ポイント
- 既存の高分子材料の特性を保ちつつ、力に応答して蛍光を示す機能を後から付与
- ミクロ相分離構造を利用する新たな材料設計法を開発
- さまざまな機能を有する次世代スマート材料の開発に新たな道筋を提示
概要
東京科学大学(Science Tokyo) 物質理工学院 応用化学系の石附邦彬大学院生(研究当時)、高橋明助教、大塚英幸教授らの研究チームは、外部から加わる力を蛍光[用語1]によって可視化する機能を、既存の高分子材料に後から付与する新しい材料設計手法を開発しました。
プラスチックやゴムなどの高分子材料は、私たちの生活を支える身近で重要な物質です。それらの安全性や信頼性を高めるために、材料内部に加わる力や損傷を可視化できる機能性材料の研究が近年進められています。しかし、このような機能を実現するためには、高分子材料を合成する際にメカノフォア[用語2]と呼ばれる機能性分子をあらかじめ導入する必要があり、材料合成の工程が煩雑化するだけでなく、元の材料の特性が損なわれてしまうことがあります。
そこで本研究では、特定の高分子材料が形成するナノメートルサイズの内部構造に着目しました。ゴム材料として広く利用されているスチレン–ブタジエン–スチレン(SBS)ブロック共重合体[用語3]は、内部に「硬い部分」と「柔らかい部分」がナノメートルスケールで分離したミクロ相分離構造[用語4]を持っています。この「硬い部分」と同じ高分子成分を持つメカノフォア含有高分子を新たに合成し、市販のSBSへ混合しました。その結果、SBS本来の力学特性を保ちながら、力が加わると蛍光を示す機能を付与することに成功しました。
本成果は、既存の高分子材料へ力に応答する機能を付与するための新たな設計戦略を示すものであり、力の可視化に限らず、さまざまな次世代スマート材料[用語5]の開発につながることが期待されます。
本成果は、8月17日付(現地時間)に、ドイツの学術出版社Wiley-VCHが発行する、材料科学分野を代表する国際学術誌「Advanced Materials」誌のオンライン版に先行公開されました。
背景
高分子材料は、軽量性、柔軟性、加工性に優れていることから、日用品、建築部材、医療材料、輸送機器、電子材料といった幅広い分野で利用されています。高分子材料の利用において、材料の劣化や損傷を早期に捉えることができれば、社会インフラや輸送機器などの重大なトラブルを未然に防ぐことにもつながります。近年では、材料内部に加わる力や損傷を可視化することで、材料の状態をリアルタイムに把握し、安全性や信頼性の向上につなげる機能性高分子材料の研究が進められています。
力に応答する機能を高分子材料へ付与するために、従来の研究・開発では、メカノフォア(力が加わると化学構造が変化する機能性分子)を、材料の合成段階で組み込む必要がありました。そのため、既に実用化されている材料に、力に応答する機能を追加することは容易ではありませんでした。そこで本研究では、既存の材料の優れた特性を保ちながら、力に応答する機能を後から付与する新たな材料設計戦略を構築しました。
研究成果
本研究で得られた成果は、大きく次の4点に分けられます。
1. 相分離構造を利用した力に応答する機能の付与に成功
汎用的なゴム材料の1つであるスチレン–ブタジエン–スチレン(SBS)ブロック共重合体は、内部に「硬い部分」と「柔らかい部分」が微細に分かれて存在するミクロ相分離構造を形成します。本研究では、この「硬い部分」と同じ高分子成分を持つメカノフォア含有高分子を新たに合成し、市販のSBSに混合した後、フィルムとして成形しました。引っ張った状態のフィルムに紫外線を当てたところ、黄緑色の蛍光が観察され(図2)、材料に力が加わったことを可視化する機能が付与されたことが確認されました。
2. 材料本来の特性を保ちつつ機能化を実現
SBSに混合するメカノフォア含有高分子の量を適切に制御することで、SBSが本来持つ優れた伸び性や弾性といった力学特性を保ちながら、力に応答する機能を付与できることが明らかとなりました。従来は高分子材料の化学構造を改変して機能をあらかじめ導入する必要がありましたが、本研究では既存材料の化学構造を維持したまま、材料本来の特性を保ち、後から機能を付与できる点が大きな特徴です。
3. 力に応答する機能の繰り返し発現を確認
引っ張ることで観察された蛍光は、時間の経過とともに消失しましたが、再び引っ張ることで再度現れることが明らかとなりました(図3)。これは、後から付与した「力を可視化する機能」が、一度限りではなく繰り返し発現することを示しています。
4. 材料内部における力の伝達過程を解明
引っ張りによって生じるメカノフォアの化学変化を定量的に評価することで、SBS内部で力がどのように伝わるのかを調査しました。その結果、SBSの硬い部分と柔らかい部分がナノメートルスケールで緻密に分離したミクロ相分離構造を形成し、その硬い部分にメカノフォア含有高分子が均一に分散すると、材料に加わった力がメカノフォアへ効率よく伝達されることが明らかとなりました。
社会的インパクト
力を可視化する高分子材料の実用化において、最も高いハードルの1つは材料合成が煩雑である点です。社会で広く利用されている高分子材料は合成手法が確立されているため、そこに新たな変更や追加の工程を加えることは、コストの高騰や製造工程の増加といった課題の要因となります。今回開発した手法は、SBSに限らず相分離構造を持つさまざまな高分子材料へ適用可能であり、既に広く利用されている高分子材料の製造工程を見直すことなく新たな機能を付与できることから、実用化へのハードルを大きく下げる成果です。
今後の展開
本研究で確立した手法は、相分離構造を持つ幅広い高分子材料に対して適用できる汎用性を備えています。本研究で得られた設計指針を応用することで、将来的には、力に限らず多様な刺激に応答する機能を幅広い高分子材料へ付与できるようになり、自ら異常や変化を知らせる次世代の「スマート材料」の実現に貢献することが期待されます。
付記
本研究はJST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「ナノ力学」領域(課題番号JPMJCR1991)、およびJSPS科学研究費助成事業 基盤研究(A)(課題番号26H02290)の支援により実施されました。
用語説明
- [用語1]
- 蛍光:物質が特定の波長の光を吸収し、それとは異なる波長の光を放出する現象。典型例として、紫外線(ブラックライト)を照射すると可視光を発する現象が挙げられる。
- [用語2]
- メカノフォア:「引っ張り」、「すり潰し」、「超音波」などの物理的な力が加わった際に、特定の化学反応を生じるなどの力学応答性を示す分子。
- [用語3]
- スチレン–ブタジエン–スチレン(SBS)ブロック共重合体:柔らかいポリブタジエン部分が、硬いポリスチレン部分に挟まれた構造を有する高分子。優れた力学特性や加工性を有することから、ゴム材料などに広く利用されている。
- [用語4]
- ミクロ相分離構造:異なる性質を有する高分子成分が互いに分離して形成する微細な構造。ブロック共重合体では、各成分が完全に混ざり合うことなく、数十ナノメートル程度の周期構造を形成し、この構造が材料特性や機能発現に重要な役割を果たす。
- [用語5]
- スマート材料:外部からの刺激を検知し、それに応じて応答する材料。例えば、力によって色や形状、物性などを変化させる機能を有する。
論文情報
- 掲載誌:
- Advanced Materials
- タイトル:
- Stress Transfer within Microphase-Separated Structures: A Post-Synthetic Strategy to Impart Mechanoresponsiveness to Block Copolymer Materials
- 著者:
- Kuniaki Ishizuki, Akira Kodaka, Akira Takahashi, and Hideyuki Otsuka
- DOI:
- 10.1002/adma.74610
研究者プロフィール
大塚 英幸 Hideyuki Otsuka
東京科学大学 物質理工学院 応用化学系 教授
同 総合研究院 自律システム材料学研究センター 教授
研究分野:高分子反応、機能性高分子設計