平面から凸型へのグラフェン構造変化

2026年3月26日 公開

分子動力学シミュレーションによる新しい炭素ナノ材料設計

ポイント

  • 平面グラフェンが安定した凸状構造に変換可能であることを分子シミュレーションで実証
  • ファンデルワールス相互作用を利用した制御された曲面化手法を確立
  • エネルギー貯蔵や量子材料への応用が期待される新たなナノ構造体を提案

概要

東京科学大学生命理工学院のTran Phuoc Duy(チャン・フ・ズイ)助教を中心とした国際研究チームは、ホーチミン市工科大学(ベトナム)のTran Thi Thu Hanh(トラン・ティ・トゥ・ハン)准教授との共同研究により、分子動力学シミュレーション[用語1]密度汎関数理論(DFT)[用語2]計算を通じて、平面単層グラフェン[用語3]フレークを安定な凸形状に変換できることを明らかにしました。

これまで、グラフェンは平面構造を持つ二次元材料として知られていました。しかし本研究では、ファンデルワールス相互作用[用語4]を用いた制御環境下において、グラフェンが球状やマント状といった新しい三次元構造を形成し、曲率半径1.0~5.0ナノメートル(nm)の範囲で安定に存在することを発見しました。この成果は、エネルギー貯蔵デバイス、量子材料、機能性ナノ構造の設計に新たな可能性をもたらすことが期待されます。

本研究は、2026年1月29日(現地時間)に「Discover Materials 」誌に掲載されました。

背景

ダイヤモンドや鉛筆の黒鉛のような形で私たちの身の回りに存在する炭素は、その配列の仕方によって驚くべき特性を持つ材料を生み出すことができます。炭素材料は、主に炭素原子から構成される多様な材料群であり、黒鉛、グラフェン、カーボンナノチューブ、フラーレン、アモルファスカーボン、炭素繊維などで、それぞれ異なる特性を持つ、いくつかの構造形態(同素体およびナノ構造)を特徴としています。その独特な電子的、機械的、化学的特性により、炭素材料はエネルギー貯蔵、触媒、電子工学、生物医学応用に広く使用されています。

今回の研究で取り上げたグラフェンは、炭素原子がハニカム(蜂の巣)パターンで配列し、わずか1原子の厚さしかない「究極の薄いシート」です。この驚異的な材料は、鋼鉄の200倍の強度を持ちながら紙よりも軽く、銅よりも優れた電気伝導性を持っています。通常の材料では、軽さと電気伝導性は両立しないことが多いのですが、グラフェンはその両方の特性を持つ「魔法の材料」といえます。

長年、未解決で、科学者たちが知りたかったのは、「平面グラフェンを安定な三次元形状に曲げることができるか?」という問いでした[参考文献1-3]。紙のように平面グラフェンを筒状に丸めることはできましたが、その構造が平面に戻ることなく新しい形状を維持するかどうかは不明でした。特に完全に平面なシートと完全に球状の形態の中間を表す「凸型グラフェン」構造 、つまり、わずかに湾曲したグラフェンの安定性を保てるかどうかは謎でした。

この問いに答えることは、革命的な応用を持つ新しいナノ材料を設計する上で極めて重要です。これは、紙を平らに戻らない椀状に永久に再形成できるかどうかを発見するようなものです。ただし、研究チームが扱うのは、原子1個分の厚さの材料です。

研究成果

本研究では「反応性分子動力学シミュレーション」を使用しました。これは、原子の動きを驚くほど詳細に再現するコンピュータ技術です。全ての原子の動きを追跡し、グラフェンがどのように曲がり、再形成されるかを正確に予測できる超強力な顕微鏡のようなものといえます。

研究チームは、コンピュータを使用して、平面グラフェンシートの近くに目に見えない小さな球体を配置し、グラフェンが湾曲するように促す穏やかな力を加えることをシミュレートしました(図1)。これは、平らな紙を丸い物体に押し付けて曲げるのに似ていますが、原子レベルの精度で行われます。球体が除去された後、研究チームは、グラフェンが新しい湾曲した形状を自立して維持するかどうかを観察しました。

図1. グラフェンフレークと仮想球面との相互作用のシミュレーション。
ピンク色は初期位置のグラフェンフレーク、灰色の球体は仮想球面、白色と青色はそれぞれ中間状態と最終状態を示し、球面との相互作用によってグラフェンが湾曲する過程を表している。

1. 安定した三次元構造の達成

驚くべきことに、自立した平面グラフェンは成形力が除去された後でも湾曲した形状を維持しました。なかでも、曲率半径が1.0~5.0 nm(人間の髪の毛の幅の約10,000分の1)の間にある場合、グラフェンは図2に示すように最も安定な凸状構造を形成しました。

さらに興味深いことに、研究チームは非相互作用球との会合により、単純な球形ではなくマントやケープに似た構造を発見しました。この湾曲したグラフェンには、球状領域と平面層状領域が共存していました。これは球体が平らなシートで部分的に包まれているような、この研究で初めて発見されたユニークな構造です。

図2. グラフェンシートの端部における自己誘起欠陥による凸型グラフェンの形成。
a) 凸型グラフェンを形成するためのエッジ折り畳みプロセス。 b) 慎重な構造最適化後の凸型グラフェンの格子上の欠陥。

2. 電気特性の劇的な変化

湾曲したグラフェンの凸状部分では、電気特性の変化も見られました。

凸状部分では、フェルミ準位における状態密度の増加が起こっており、これは利用可能なキャリア密度(伝導電子の密度)の増加と潜在的に高い伝導性を示唆しています。一方、そこでは電子散乱によりキャリア移動度が低下する可能性があり、その結果、輸送効率に対する競合する効果が生じます。この状態密度(あるいはキャリア密度?)の増強はまた、低エネルギー遷移を促進し、曲率依存的な光学的またはプラズモン応答(入射光による電子の集団振動の誘導現象)の調整可能性を示唆しています。σ < 0.4 nm のとき、DOSは平面グラフェンに特有の明瞭なピークおよび電子状態分布を回復し、これは σ ≈ 0.3 nm における小さな湾曲角と整合している。この領域では、構造は依然として大部分が平面的なグラフェン表面によって支配されている。この平面グラフェンの持つ電気特性への回復は、L=2.0 nmで最も顕著であり、その状態密度はほぼ平面の場合と一致し、高度に閉じ込められた幾何学的形状が基礎となる結合構造を大きく乱さないことが明らかになりました(図3)。

研究チームはまた、これらの構造が安定している理由も発見しました。力がグラフェンの端に集中し、原子配列に特別な「欠陥」(ストーン・ウェールズ欠陥[用語5]と呼ばれる)が形成され、湾曲構造全体を保持する建築支持体のように機能します。

図3. 系のフェルミエネルギー(フェルミ準位)[用語6]と全エネルギーの差に伴う状態密度の変化。
フェルミエネルギーの絶対値は右側の表に示されている。

3. 実用化への道

これらの発見は、理論的に「不可能」とされていた平面から三次元構造への安定な変換が実際に達成可能であることを証明しています。この画期的な発見は、これまで不可能であったグラフェンの新しい領域への応用、例えば、次世代エレクトロニクスやエネルギー貯蔵デバイスの設計に革命をもたらすかもしれません。

潜在的な実験経路として、また粒界誘起によるグラフェンからフラーレンへの直接変換を継承し、我々はファンデルワールス球を氷ナノ粒子に置き換えることを提案します。グラフェンフレークを1000Kに加熱することで、極低温の水クラスターを封入し、それが融解してグラフェンの格子を通して拡散する可能性があります。これにより、図4に示すように、時間分解共有結合固定と水の放出が実現できる可能性があります。

図4. グラフェン(1000K)と相互作用する際の氷(50K)の融解。グラフェンと氷ナノ粒子の複合体の冷却過程における氷ナノ粒子の融解中のグラフェンと水の統計的温度。

社会的インパクト

本研究成果は純粋に理論的なものでありますが、将来、合成方法のより良い制御により、凸型グラフェンを合成できることが期待されます。凸型グラフェンは、その電子構造の特徴から、量子材料への応用が可能です。

今後の展開

将来的には、凸型グラフェンを生体分子やドラッグデリバリーに組み込むことへと研究を展開します。さらに、グラフェン同様のハニカム格子状の結晶を持つシリコン(シリセン)やゲルマニウム(ゲルマネン)などの複数の2D材料へも研究を拡大します。

付記

本研究は、文部科学省科学研究費助成事業(JP23K14154)、文部科学省「富岳」成果創出加速プログラム「「富岳」を利用したシミュレーション・AIを融合した次世代医療・創薬基盤の研究開発」(JPMXP1020230120)の支援を受けて実施されました。

参考文献

[参考文献1]
Chuvilin, A. et al.: Direct transformation of graphene to fullerene. Nature Chemistry 2, 450 (2010)
[参考文献2]
Geim, A. K.: Graphene: status and prospects. Science 324, 1530 (2009)
[参考文献3]
Liu, Y. & Yakobson, B. I.: Cones, pringles, and grain boundary landscapes in graphene topology. Nano Letters 10, 2178 (2010)

用語説明

[用語1]
分子動力学シミュレーション:原子や分子の運動を数値計算により追跡し、材料の構造や物性を予測する計算手法。
[用語2]
密度汎関数理論(DFT):量子力学に基づく理論手法で、電子密度分布から材料の電子状態や化学結合を計算する。
[用語3]
グラフェン:炭素原子が六角形のハニカム構造を形成する単原子層の二次元材料。優れた電気伝導性、熱伝導性、機械的強度を持つ。
[用語4]
ファンデルワールス相互作用:分子間に働く弱い引力相互作用。材料の構造形成や安定性において重要な役割を果たす。
[用語5]
ストーン・ウェールズ欠陥:グラフェン格子における構造欠陥の一種。5員環と7員環のペアから構成され、曲率形成に寄与する。
[用語6]
フェルミエネルギー(フェルミ準位):絶対零度(温度0K)において電子などのフェルミ粒子が占有し得る最も高いエネルギー準位のことであり、物質の電気的性質(導体・半導体・絶縁体)を決定する重要な概念である。

論文情報

掲載誌:
Discover Materials
タイトル:
Single layer graphene flake transformation from flat to convex
著者:
Phuc Vu Le, Phi Minh Nguyen, Hoa Van Nguyen, Vi Toan Lam, Hanh Thi-Thu Tran, Duy Phuoc Tran

研究者プロフィール

Tran Phuoc Duy(チャン フ ズイ)

東京科学大学 生命理工学院 助教
研究分野:計算生物学、分子シミュレーション、ナノ材料科学

Hanh Thi-Thu Tran(ハン ティ トゥ トラン)

ホーチミン市工科大学(ベトナム) 准教授
研究分野:材料科学、ナノテクノロジー、計算化学

関連リンク

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