東京科学大学(Science Tokyo)物質理工学院 材料系の早川晃鏡教授と三菱電機は、水を主成分とする感温性※1の高分子ゲル※2を利用して、30℃~60℃の低温の熱を世界最高※3の蓄熱密度※4(562 kJ/L)で蓄えることのできる蓄熱材を開発しました。
開発した蓄熱材は、これまで工場、自動車、オフィスや住宅環境等から大気中に廃棄されていた低温排熱の回収・再利用に有効で、化石燃料の消費量を削減し、省エネルギー化や脱炭素化によるカーボンニュートラル社会の実現に貢献します。
地球規模での温暖化やエネルギー危機が拡大する中、政府が2020年に発表した「2050年カーボンニュートラル」宣言、および2021年に発表した「2030年度の温室効果ガスの排出量46%削減(2013年度比)」の実現に向け、省エネルギー化の推進が求められています。中でも、新たな省エネルギー技術の開発と導入普及が重要課題となっており、経済産業省は「用途に応じた開発と蓄熱密度の向上、使用材料の削減、低コスト材料の採用等による蓄熱運用の低コスト化が必要」としています※5。排熱の有効活用を図るためには、特に80℃以下の低温排熱を高密度(333 kJ/L以上※6)に蓄えられる安価な材料を用いた蓄熱材が求められていますが、一般的に蓄熱温度が低くなるほど蓄熱密度が低くなるため、これまでほとんど開発されていないのが現状でした※7。
両者は今回、安価な水を主成分とし、人などの生体の細胞質にみられる高分子が混み合った環境(高分子混雑環境)を模倣することで、低温でも高密度に蓄熱できる新しい感温性高分子ゲルを利用した蓄熱材を開発しました。温めると高分子が膨らんだ構造から縮んだ構造へと変化し、高分子混雑環境を形成します。高分子混雑環境下にある水分子は配列構造が乱れて高エネルギー化し、熱を貯める容量が大きくなるため、低温の熱を高密度に蓄えられるようになることを世界で初めて※3実証しました。これは、三菱電機が保有する分子シミュレーション技術や蓄熱材構造の解析・評価技術とScience Tokyoが保有する階層構造ポリマー合成技術、蓄熱材の合成技術により実現したものです。
本開発成果の詳細は、11月14日から15日まで、みやこめっせ(京都府京都市)で開催された「高分子学会第33回ポリマー材料フォーラム」で発表いたしました。
開発の概要
開発した蓄熱材 | 従来の一般的な蓄熱材(参考) | |
---|---|---|
技術 |
素材:高分子ゲル 蓄放熱様式:複合反応(連成反応※8) (1)親水性⇔疎水性の構造相転移反応※9 (2)水素結合反応 |
素材:脂肪酸、パラフィン、水和塩 蓄放熱様式:単一反応 (1)固体⇔液体の融解/凝固相転移反応 |
特長 |
蓄熱密度が高い 安全性が高い(主成分は水。副成分の高分子は可燃物や毒劇物でない) |
蓄熱密度が低い 安全性が低い(可燃物) 安定性に欠ける(繰り返し利用不可) |
開発の特長
1. 低温の熱でも高密度に蓄えられる蓄熱材料として、水を主成分とした新しい感温性高分子ゲルを開発
- 三菱電機が有する分子シミュレーション技術により、安全で安価な素材である水を主成分とし、温度によって高分子の形が変わり、温めると高分子混雑環境を形成する感温性の高分子ゲルの設計・開発に成功
- 感温性高分子ゲルの、温度によって親水性と疎水性に変化する構造相転移反応と、水分子間の水素結合反応を組み合わせた連成反応により、高分子混雑環境下で水分子の配列構造が乱れてエネルギーが高くなり、低温の熱でも高密度に蓄熱できることを世界で初めて実証
2. 60℃以下の蓄熱温度において世界最高の蓄熱密度を実現、均質化による大量合成試作に成功
- 感温性高分子ゲルをラボレベルで合成、評価し、60℃以下の低い蓄熱温度で従来市販品の2倍以上となる世界最高の蓄熱密度(562 kJ/L)を実現
- Science Tokyoが開発した合成反応制御技術により感温性高分子ゲルの均質化を実現。大量合成試作においてもラボレベルと同等の蓄熱密度を有する試作品の製作に成功
役割分担
組織名称 | 担当内容 |
---|---|
三菱電機 |
1. 分子シミュレーション技術による感温性蓄熱材の設計 2. 蓄熱材の合成 3. 蓄熱材構造の解析技術開発と評価 4. 蓄熱密度の計測技術開発と評価 5. 合成した蓄熱材の大量試作 |
Science Tokyo |
1. 合成原料の選定と合成反応経路の設計 2. 合成反応制御技術の開発 3. 感温性高分子ゲルの均質化 |
特長の詳細
1. 低温の熱でも高密度に蓄えられる蓄熱材料として、水を主成分とした新しい感温性高分子ゲルを開発
人などの生体の細胞質には高分子が高濃度で存在し、「高分子混雑環境」が形成されています。高分子混雑環境下にある水分子は高分子間の狭い空間に閉じ込められ、配列構造が乱れることがこれまでにも知られていました。水分子は配列性が低くなるほど、エネルギーが高くなる性質を持つため、高分子混雑環境の有無を制御することができれば、水分子のエネルギーの高低も制御が可能になり、そのエネルギーの差分だけ蓄熱密度を高くできるのではないかという仮説を立てました。
高分子混雑環境の有無を制御するために、温度によって親水性と疎水性に変化する感温性高分子を利用することに着目しましたが、従来の感温性高分子は高分子混雑環境を形成することができませんでした。そこで、三菱電機が独自に開発してきた分子シミュレーション技術を駆使して、感温性高分子の組成と構造を検討した結果、高分子濃度が高い組成により、高分子混雑環境の温度制御が可能な、水を主成分とするこれまでにない感温性の高分子ゲルの設計・開発に成功しました。
開発した感温性高分子ゲルは放熱時(低温時)に親水性であるため、感温性高分子ゲルと水は分離せずに混ざりあい、多くの水分子は感温性高分子ゲル内に高配列で存在しています。感温性高分子ゲルが温められると疎水性への構造相転移反応が起こり、高分子鎖※10が縮みます。高分子鎖が縮んで高分子混雑環境になると、高分子から離れた網目構造の中心付近にいた水分子は高分子の狭い網目構造に束縛されないため、すり抜けて感温性高分子ゲルの外側に飛び出し、感温性高分子ゲルと水は分離します。一方、高分子の近くにいた水分子は高分子の狭い網目構造に束縛され閉じ込められることで水素結合反応が弱くなり、水分子の配列構造が乱れて高エネルギー化します。このように、感温性高分子ゲルの構造相転移反応と、水分子間の水素結合反応からなる連成反応による水分子の高エネルギー化を利用し、高密度に蓄熱できることを世界で初めて※3実証しました。
また、この感温性高分子ゲルは、化学物質管理促進法の指定物質を使わず、安全で安価な水(構成比6割~9割)と無毒で不燃性の感温性高分子で構成されており、入手しやすく安心して使える素材です。
2. 60℃以下の蓄熱温度において世界最高の蓄熱密度を実現、均質化による大量合成試作に成功
三菱電機とScience Tokyo(旧 東京工業大学)は2016年から共同研究を行ってきました。高い階層構造ポリマー合成技術を保有するScience Tokyoにおいて、感温性高分子ゲルの合成法を検討し、合成原料の選定と合成反応経路の設計を実施しました。三菱電機では、感温性高分子ゲルをラボレベルで合成、評価し、60℃以下の低い蓄熱温度で世界最高※3の蓄熱密度(562 kJ/L)を実現しました。また、Science Tokyoが開発した合成反応制御技術により、感温性高分子ゲルの均質化を実現し、大量合成試作でもラボレベルと同等の蓄熱密度を確認しました。
蓄熱温度が30℃~60℃(温度差30℃)における蓄熱材ごとの蓄熱密度を比較したところ、温水で125 kJ/L、市販品である脂肪酸で225 kJ/L、パラフィンで260 kJ/Lであるのに対し、今回開発した感温性高分子ゲルは562 kJ/Lと2倍以上の圧倒的な蓄熱密度を有します。
今後の予定・将来展望
今後、感温性高分子ゲルの蓄熱温度範囲の拡大に取り組み、未利用熱の有効利用を推進することで、カーボンニュートラル社会の実現に貢献します。
三菱電機グループについて
私たち三菱電機グループは、たゆまぬ技術革新と限りない創造力により、活力とゆとりある社会の実現に貢献します。社会・環境を豊かにしながら事業を発展させる「トレード・オン」の活動を加速させ、サステナビリティを実現します。また、デジタル基盤「Serendie」を活用し、お客様から得られたデータをデジタル空間に集約・分析するとともに、グループ内が強くつながり知恵を出し合うことで、新たな価値を生み出し社会課題の解決に貢献する「循環型 デジタル・エンジニアリング」を推進しています。1921年の創業以来、100年を超える歴史を有し、社会システム、電力システム、防衛・宇宙システム、FAシステム、自動車機器、ビルシステム、空調・家電、情報システム・サービス、半導体・デバイスといった事業を展開しています。世界に200以上のグループ会社と約15万人の従業員を擁し、2023年度の連結売上高は5兆2,579億円でした。詳細は、三菱電機のウェブサイトをご覧ください。
注釈
- ※1
- 物質や生物が温度の変化に反応する性質
- ※2
- 高分子同士を鎖(架橋)で繋いだ高分子の網目構造体に水などの溶媒を閉じ込めたゼリー状の材料で、固体と液体の中間物質
- ※3
- 2024年11月14日現在、三菱電機調べ
- ※4
- 同じ体積中に蓄熱できる熱量
- ※5
- 「省エネルギー・非化石エネルギー転換技術戦略2024」、経済産業省資源エネルギー庁、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、令和6年5月
- ※6
- 氷の融解熱(0℃の氷1 kgを水にする時に必要な熱量)に相当
- ※7
- 化学反応を用いる化学蓄熱材は大きな蓄熱密度を得られる可能性があるが、一般に蓄熱温度が100℃以上と高い
- ※8
- 2つ以上の化学反応が一連の過程として連続的に進行する反応のこと
- ※9
- 物質の持つ構造が外的条件によって他の構造へ相転移すること
- ※10
- 高分子の構成単位となる分子が鎖状につながったもの
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