分子ゆらぎ制御による湿度安定型・超低誘電損失材料の開発

2026年7月6日 公開

6G・AI半導体を支える次世代高周波絶縁材料の創製へ

ポイント

  • 高周波信号の伝送損失の原因となる「分子ゆらぎ」を抑制する新たな分子設計を提案
  • ダブルデッカー型シルセスキオキサンと疎水性官能基の導入により、「超低誘電損失」と「湿度安定性」という相反特性を両立
  • 10–20 GHz(ギガヘルツ)帯で極めて低い誘電正接を実現し、6G通信・AI半導体・先端半導体パッケージ材料への応用に期待

概要

東京科学大学(Science Tokyo) 物質理工学院 材料系の早川晃鏡教授、安藤慎治教授、高橋陸助教、佐子奈津子研究員らの研究グループは、「分子ゆらぎ」を制御した新しいポリイミド[用語1]絶縁材料の開発、および新材料による高周波誘電損失の低減に成功しました。

高速・大容量通信ではGHz帯の高周波信号[用語2]が利用されますが、絶縁材料内部の分子運動や吸着した水分子に起因する"ゆらぎ"によって、信号エネルギーが熱として失われることが重要な課題となっています。特に実使用環境では、空気中の水分子が材料内部に取り込まれ、分子構造にゆらぎが生じることで誘電特性[用語3]が劣化し、信号損失が増大することが知られています。

本研究では、かご型有機–無機ハイブリッド構造であるダブルデッカーシルセスキオキサン(DDSQ)[用語4]と疎水性シクロヘキシル基を組み合わせた独自の分子設計により、高周波領域における双極子分極由来の高分子鎖ゆらぎを抑制しました。DDSQを主鎖に有するポリイミドは、10–20 GHzの周波数帯において低い誘電率[用語5](2.57)および極めて低い誘電正接[用語6](0.0019)を示すとともに、相対湿度10–60%の範囲において優れた湿度安定性を示しました。本成果は、高周波領域における新たな高分子絶縁材料の設計指針を示すものであり、次世代半導体パッケージ、高速情報処理デバイスを支える基盤材料への応用が期待されます。

本成果は、2026年7月6日(現地時間)付に Nature Portfolio の国際学術誌「Communications Materials 」に掲載されました。

図1. C-DDSQを導入したポリイミドの分子設計指針

背景

近年、生成AI、自動運転、IoT、クラウドデータセンターなどの発展普及に伴い、Beyond 5G/6G無線通信を支える高速・大容量情報処理技術の重要性が高まっています。これらの次世代無線通信技術では、GHz帯以上の高周波電気信号を利用することで高速伝送を実現しますが、電気信号の周波数が高くなるほど、半導体パッケージや無線通信機器に用いられる絶縁材料中で信号エネルギーが熱として失われやすくなるという課題があります。この信号損失は、絶縁材料内部で発生する局所的な分子運動や分極応答、さらには吸着した水分子に起因する分子の"ゆらぎ"と密接に関係しています。特に高分子材料は水分子を吸着しやすく、高湿度環境において高分子鎖のゆらぎ(双極子ゆらぎ)が増大し、誘電率および誘電正接が劣化するため、実使用環境において安定した低損失特性を維持することが困難でした。

ポリイミドは優れた耐熱性、機械的強度、電気絶縁性を有し、電子材料として広く利用されていますが、一般的なポリイミドは分子構造中に極性基を多く含むため、高周波電気信号の減衰が懸念されます。そこで、本研究では電子分極や水分子吸着による高分子鎖ゆらぎが小さく、湿度変化に強い新たなポリイミド絶縁材料の開発に取り組みました。

研究成果

本研究では、低誘電損失と湿度安定性を両立する分子設計の基軸となる物質として、ダブルデッカーシルセスキオキサン(DDSQ)に着目しました。DDSQは、ケイ素と酸素から成るかご型骨格を有する有機–無機ハイブリッド構造であり、低分極性と自由体積制御の両立が期待されます。さらに本研究では、DDSQの側鎖に疎水性の高いシクロヘキシル基を導入したシクロヘキシル基置換DDSQ(C-DDSQ)を用いることで、水分子吸着に由来する高分子鎖ゆらぎを抑制し、湿度環境下でも安定した誘電特性を示す材料設計を実現しました(図1)。

本研究グループはC-DDSQを主鎖に含む半芳香族ポリイミド[用語7]を新たに合成し、大面積の自立フィルム形成に成功しました。得られたポリイミドフィルムの10 GHzおよび20 GHzの周波数帯における誘電特性を評価したところ、従来の芳香族ポリイミドと比較して低い誘電率(2.57@10 GHz)および極めて低い誘電正接(0.0019@10 GHz)を示しました。特にDDSQ骨格による低分極化と自由体積制御に加え、疎水性シクロへキシル基による水分子吸着抑制を組み合わせることで、高周波領域における分極由来の高分子鎖ゆらぎを効果的に低減できることが明らかになりました(図2)。

図2. C-DDSQを導入したポリイミドの誘電特性

さらに、相対湿度10–60%の範囲における誘電特性を評価した結果、C-DDSQを導入した半芳香族ポリイミドは、従来のポリイミドと比較して湿度変化に対する誘電率および誘電正接の変化が極めて小さく、優れた湿度安定性を示しました。加えて、フーリエ変換赤外分光法(FT-IR)[用語8]測定によってポリイミド内部の水分子吸着量を評価した結果、C-DDSQを導入した系では従来材料と比較して水分子の取り込み量が顕著に少なく、水分子由来の高分子鎖ゆらぎが抑制されることが示唆されました(図3)。これらの結果から、DDSQ骨格とシクロヘキシル基を組み合わせた分子設計が、低誘電損失と湿度安定性の両立に有効であることが明らかになりました。

図3. 湿度変化に対する誘電特性および水分吸着量の変化

社会的インパクト

本研究成果は、生成AI、自動運転、Beyond 5G/6G無線通信、クラウドデータセンターなどで急増する高速・大容量データ伝送を支える基盤材料技術につながるものです。近年の無線通信機器や半導体パッケージでは、周波数増大にともなう信号伝送時のエネルギー損失が重大な解決課題となっており、低誘電損失絶縁材料の開発競争が国際的に加速しています。本研究は、高分子鎖の"ゆらぎ制御"という新しい材料設計概念に基づき、高周波領域における電気信号損失の本質的課題に取り組んだ成果であり、次世代半導体・情報通信材料の新たな設計指針として期待されます。

また、実際の情報通信電子機器はさまざまな湿度環境下で使用されるため、単に低誘電損失を示すだけでなく、温度・湿度に対して安定した特性を示すことが重要です。本研究で開発したポリイミド材料は耐熱性が高く、かつ湿度変化に対して誘電特性が変化しにくいことから、実使用環境を想定した次世代電子材料としての応用が大いに貢献するものと考えられます。

今後の展開

今後は、高分子誘電材料の分子構造と高周波誘電応答との関係をさらに詳細に解明するとともに、半導体パッケージ材料や高周波基板への実装を見据えた微細加工性・接着性・長期信頼性評価を進めます。さらに、本研究で得られた高分子鎖の"ゆらぎ制御"に基づく設計指針を活用することで、次世代情報通信社会を支える「高速・低消費電力な高分子絶縁材料の創製」を目指します。

付記

本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 CRESTの研究課題「ゆらぎ制御による次世代半導体用高分子絶縁材料の創製」(課題番号:JPMJCR2546、研究代表者:早川晃鏡教授)の支援を受けて実施されました。本CREST研究では、高周波領域における分極ゆらぎや水分子由来の構造ゆらぎを分子レベルで制御することで、次世代半導体・情報通信を支える高分子絶縁材料の創製を目指しています。なお、本研究で用いたC-DDSQは、JNC株式会社より提供を受けました。

用語説明

[用語1]
ポリイミド:イミド結合(–CO–N–CO–)を主鎖中に有する高分子材料。優れた耐熱性、機械特性、電気絶縁性、耐薬品性を有することから、半導体・電子デバイス、フレキシブルディスプレイ、航空宇宙材料など幅広い分野で利用されている。近年では、分子構造を精密に設計することで、低誘電率や低誘電正接などの高周波通信向け特性を付与したポリイミド材料の開発が進められている。
[用語2]
高周波信号:GHz帯以上の高い周波数を持つ電気信号のこと。5Gや6Gなどの高速・大容量通信では高周波信号が利用されるが、周波数が高くなるほど材料中で信号エネルギーが失われやすくなるため、信号損失を抑えることが重要となる。
[用語3]
誘電特性:絶縁材料が電気信号に対してどのように応答するかを示す性質。代表的な指標として、電気エネルギーの蓄えやすさを示す「誘電率」や、信号エネルギーの失われやすさを示す「誘電正接」がある。
[用語4]
ダブルデッカーシルセスキオキサン(DDSQ):ケイ素と酸素からなるかご型骨格を有する有機–無機ハイブリッド分子。低分極性、低誘電性、高耐熱性などの特性を有し、高機能電子材料への応用が期待されている。
[用語5]
誘電率:材料が電気エネルギーをどの程度蓄えやすいかを示す指標。一般に、誘電率が低いほど電気信号を高速に伝送しやすく、信号遅延が生じにくい。
[用語6]
誘電正接:電気信号のエネルギーが材料中で熱などとして失われる度合いを示す指標。値が小さいほど高周波信号の損失が小さくなる。
[用語7]
半芳香族ポリイミド:芳香族構造と脂環式または脂肪族構造を併せ持つポリイミド。ポリイミド特有の高い耐熱性を維持しながら、分子の極性や密度、また分子鎖の運動性を調整しやすい特徴を持つ。
[用語8]
フーリエ変換赤外分光法(FT-IR):材料に赤外線を照射し、分子振動に由来する吸収を測定する分析手法。分子構造や官能基、水分子との相互作用などの情報を得ることができる。

論文情報

掲載誌:
Communications Materials
タイトル:
Humidity-Robust Semi-Aromatic Polyimides with Cyclohexyl-Substituted Double-Decker-Shaped Silsesquioxane Exhibiting Low Dielectric Losses at 10-20 GHz
著者:
Natsuko Sashi, Erina Yoshida, Hayato Maeda, Riku Takahashi, Kan Hatakeyama-Sato, Yuta Nabae, Masatoshi Tokita, Ririka Sawada, Shinji Ando, Teruaki Hayakawa*
*Corresponding authors

研究者プロフィール

早川 晃鏡 Teruaki Hayakawa

東京科学大学 物質理工学院 材料系 教授
研究分野:機能性高分子材料、精密高分子合成、誘導自己組織化材料

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教授 早川 晃鏡

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金山 晋司