細胞の中まで抗体を届ける!新しいナノキャリアの開発

2025年9月16日 公開

がん治療の可能性を広げる、金属とポリフェノールの力

どんな研究?

わたしたちの体には、ウイルスや細菌などの「よそ者」が体に入ってきたとき、それらを見つけて排除し、健康を保つ仕組みがあります。この仕組みは免疫システムとして知られています。その中で、特定のよそ者にピタっとくっついて、よそ者の動きを止めたり、他の免疫細胞に「ここにいる!」と知らせたりして、異物処理を手助けするのが抗体というタンパク質です。

この抗体の役割を応用した薬が抗体医薬です。抗体医薬は、がんや自己免疫疾患の治療に広く使われていますが、従来の抗体医薬は、がんなどの病気の原因となる細胞の表面にある特定の分子に抗体がくっつくように設計されています。しかし、多くの重要ながんの原因は、細胞の奥の細胞質の中に潜んでいます。そこまで抗体を届けることでより良い治療が可能になるのです。

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これまでの研究では、細胞が物質を取り込むときに作られる袋状構造(エンドソーム)に抗体医薬を包みこんで細胞の中へと運ぶ方法が模索されてきました。この場合、細胞の中で抗体医薬を取り出すために、エンドソームを開封する必要があります。そのために抗体医薬と一緒にエンドソーム開封用の物質を仕込むのですが、この物質の多くは毒性が強く、安全に投与するにはリスクが高かったり、あるいは血液中ですぐ排除されるといった弱点がありました。一方で、例えば、天然成分のポリフェノールであるタンニン酸は安全性が高く、金属イオンと組み合わせるとエンドソームを開封できる能力を発揮する有望な物質です。しかし、血液中で安定して腫瘍に届ける方法がありませんでした。

ここが重要

東京科学大学(Science Tokyo)の本田雄士(ほんだ・ゆうと)助教らの研究チームは、ポリフェノールの一種であるタンニン酸(TA)と生体内と親和性の高い高分子であるポリエチレングリコール(PEG)を結合させたPEG-TAを合成し、鉄イオン(Fe3+)と共に、抗体を包み込むことができる新しいナノキャリアを開発しました。抗体・PEG-TA・Fe3+を混ぜるだけで、内側に抗体を包み込む直径約30ナノメートルのカプセル構造ができたのです。これは電荷がほぼ中性で、血液中でもPEGがTAや鉄イオン、抗体を守ってくれることから、体内でも安定し、抗体をがん細胞まで確実に届けるナノキャリアとなるのです。

このナノキャリアはがん細胞に取り込まれると、酸性のエンドソームを壊しながら、抗体をがん細胞の内側に放出します。それによって、抗体は細胞質の奥にまで届き、そこでがんの増殖を抑えるタンパク質の働きを活性化します。マウスを使った実験では、PEGを導入したことで毒性も抑えられ、腫瘍の成長を大幅に抑える効果が確認されました。

今後の展望

この技術は、これまで狙えなかった細胞内の標的タンパク質に抗体を届けられる新しい治療法の基盤になります。がんだけでなく、細胞内で働く酵素やゲノム編集ツールを運ぶことにも応用でき、幅広い病気の治療に役立つ可能性があります。また、PEGポリマーの設計を工夫することで、副作用をさらに減らしつつ、特定の臓器や腫瘍だけに薬を届ける「次世代の薬の宅配便」として発展していくことが期待されます。

研究者のひとこと

このナノキャリアは、抗体とポリフェノール高分子、Fe3+を水中で混ぜるだけで出来上がる一見するとすごく単純で簡単なものですが、この設計に行き着くまでに何十種類以上の組み合わせを試しました。そして、試行錯誤の中で、極限までシンプルな構造に研ぎ澄ましました。これは、世の中で実用化されている薬は非常に単純な構造をしていることが必須だからです。この技術で新しい治療の道を切り開いて行きたいです。
(本田雄士:東京科学大学 総合研究院 化学生命科学研究所 助教)

本田雄士助教

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