠赤外線とほぼ同じ範囲にあり、携帯電話などに使われるギガヘルツ帯の電波と可視光の中間に位置する。電波の透過性と可視光の識別性を併せ持つため、次世代通信(6G・7G)、空港のセキュリティ検査、建造物・美術品の非破壊検査などに応用される。
[用語4]
不均一弾性体理論(Heterogeneous Elasticity Theory、HET):材料内部の弾性的性質が均一でないことを考慮した理論。通常の弾性体理論では、材料の弾性(変形に対する抵抗力)が空間的に一定であると仮定されるが、不均一弾性体理論では、原子や分子レベルで局所的に異なる弾性を持つことを前提としている。特に、ガラスやアモルファス材料の力学的性質や振動特性を説明する際に用いられる。
[用語5]
コヒーレントポテンシャル近似(Coherent Potential Approximation、CPA):物質の不均一性を統計的に扱う理論的手法の一つ。特に、電子やフォノン(格子振動)の伝播特性を計算する際に用いられ、ランダムな不均一性を持つ系において、平均的な(有効な)ポテンシャル場を導入することで解析を簡単にする。ガラスのように局所的な構造が乱れた系の物性解析に利用される。
[用語6]
シリカガラス(二酸化ケイ素、SiO2:ケイ素(Si)と酸素(O)からなる二酸化ケイ素(SiO2)を主成分とする非結晶質のガラスで、一般に「石英ガラス」とも呼ばれる。結晶質の石英を溶融、急冷することで得られる。高い透明性や耐熱性、化学的安定性を持ち、光学材料や電子部品、セラミックスの原料として幅広く利用されている。光ファイバーやレンズ、高精度な実験機器の素材として不可欠であり、ガラスの物性研究の対象としても用いられる。
[用語7]
グリセロール(Glycerol、C3H8O3:無色透明の粘性のある液体。甘味があり、水に溶けやすい性質を持つ。化粧品や食品、医薬品の添加物として使用される。急冷することでガラス状態にすることができることから、ガラス転移に関する研究の比較対象として重要である。

論文情報

掲載誌:
Scientific Reports
タイトル:
Relationship between the boson peak and first sharp diffraction peak in glasses
(ガラスにおけるボゾンピークと第一鋭回折ピークの関係)
著者:
D. Kyotani(筑波大学)、S. H. Oh(筑波大学)、 S. Kitani(東京科学大学)、Y. Fujii(大阪大学)、H. Hijiya(AGC株式会社)、H. Mizuno(東京大学)、S. Kohara(NIMS)、A. Koreeda(立命館大学)、A. Masuno(京都大学)、H. Kawaji(東京科学大学)、S. Kojima(筑波大学)、Y. Yamamoto(筑波大学)、and T. Mori(筑波大学)

研究代表者

  • 東京科学大学 総合研究院 フロンティア材料研究所
    気谷 卓 助教
  • 筑波大学 数理物質系
    森 龍也 助教
  • 大阪大学 先導的学際研究機構 フォトニクス生命工学研究部門
    藤井 康裕 講師
  • 東京大学 大学院総合文化研究科
    水野 英如 助教
  • 立命館大学 理工学部 物理科学科
    是枝 聡肇 教授
  • 京都大学 大学院工学研究科
    増野 敦信 教授

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