一滴の血液で見抜く、早期胃がんにひそむ転移

2026年2月27日 公開

DNAに残されたしるしを手がかりに、不要な手術を減らす新しい診断法を確立

どんな研究?

胃がんとは、胃の内側をおおう粘膜の細胞ががん化して増えていく病気です。日本では今も患者数の多いがんの一つですが、内視鏡検査の普及によって、早い段階で見つかるケースが増えています。

早期の胃がんで、がんがまだ浅い層にとどまる段階(T1期)であれば、5年生存率は90%以上と高く、リンパ節への転移も20%未満とされています。転移の可能性が低ければ、おなかを大きく切らずに済む内視鏡治療を選べます。

Siwakorn TH/Shutterstock.com

すでに胃がんと診断されたあと、次に問題になるのは「リンパ節に転移していないか」です。現在は、CT(体を輪切りのように撮影する画像検査)などで体の中を調べ、リンパ節が腫れていないかを確認します。ところがこの方法では小さな転移を見逃す割合が40〜50%と高いことが報告されています。そのため、安全を優先するあまり、実際には転移がない人まで胃を大きく切除する手術を受けてきました。

では、体の外から観察する以外に、転移の有無を判断する方法はないのでしょうか。これまで、手術で取り出した組織から「バイオマーカー」と呼ばれる目印を探す研究が進められてきました。しかし、手術前の判断に使える方法としては確立していませんでした。

ここが重要

東京科学大学(Science Tokyo)の奥野圭祐(おくの・けいすけ)助教らの研究チームは、この課題を克服するための研究に取り組んできました。彼らは、血液検査で早期胃がんの転移を発見することはできないだろうかと考えました。そこで着目したのが、がんのDNAに刻まれる「メチル化」という化学的な目印です。

研究チームは、患者さんの血液中に含まれるDNAのメチル化を、ゲノム全体にわたって詳しく調べました。その結果、リンパ節転移の有無を見分ける6つの新しいバイオマーカーを発見しました。これらをCT所見と組み合わせ、「統合モデル」と呼ばれる診断の仕組みをつくることによって、転移のある人とない人を高い精度で見分けられることが分かりました。

奥野助教らの最大の挑戦はここからです。血液中には、がん由来のDNAがほんのわずかしか存在しません。その中から、リンパ節に転移しているがんに特有の「メチル化の目印」を正確に見つけ出せるのか――それが最大の壁でした。慎重な検証を重ねた結果、転移のある患者さんを一人も見逃さずに判定できる診断モデルを完成させました。さらに、そのモデルを血液検査として実用化できる形に落とし込みました。この検査によって、約44%の患者さんが不要な大きな手術を避けられる可能性が示されました。

今後の展望

この検査は、採血した血液中のDNAを増やしながら、その量を正確に測定できる「qPCR法」という技術を使っています。qPCR法は感染症検査などで広く使われている技術ですが、今回の研究では、この技術を用いて早期胃がんのリンパ節転移を血液検査で判定する仕組みを初めて構築しました。比較的シンプルで導入しやすい方法であるため、将来的には多くの医療機関で導入できる可能性があります。術前に血液一滴で転移リスクを判断できれば、手術か内視鏡治療かの選択がより的確になります。血液中のDNAを利用するこの方法は、他のがんへの応用も期待されます。

研究者のひとこと

胃癌が「治る」時代になった今、私たちは治療後の質にも向き合う必要があります。患者さんが本当に必要な治療だけを受けられる医療の実現を目指し、血液に刻まれたDNAメチル化という小さな変化が、その未来を切り開く鍵になると信じています。
(奥野圭祐:東京科学大学 医歯学総合研究科 消化管外科学分野 助教)

奥野圭祐助教

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