熱・光への耐性と、力で光る性質をあわせ持つ新規高分子

2025年12月19日 公開

メカノフォア特有の反応により材料損傷を「見える化」

ポイント

  • 熱や光に強く、力を受けたときだけ反応する新しい力学応答性分子を開発
  • 計算化学による予測と実験的検証を組み合わせて分子構造を設計
  • 使用環境では安定で、壊れる前の「危険サイン」を光で知らせる高機能素材に期待

概要

東京科学大学(Science Tokyo) 物質理工学院 応用化学系の内田優斗大学院生、杉田一研究員(当時)、大塚英幸教授らの研究チームは、熱や光に強く、力によってのみ反応する新しい力学応答性分子(メカノフォア[用語1])を開発しました。

プラスチックやゴムなどの高分子材料は、私たちの生活を支える身近で重要な物質です。こうした背景から、材料の安全性を高めるため、どの程度の力が加わっているかを光で検出できる高機能高分子の研究が近年進められています。メカノフォアを高分子の一部に組み込むと、力を受けた箇所でメカノフォア特有の化学反応が起こり、損傷の「見える化」が可能になります。

しかし、従来のメカノフォアは熱や光に対しても反応してしまう不安定な結合に基づくものが多く、実用環境での安定性が課題でした。そこで大塚教授らは、密度汎関数理論(Density functional theory、DFT)計算[用語2]による予測と実験的検証を組み合わせることで、熱や光には極めて安定で、力にのみ応答して蛍光を発する分子骨格を設計しました(図1)。開発したジアリールアセトニトリル‐α‐カルボン酸エステル(DAANAC)と呼ばれる分子骨格は200℃を超える高温や紫外線照射下でも安定である一方で、高分子中ではすり潰しや引張といった力を受けると、蛍光性[用語3]ラジカル種[用語4]を生成するメカノフォアであることが確認されました。今回の成果は、使用環境では安定性を維持しながら、材料の損傷や劣化を蛍光によって高感度に検知できる新しい高機能材料の設計指針を示すものであり、より安全で長寿命な構造材料やスマートポリマーへの応用が期待されます。

本成果は、11月23日付(現地時間)に、アメリカ化学会が発行する「Journal of the American Chemical Society(アメリカ化学会誌)」のWeb版に先行公開されました。

図1. 本研究の概要図

背景

プラスチック、ゴム、繊維などに代表される高分子材料は、日常生活を支える身近な製品から、航空・宇宙産業や情報通信技術といった最先端分野まで幅広く利用されている物質です。これらの材料が劣化・破壊すると、社会システムの安全性や信頼性を損なうおそれがあります。そのため、材料に加わっている応力を検知・可視化して事前に危険を知らせる機能性高分子素材の開発が近年注目されています。

このような背景から、力(機械的刺激)によって特定の化学反応を起こし、色や蛍光特性を変化させる「力学応答性分子(メカノフォア)」が注目を集めています。メカノフォアを高分子鎖に導入すると、材料の外力が集中した部分でメカノフォア特有の反応が起こり、色の変化や発光により損傷部位を可視化できます。また近年では、光学特性の変化だけでなく、自己強靭化や低分子の放出など、さまざまな応答を示すメカノフォアの設計も進められています。

しかし多くのメカノフォアは、もともと熱や光で起こる反応を力で誘発するという設計に基づいているため、力以外の刺激にも応答してしまうという課題がありました。そのため、熱や光に対しては安定で、力にのみ応答するメカノフォアが実現できれば、より信頼性の高いセンサーや次世代高分子材料の開発に大きく貢献すると期待されています。

研究成果

研究チームは、従来のように「力が加わると切れやすい弱い分子」を選んで試す方法ではなく、一見すると切れにくそうな分子を対象に、分子内のどの結合が力で切れやすいかを予測できるDFT計算の手法を活用して、力に応答する分子の探索を行いました。その結果、ジアリールアセトニトリル-α-カルボン酸エステル(DAANAC)とよばれる分子骨格が、力を受けたときに蛍光ラジカルを生成する可能性があることを発見しました(図2)。

図2. DAANAC 骨格の力学応答性シミュレーション結果

この計算結果を検証するため、DAANACを実際に合成し、架橋高分子[用語5]へ導入しました。得られた高分子フィルムの引張試験を行ったところ、予測通り蛍光ラジカルに由来する発光が確認され、電子スピン共鳴(Electron spin resonance、ESR)測定[用語6]によってラジカル種の生成も確認されました(図3)。 これにより、DAANAC骨格が力によって特定の化学反応を起こす「メカノフォア」であることが実証されました。

図3. (a)高分子フィルム中のDAANAC の活性化(b)引張前後のフィルムの写真

さらに、DAANAC骨格は200℃を超える高温や紫外線(365 nmおよび254 nm)照射下でも分解しない高い安定性を示しました。これらの結果から、DAANACは力のみで作動する新しいタイプのメカノフォアであることが明らかになりました。この発見は、従来の「壊れやすい結合を利用した力学応答」から一歩進み、安定性と感度を両立した次世代メカノフォア設計とメカノクロミック高分子[用語7]の実現につながるものです。

社会的インパクト

今回開発した力学応答性を持つ分子骨格は、さまざまな高分子材料への応用が期待されます。本技術により、高分子鎖がどのような条件下で切断されるかを可視化・解明することが可能となれば、高分子材料や高分子を含む複合材料の危険予知や劣化・破壊の抑制につながります。これにより、安全で持続可能な社会の実現に寄与することが期待されます。

今後の展開

本研究で得られた知見は、力に応答する分子設計の新しい指針を与えるものであり、今後は計算化学による予測を活用して、DAANACの構造拡張や化学修飾を行い、応答性を制御できるメカノフォアの開発を進めます。また、力が加わった際のラジカル生成機構を詳細に解析することで、力による化学反応の理解をさらに深化させる予定です。

付記

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

  • 研究領域:「革新的力学機能材料の創出に向けたナノスケール動的挙動と力学特性機構の解明」(研究総括:伊藤耕三 物質・材料研究機構 高分子・バイオ材料研究センター フェロー/東京大学大学院新領域創成科学研究科 特別教授)
  • 研究課題名:「動的共有結合化学に基づく力学多機能高分子材料の創出」
  • 研究代表者:(大塚英幸 東京科学大学 教授)
  • 研究期間:令和元年10月~令和8年3月(1年延長課題)

用語説明

[用語1]
メカノフォア:引張やすり潰し、超音波などの物理的な力を駆動力として特定の化学反応を生じる分子。
[用語2]
密度汎関数理論(Density functional theory、DFT)計算:化学分野で広く用いられる理論計算手法の一種。電子密度に基づいて分子の構造や反応性を予測する方法。
[用語3]
蛍光性:物質が特定の波長の光を吸収して、それとは異なる波長の光を放出する性質。例えば、紫外線(ブラックライト)を照射すると可視光を発する性質は典型例。
[用語4]
ラジカル種:不対電子(電子対にならない電子)を持つ原子または分子。
[用語5]
架橋高分子:紐状ではなく三次元の網目状の構造を持つ高分子。
[用語6]
電子スピン共鳴(Electron spin resonance、ESR)法:不対電子(ラジカル)を検出する分光法の一種。不対電子の存在や種類、量を評価できる手法。
[用語7]
メカノクロミック高分子:力学的刺激を受けると、光学物性(光の吸収や発光の色)が変化する高分子。

論文情報

掲載誌:
Journal of the American Chemical Society
タイトル:
A Thermally and Photochemically Stable Fluorescent Radical-type Mechanophore for Durable Mechanoresponsive Polymers
著者:
Yuto Uchida, Hajime Sugita, Akira Takahashi, and Hideyuki Otsuka*

研究者プロフィール

大塚 英幸 Hideyuki Otsuka

東京科学大学 物質理工学院 応用化学系 教授
同 総合研究院 自律システム材料学研究センター 教授
研究分野:高分子反応、機能性高分子設計

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教授 大塚 英幸

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