黒い石と水蒸気が、未来のエネルギーをつくる:カーボンニュートラル技術の突破口
カリウムとカルシウムで改質した天然鉱石の「呼吸」が、水素製造と二酸化炭素回収に革新をもたらす
どんな研究?
温室効果ガスを減らすことは、気候変動や異常気象に悩まされている私たちにとって、とても重要な課題です。なかでも二酸化炭素(CO2)をできるだけ出さずに、代わりになるクリーンな燃料をどうやって確保するかが大きなポイントになっています。そんな二つの問題を同時に解決できるかもしれない技術が「ケミカルルーピング」という技術です。少々聞きなれないかもしれませんが、仕組みは意外とシンプルです。
カギになるのは「酸素キャリア」と呼ばれる材料です。これは酸素を「吸ったり」「吐いたり」できる特殊な物質で、これを使って水素をつくり、反応熱から電気も生み出します。
そのプロセスは次のとおりです。
(1)木質バイオマスを燃やして酸素キャリアと反応させると、酸素キャリアが持つ酸素とバイオマスの炭素が結びついてCO2が発生します。このとき、CO2を回収することができます。
(2)続いて、酸素を吐き出した酸素キャリアを水蒸気の中に移すと、水蒸気から酸素が取り出され水素が生まれます。水素は、燃やしても水しか出ない、とてもクリーンな燃料です。
(3)最後に、酸素キャリアを空気と反応させて元の状態に戻します。この際の発熱は発電にも利用できます。
つまり、「水素や電気をつくる」「CO2を回収し再利用できる」という未来志向の技術が、ケミカルルーピングなのです。
大気中のCO2を取り込んだバイオマスを燃料に使えば、大気中のCO2を増やさないカーボンニュートラルを実現できます。また、回収したCO2を地下に貯蔵すれば、大気中のCO2を減らすカーボンネガティブへの応用も視野に入る、きわめて頼もしい技術なのです。
ここが重要
現在、酸素キャリア材料として注目されているのが、イルメナイト(FeTiO₃)という黒っぽい天然鉱石(挿入写真)です。地球上に豊富に存在して安価ですが、使い続けると性能が落ちるという弱点があります。
そこで、東京科学大学の大友順一郎(おおとも・じゅんいちろう)教授らの研究チームは、イルメナイトにカリウム(K)やカルシウム(Ca)といった身近な元素を加えて改良することに挑戦しました。そして、どのくらい性能が向上し、どれほど効率よく水素を生み出せるのかを詳しく調べました。
大友教授らは、イルメナイトにKとCaを同時に加えると、KがCaをうまく分散させ、新しいタイプの酸化物がイルメナイトの中にできることを発見しました。この新しい酸化物が、イルメナイトの酸素のやりとり、つまり「呼吸する力」を劇的に高めていたのです。
実際の実験では、900℃という高温で、水素をつくる速さが約60%もアップしました。最終的に得られる水素の量は、従来の4倍以上に増えました。さらにエネルギー効率も理論上の限界に迫るほど改善されたのです。
今後の展望
性能が大きく向上したイルメナイトを使えば、水素製造装置のサイズをグッと小型化できます。従来の3分の1のサイズで同じ量の水素を生み出せるという試算もあります。
さらに、反応の仕組みを理論モデルで解析したことで、ケミカルルーピング技術を駆使した大型プラント設計への道も開かれました。カーボンニュートラル社会の実現を一気に近づけると期待されています。
研究者のひとこと
ケミカルルーピングでは、効率的なエネルギー利用と物質を上手につかって循環させる二つの視点が重要です。装置内を循環する酸素キャリアについては、天然鉱石という安価な原料にKやCaといった身近な元素を添加して改質するだけで、大きく性能が向上することに驚きました。こうした意外な発見が研究の楽しさの一面です。
一方で、深刻化する気候変動問題の観点からは、二酸化炭素の地球上での大きな循環を考える必要があります。未来のエネルギーをつくっていくうえで、エネルギーの変換過程とともに物質の循環を考えることが鍵になります。
(大友順一郎:東京科学大学 環境・社会理工学院 融合理工学系 教授)
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