ポイント
- 短いペプチド配列と金属イオンを混ぜるだけで、4本鎖βシート構造の自発的な形成に成功
- インターロック構造を設計することで、無秩序に会合しやすいペプチド鎖の、本数、向き、ずれの制御が可能となることを実証
- 新たな機能性ペプチド材料の創成につながる可能性
概要
東京科学大学(Science Tokyo)※ 総合研究院 化学生命科学研究所の澤田知久准教授らの研究チームは、タンパク質の材料であるペプチド[用語1]のβシート構造[用語2]を4本鎖の形状へ人工的に集合させることに初めて成功しました。βシート構造はペプチドの代表的な2次構造の一つであり、人工合成する試みがこれまで行われてきたものの、βシート構造の構成要素となるペプチド同士は無秩序に凝集する性質が強いために、分子制御された構造として人工的に合成することは困難でした。
今回新たに、βシートの側面に金属イオンとの結合サイトを加え、金属イオンによる自己組織化[用語3]を利用することで、4本鎖のβシート構造の精密合成が可能になりました。その設計として、2本のペプチドを金属イオンで連結してできるリング構造を互いにインターロック[用語4]させる独自のアプローチを考案しました。この設計により、βシート構造をとるペプチド鎖の本数のみならず、各鎖の配向およびずれも精密に制御されることを解明しました。本成果で得られた合成法をもとに、βシート構造を基盤とする機能性ペプチド材料の創成に向けた応用が期待できます。
本研究成果は、東京科学大学 総合研究院 化学生命科学研究所の澤田知久准教授、東京大学の藤田誠卓越教授(兼 分子科学研究所 卓越教授)、恒川英介大学院生(博士課程学生)によって行われ、10月22日付けの欧州の主幹化学雑誌「Angewandte Chemie(アンゲヴァンテ・ケミー)」(オンライン版)にオープンアクセスで掲載されました。
- 2024年10月1日に東京医科歯科大学と東京工業大学が統合し、東京科学大学(Science Tokyo)となりました。
背景
生体内で生命機能を担うタンパク質の立体構造中には、βシート構造が至るところに見られます。βシート構造は、真っ直ぐに伸びたペプチド鎖が複数会合し、互いに水素結合によって安定なシート状となった分子構造であり、タンパク質の構造安定性を大きく高める性質や、タンパク質同士の会合に関わる役割が知られています。そのような生体の優れた分子構造を人工的に利用するために、βシート構造の人工合成や材料への応用が盛んに研究されていますが、βシート構造を形成するペプチド配列には、鎖間に相互作用が強く働くために、会合の制御は困難であり、精密にペプチド鎖を配置させることが大きな課題となっていました。
これまで、天然のタンパク質の構造形成の仕組みを模倣し、ペプチド配列の両末端をターン構造[用語5]によって互いに連結し、フォールディング[用語6]させることで、βシート構造の精密人工構築がなされてきました(図1A)。しかし、そのようなアプローチは合成に多段階反応を要することが課題であり、ほとんどの場合で2本鎖の構造形成に限られていました。一方、ペプチド配列を自己組織化させる効率的な合成アプローチも存在するものの、βシート構造を形成する鎖の本数や配向、ずれを精密制御することが困難でした。
人工的にβシート構造を精密構築する方法を開発することができれば、ナノファイバーやナノリボン、ナノシートといったペプチドからなるナノ構造に不可欠な精密な構造要素をつくり出し、さまざまな機能性ペプチド材料の創製に応用できると考えられます。
研究成果
本研究では、ペプチド同士の無秩序な凝集を避けるため、ペプチドに金属イオンと結合する設計を施しました。ペプチドが金属イオンと結合することで、うまく自己組織化が引き起こされ、精密な4本鎖βシート構造を自発的に形成させることに成功しました。
具体的には、ペプチド2本を連結してできるリング構造を互いにインターロックさせることで4本のペプチド鎖が並ぶように、ペプチド配列を設計しました(図1B)。5残基のペプチド配列を合成し、銀イオンと溶液中で混合すると、特定の条件において単結晶が形成することが分かりました。X線結晶構造解析[用語7]により、4本鎖からなる逆平行型βシート構造が形成されていることを、原子レベルの分解能で観察することができました(図2)。
観測されたβシート構造は、各ペプチド鎖の方向が互い違いに反転する逆平行型であり、両端が完全に揃った様式であることが明らかとなりました(図2B)。βシートの両面には、設計した通り、金属イオンを介して1本おきにペプチド鎖が架橋された構造が観測され、隣り合うペプチド鎖間には水素結合が多数働く様子も観測されました。
得られた4本鎖βシート構造は、溶液中においてもその構造が崩れずに、一定の構造を保つことがNMR測定[用語8]によって確認されました(図3)。4本のペプチド鎖のうち、外側の2本と内側の2本が区別されて観測され、各ペプチド鎖の間に近接している原子間に現れる相関信号が多数検出されました。これらの信号の解析を行ったところ、上述の結晶状態での分子構造と矛盾がないことから、固体(結晶)状態のみならず溶液状態においても精密な4本鎖βシート構造を形成していることが実証されました。
化合物を溶液中で混ぜ合わせるだけの操作で起きる自己組織化によってβシート構造を構築する場合には、各ペプチド鎖同士には弱い相互作用のみが働くため、特定の会合構造だけを選択的に得ることは一般には困難です。今回、なぜ4本鎖の逆平行型βシート構造のみを選択的に形成できたのか、その理由も解明しました。まず、4本の鎖に対して鎖間の相互作用を最大限働かせるには、4本の両端を全て揃える様式が好ましいと言えます。その場合にも多数の配置の組み合わせが存在するものの、インターロック構造があることから、ペプチド鎖の一部が反転した構造では必ずぶつかる部分が生じてしまいます(図4)。ぶつからない構造はわずか2種類(いずれも逆平行型)のみに絞られ、その2種類の構造を比較すると、ペプチド鎖間に働く水素結合数に差異が見られ、最も安定な一つの会合様式のみが選択されることが分かりました。
社会的インパクト
タンパク質の主要構造の一つであるβシート構造は、生理活性やセンシング、触媒などさまざまな機能をもつペプチド材料の構造基盤となります。本研究成果を基に、精密なβシート構造をより効率的に合成する技術が進展することで、機能性ペプチド材料の開発が加速することが期待されます。また、構成要素が明確な分子構造をもつことで、さまざまな機能発現に関する複雑な分子メカニズムを考察するうえで役立つものと考えられます。
今後の展開
本研究で開発した手法により、明確な形状のβシート構造を固体・溶液のいずれの状態においても精密構築が可能になりました。今回得られた4本鎖βシートを構造要素として、精密なナノファイバーやナノリボン、ナノシートといったさらに高度なナノ構造の精密構築を進める予定です。また、βシートの形状をより自在に設計できる手法の開発も進めたいと考えています。
付記
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 さきがけ(課題番号:JPMJPR20A7)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(課題番号:19H05461、19H02697、JP24K01465)などの支援により実施されました。
用語説明
- [用語1]
- ペプチド:複数のアミノ酸が鎖状につながった化合物であり、タンパク質の構成要素である。天然では20種類あるアミノ酸の配列にしたがって、さまざまな立体構造をとる。
- [用語2]
- βシート構造:ペプチド鎖が真っ直ぐに伸びた構造の際に、隣り合った鎖同士で水素結合が形成され、面積を持ったシート状になる。ペプチド鎖には方向性があるため、方向性がそろったシートは平行型βシートと呼ばれ、方向性が互い違いになったシートは逆平行型βシートと呼ばれる。
- [用語3]
- 自己組織化:分子が自発的に集合し、秩序立った構造を形成する現象。自己集合ともよばれる。その際の分子同士の相互作用にはさまざまなタイプがあるが、特に金属イオンがもつ結合(配位結合)を利用すると、結合の数や方向性が明確に定まるために、精密な秩序構造が得られやすい。
- [用語4]
- インターロック:知恵の輪状に連なったリングや、結び目などのユニークな絡まり分子構造のことを指す。2016年のノーベル化学賞の受賞対象にもなった。分子機械を作るために必要な構造要素としても注目されている。
- [用語5]
- ターン構造:ペプチド鎖が大きく曲がって、進行方向が反転している部分構造。2、3個のアミノ酸残基から構成されることが多い。
- [用語6]
- フォールディング:折りたたみとも呼ばれる。柔軟なヒモ状の分子が、分子内の弱い相互作用によって自発的に折りたたまれて特定のコンパクトな立体構造になること。
- [用語7]
- X線結晶構造解析:分子構造を高精度で明らかにする分析手法である。分子が三次元的に規則的に並んだ結晶に対して、X線を照射したときに生じる膨大な数の回折点を測定し、結晶中の分子構造を明らかにする手法。
- [用語8]
- NMR測定:核磁気共鳴(nuclear magnetic resonance)現象を利用した、分子構造解析法。強い静磁場中に置かれたときに、原子核は固有の周波数の電磁波と相互作用する。分子を構成している各原子核は、それぞれ置かれた環境に応じて、少しずつ周波数が異なることから、分子構造や分子間相互作用、分子の運動状態を解析できる。
論文情報
- 掲載誌:
- Angewandte Chemie International Edition
- 論文タイトル:
- A Discrete Four-Stranded β-Sheet through Catenation of M2L2 Metal–Peptide Rings
- 著者:
- Eisuke Tsunekawa, Makoto Fujita,* and Tomohisa Sawada*
研究者プロフィール
澤田 知久 Tomohisa SAWADA
東京科学大学 総合研究院 化学生命科学研究所 准教授
研究分野:超分子化学