脳に学ぶ省エネ型AI――精神医学とGXをつなぐ挑戦

VI-Researcherインタビュー:GX Frontier Visionary Initiative

2026年9月25日 公開

髙橋 英彦 教授(医歯学総合研究科)

髙橋英彦教授(医歯学総合研究科)

2025年4月に導入したVisionary Initiatives(VI)は、現行の医学、歯学、理学、工学、情報学、物質理工学、環境・社会理工学、生命理工学、リベラルアーツといった分野別縦割りの研究体制を、分野横断型へと大きく変革する仕組みです。研究者はいずれかのVIを選択し、異分野融合研究を加速していきます。

髙橋英彦教授が担当するGX-Frontier VIは、気候変動や新たなエネルギー資源の開拓などの課題克服に向けて、データ分析、シミュレーションや各種対策等を通じてクリーンエネルギーへの転換と経済成長を両立できるよう、地球との調和のもとで繁栄できる未来を創造することを目指しています。

「なぜこのVIを選んだのか」「異分野研究者との出会いでこれから何が生まれるのか」、研究者一人一人のエピソードを紐解きます。

脳は究極の省エネコンピュータ

精神医学と脳科学を専門とする髙橋英彦教授が選んだのは、環境・エネルギー分野を軸とする「GX Frontier」で、一見すると意外な選択に思えます。しかし、髙橋教授は、その優れた省エネルギー性にGXとの接点を見いだしました。人間の脳は、わずかなエネルギーで複雑な問題を解く、極めて効率の高い情報処理システムです。脳に学ぶ省エネルギー型AIをはじめ、環境負荷を抑えた医療、気候変動が心に及ぼす影響など、精神医学とGXを結ぶ可能性は大きく広がっています。髙橋教授が「GX Frontier」を選んだ理由と、異分野連携から生まれる新たな可能性について聞きました。

――専門分野と、現在の研究テーマを教えてください。

私の専門は精神医学と脳科学です。人がどのように感情を生み、将来を予測し、意思決定を行うのかに関心があります。脳画像や数理モデル、AIを活用し、脳イメージング技術で脳の活動を可視化するとともに、数理モデルやAIを活用した「計算論的精神医学」に取り組んでいます。

精神疾患を特定の脳部位の異常だけで捉えるのではなく、脳が外界の情報を取り込み、予測し、判断する仕組みの変容として理解しようとする研究です。少ない情報から効率よく状況を予測し、行動を選択する脳の機能を明らかにすることで、精神疾患の客観的な評価や、一人一人に適した診断・治療につなげたいと考えています。

人間の脳は、重さでは体重の約2%にすぎませんが、全身で使うエネルギーの約20%を消費します。それでも現在のAIに比べれば、はるかに少ないエネルギーで難しい問題を解いています。この仕組みの解明は、精神疾患の理解だけでなく、効率的な情報処理技術にもつながります。

――なぜGX Frontierを選んだのでしょうか。

参加のきっかけは、執行部からサブ・プログラム・ディレクターを務めてほしいと依頼されたことでした。しかし、構想について議論を重ねるうちに、脳科学とGXには非常に重要な接点があると考えるようになりました。

生成AIの急速な普及に伴い、データセンターで消費される大量の電力やCO2排出が課題となっています。一方、人間の脳は、限られた情報とわずかなエネルギーで複雑な問題を解く、極めて効率の高い情報処理システムです。脳の仕組みに学び、少ないデータとエネルギーで機能するコンピューティングを実現できれば、GXに大きく貢献できると考えています。

実際にGX Frontierが始動すると、病院関係者の参加も次第に増え、環境負荷を抑えながら医療の質や患者さんの安全、快適性を高める「グリーンホスピタル構想」など、医歯学と理工学を結ぶ具体的なテーマが見えてきました。脳科学や精神医学の知見をGXに生かし、そこで生まれた技術を医療や人々の健康に還元する。その双方向の連携に、大きな可能性を感じています。

――GX Frontierでは、どのような交流が始まっていますか?

当初は専門分野が大きく異なり、理工学系の教員が多い中で医歯学系は少数だったため、お互いに様子を見ているようなところがありました。しかし、シンポジウムや、よりカジュアルなミーティングを重ね、互いの研究や関心を知るうちに、「意外な接点がある」「一緒に取り組めることがある」と感じるようになりました。

活動が進むにつれて病院関係者の参加も増え、現在は、環境負荷を抑えながら医療の質や患者さんの安全、快適性を高める「スマートホスピタル構想」など、医歯学と理工学を結ぶ具体的なテーマについて議論しています。教員だけでなく若手研究者も巻き込み、新たな融合研究を立ち上げる準備が始まっています。

――GX Frontierだからこそ実現できることは何でしょうか?

GXをエネルギーや環境技術だけの課題として捉えず、人の健康や行動、医療の在り方まで含めて考えられることです。例えば、病院では医療機器や空調設備などを常時稼働させる必要があり、多くのエネルギーを消費します。一方で、省エネルギーを進める際にも、患者さんの安全や医療の質を損なうことはできません。

医療現場を知る医歯学系の研究者と、エネルギー、建築、情報、センシングなどを専門とする理工学系の研究者が連携することで、持続可能で質の高い医療を実現する新たな仕組みを提案できます。異なる専門性を持つ研究者が、同じ将来像を共有して取り組めることが、GX Frontierの大きな強みです。

――研究成果を社会実装につなげるために、何が必要ですか?

公的な研究資金を活用するだけでなく、GX Frontierとして産学連携に取り組み、企業と継続的に対話していくことが重要です。研究者だけでは把握しにくい社会や産業の課題を企業から学ぶ一方、大学が持つ研究成果や技術の可能性を企業に伝えることで、新しい連携が生まれます。

大学には企業からさまざまな相談や情報が寄せられています。企業のニーズと研究者のシーズを適切につなぐ仕組みがさらに充実すれば、融合研究を具体的な技術やサービスへと発展させることができます。GX Frontierを、研究者同士の交流にとどまらず、社会実装につながる出会いの場にしていきたいと考えています。

髙橋英彦教授(医歯学総合研究科)

プロフィール

髙橋 英彦(たかはし・ひでひこ)

東京科学大学医歯学総合研究科 精神行動医科学分野 教授。GX Frontier VIのサブ・プログラム・ディレクター。博士(医学)。精神医学、脳科学、脳画像、計算論的精神医学を専門とし、意思決定や脳の予測機構、統合失調症・依存症などの病態解明に取り組む。

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