ナノプラスチックを“捕まえて測る”SPRバイオセンサー

2026年6月26日 公開

ポイント

  • 水中のポリスチレンナノ粒子を選択的かつ高感度に検出可能なバイオセンサーを開発。
  • センサー基板上のペプチドがナノプラスチック粒子を捕捉し、表面プラズモン共鳴分光法により検出。
  • 環境水中のナノプラスチックを評価するための新しい分析技術への展開に期待。

概要

東京科学大学(Science Tokyo)工学院 電気電子系の當麻真奈准教授らの研究チームは、同 環境・社会理工学院 融合理工学系のテイ・シャク助教と共同で、プラスチック表面に結合するペプチド[用語1]を利用して、水中に分散したナノプラスチック[用語2]を検出する表面プラズモン共鳴(SPR)[用語3]バイオセンサー[用語4]を開発しました。

ナノプラスチックは、環境や生態系への影響が懸念される一方で、粒径が極めて小さいため、従来の顕微鏡観察や分光分析では検出が困難でした。本研究では、ポリスチレンに結合するペプチドを金薄膜上に固定化し、ポリスチレン(PS)ナノ粒子がセンサー表面に捕捉されることで生じる屈折率変化をSPR分光法により検出しました。その結果、水中に分散させた直径50 nmのPSナノ粒子を、標識分子[用語5]を使わずに20分以内で検出できることを示しました。さらに、水槽水および池水にPSナノ粒子を添加した試料でも検出に成功しました。

本成果は、環境水[用語6]中のナノプラスチックを選択的に捕捉して光学的に検出する新しいバイオセンシング手法を示すものであり、今後、環境モニタリングや生態毒性評価に資する分析技術への発展が期待されます。本成果は、5月9日付(現地時間)のElsevier誌「Biosensors and Bioelectronics」に掲載されました。

図1. (a)ナノプラスチック検出SPRセンサーの概要図。ガラス基板上に金薄膜を製膜したセンサー基板にプラスチック結合ペプチドを固定化することで、ポリスチレン(PS)ナノ粒子を選択的に捕捉・検出した。(b)PSナノ粒子分散溶液(濃度3 µg/mL)に対するセンサーの時間応答。フローセルを用いて溶液試料を注入し、20分後に超純水を注入して溶液試料を洗い流した。(c)センサー基板上に付着したPSナノ粒子の走査型電子顕微鏡像。

背景

プラスチック製品の広範な利用に伴い、環境中にはマイクロプラスチックよりもさらに小さいナノプラスチックが放出されていると考えられています。ナノプラスチックは生態系や人体への影響が懸念されている一方で、その小ささから、従来の顕微鏡観察や赤外分光法などをそのまま適用することは容易ではなく、信頼性の高い検出手法の開発が求められています。現在、ナノプラスチックの分析にはラマン分光法や熱分解ガスクロマトグラフィー質量分析法などが用いられていますが、高価な装置や煩雑な前処理を必要とする場合があります。そこで本研究では安価かつ簡易な検出手法の開発に向けて、水中に分散したナノプラスチックを分子認識に基づいて選択的に捕捉し、光学的に検出するバイオセンサー技術に着目しました。特に、プラスチック表面に結合するペプチドを認識素子として用いることで、ナノプラスチックの新しい検出法の実現を目指しました。

研究成果

本研究では、ポリスチレン(PS)に結合するペプチドを金薄膜表面に固定化し、表面プラズモン共鳴(SPR)分光法を利用してポリスチレンナノ粒子を検出するバイオセンサーを開発しました(図1)。センサー基板表面にフローセル[用語7]を取り付けて溶液試料を送液し、基板背面からの反射光強度の時間変化を測定しました。

開発したセンサーを用いて、水中に分散させた直径50 nmのPSナノ粒子に対する応答を測定した結果(図1b)、溶液試料の注入と同時に反射率が変化し、溶液試料を洗い流した後も反射率の変化が持続することが分かりました。走査型電子顕微鏡[用語8]で測定後のセンサー基板を観察した結果、PSナノ粒子がセンサー基板表面に捕捉されている様子が確認できました(図1c)。一方、ペプチドを固定化していない表面では応答が小さく、ポリスチレン結合ペプチドがナノプラスチックの捕捉に有効であることが確認されました。また、ポリスチレンとの比較としてシリカ(SiO2)粒子やポリ乳酸(PLA)粒子を検出対象とした実験も行ったところ、本手法はPSナノ粒子に対して選択的な応答を示すことが分かりました。

実験室で調製した淡水条件の試料を用いた検証においては、蛍光色素などによる染色をおこなわずに、20分以内にPSナノ粒子を検出できることを実証しました。このセンサーで検出可能なPSナノ粒子濃度の下限である検出限界は1.3 µg/mLでした。さらに、淡水環境での生態系を模倣した水槽水および池水にPSナノ粒子を添加した試料で、フローセルを用いて同様の測定をおこなった結果、PSナノ粒子の濃度に応じたセンサー応答が認められ(図2)、環境水からのナノプラスチック検出への応用可能性を示しました。

図2. (上段)淡水環境の生態系を模倣した水槽と環境水を採取した洗足池の様子。(下段)実験水、水槽水、環境水中に添加したPSナノ粒子の濃度に対するセンサー信号。

社会的インパクト

ナノプラスチックは、環境中に広く存在している可能性が指摘されている一方で、その検出や定量は依然として難しく、環境リスク評価や生態毒性評価を進める上で大きな制約となっています。本研究で示したバイオセンサーは、ナノプラスチックを化学組成分析だけに頼らず、分子認識により捕捉して検出する点に特徴があります。

本研究で開発した手法は、水環境中に分散したナノプラスチックを簡便かつ高感度に評価するための基盤技術となる可能性があります。将来的には、河川、湖沼、排水などの環境水試料を対象としたモニタリング技術や、ナノプラスチックの生態影響を調べるための評価技術としての展開が期待されます。また、プラスチック結合ペプチドを利用した分子認識界面は、対象とするプラスチック種に応じて設計を拡張できる可能性があり、多様な微小プラスチック粒子の検出技術につながることが期待されます。

今後の展開

本研究では、ポリスチレンナノ粒子を対象として、プラスチック結合ペプチドとSPR分光法を組み合わせた検出原理を実証しました。今後は、ポリスチレン以外のプラスチック種への適用、粒子サイズや形状の違いがセンサー応答に与える影響、実環境水に含まれる有機物や塩類の影響を詳細に評価する必要があります。

また、池水を用いた実験では実験水条件と比較してセンサー応答が低下する傾向が見られたことから、水質条件がナノプラスチックの分散状態やペプチドとの相互作用に与える影響を明らかにすることが重要であると考えられます。今後、試料前処理や水質補正、センサー表面設計の最適化を進めることで、より複雑な環境水試料への適用性向上を目指します。将来的には、環境分析だけでなく、生体試料や食品関連試料など、より広い分野における微小プラスチック検出への応用を目指します。

付記

本研究は、東京科学大学 基礎研究機構 新研究展開奨励金、JST CREST(JPMJCR24R1)、公益財団法人 村田学術振興・教育財団の支援を受けて実施されました。

用語説明

[用語1]
ペプチド:タンパク質を構成するアミノ酸が複数個結合した分子。
[用語2]
ナノプラスチック:一般に、粒径が1~1,000 nm程度の微小なプラスチック粒子。マイクロプラスチックよりも小さく、水中で分散しやすいため、検出や回収が難しい。
[用語3]
表面プラズモン共鳴(SPR):金属表面の自由電子の集団的な振動が光と結合して生じる共鳴現象。SPRは金属表面近くの屈折率変化に敏感であり、その影響を反射光の強度やスペクトルの変化として測定する手法はSPR分光法と呼ばれる。
[用語4]
バイオセンサー:生体分子の分子認識能を利用し、検出目標の化学物質を選択的に検出する化学センサーの総称。
[用語5]
標識分子:センサー応答を検出または増強するために、標的分子などに結合させる色素、酵素、ナノ粒子などの分子・材料。
[用語6]
環境水:河川、湖沼、海など、自然環境中に存在する水。
[用語7]
フローセル:センサー表面に液体試料を流すための小さな流路。SPRバイオセンサーでは、試料を流しながら分子の結合を測定するために使われる。
[用語8]
走査型電子顕微鏡:電子線を用いて試料表面の微細構造を観察する顕微鏡。ナノメートルスケールの構造観察に用いられる。

論文情報

掲載誌:
Biosensors and Bioelectronics
タイトル:
Surface Plasmon Resonance Biosensor with Plastic-Binding Peptide for Nanoplastic Detection in Environmental Water
著者:
Mikihisa Hirose, Prairsunan Chanpanich, Kimleng Keang, Shuo Cheng, Mana Toma

研究者プロフィール

當麻 真奈 Mana Toma

東京科学大学 工学院 電気電子系 准教授
研究分野:プラズモニクス、バイオセンサー

Shuo Cheng(テイ・シャク)

東京科学大学 環境・社会理工学院 融合理工学系 助教
研究分野:生態系影響評価

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